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ただ、一筋の

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 「タケ!」

 六花は副長のタケを呼んだ。

 「はい、総長!」
 「今、「虎」から連絡があったんだ。諸見さんの御遺体と一緒に、綾さんの髪を見つけてくれって」
 「髪ですか?」
 「そうだ。諸見さんが肌身離さずに持っていたはずだからって」
 「はい、分かりました」
 「諸見さんが愛した人らしいんだ。最初にここが襲われた時に、諸見さんを守って死んだらしいよ」
 「!」
 「頼む。私も基地で挨拶したら戻って来る」
 「はい! 必ず見つけます!」

 タケが全員を集めて檄を飛ばした。

 トルコ・パムッカレ基地。
 諸見の壮絶な最期の後。


 


 「六花! もう日が暮れる! その辺でいいだろうよ!」
 
 夕方になり、まだ諸見の遺体を探している「紅六花」に司令官のジェイが声を掛けに来た。

 「ダメだ、ジェイ! まだ綾さんの髪を見つけてない」
 「なんだって?」
 「諸見さんの大事な人の髪らしいんだ。絶対に見つける」
 「でもよ、もう暗くなる。明日にしたらどうだ? 俺たちも協力する」
 「もうちょっとやらせてくれ」

 六花の必死の顔を見て、ジェイもそれ以上は止められなかった。

 「分かった。じゃあ、司令本部で待ってるからな」

 ジェイは建物の中へ入った。
 副指令の月岡がやって来る。

 「司令、「紅六花」の方々は?」
 「ああ、諸見の遺体と一緒に、綾という人の髪を探しているそうだ」
 「え!」
 「諸見の大事な人だってよ。お前知ってるか?」
 「はい!」

 月岡はジェイに綾という女性アンドロイドの話をした。

 「アラスカで石神さんが諸見にやったんです。諸見は最初は戸惑ってましたけどね。石神さんから受け取ったもんだから、大事にしてて。そのうちに二人でよく出掛けるようになってましたよ」
 「そうか。アンドロイドだったか」
 「はい。諸見は武骨な奴でしたけどね。そりゃ優しい男でして。ジェイさんが来る前でしたよ。ルーさんとハーさんがいない隙を突かれてバイオノイドに襲われたんです。その時に諸見を守って爆死しました」
 「なんだと!」
 「諸見は外周の壁を作ってましてね。20体のバイオノイドに囲まれちまって。そうしたら真直ぐその群れに突進してそのまま」
 「なんてこった。諸見は目の前で……」
 「はい」

 ジェイはアラスカでの諸見と綾とのことを詳しく聞いた。

 「あの仏頂面の諸見が、笑って車に綾を乗せてね。幸せそうでしたよ」
 「諸見はいい奴だったんだな」
 「はい。「花岡」はあんまし上手くはなりませんでしたが。でも何でも真面目にこなす奴でして。石神さんも戦闘員じゃない場所で諸見を使おうとしてたんです。諸見は石神さんが本当に大事にしてたんですよ。会うといつも可愛がってて」
 「そうだったか」
 「諸見ももちろん石神さんにベタ惚れでしてね。いつも石神さんのために命を使うんだって言ってました」
 
 ジェイは外の「紅六花」たちを窓から見た。

 「月岡!」
 「はい!」
 「ありったけの照明を集めろ! 手の空いている奴ら全員で探すぞ!」
 「はい!」

 200人の人間が集められ、あらゆる場所からライトが持って来られた。

 「いいか! 絶対に髪を見つけるんだ! 地面はもちろん、建物の壁や残骸の中にあるかもしれん! 必ずある! だから見つけてくれ!」

 全員が怒号を発し、分担して探し始めた。
 もう日が暮れ、ライトの灯だけが頼りになった。




 2時間後。
 
 「緊急入電! 「虎」が来ます!」
 
 無線係の人間が外へ飛び出してきて言った。
 全員がその場で直立する。
 間もなく、夜空に光の軌跡が見え、やがて石神が空から降り立った。

 全員が敬礼をする。

 「いい! みんなご苦労! だが絶対に見つけてやってくれ!」
 
 「タイガー! あんたまで来ることは無い! 「虎の穴」でやることがあるだろう」
 「ジェイ、すまない。諸見を特別扱いするのが不味いことは分かっている。でもな、諸見なんだ」
 「いいさ。俺たちが必ずやるから」
 「俺にも探させてくれ。あいつのために見つけてやりたいんだ」
 「タイガー……」

 「トラぁー!」

 六花が駆け寄って来た。

 「六花! すまない、みんな疲れているだろうが」
 「大丈夫です! 諸見さんのためですから」
 「頼む。ああ、灯が足りないな」

 石神が上空に巨大な「轟雷」を放った。
 一瞬で真昼のような明るさになった。




 深夜になった。
 まだ綾の髪は見つからない。

 「タイガー。そろそろ今日は」
 
 ジェイが言った。

 「俺はここの司令官だ。これ以上は基地の運営に支障を来す」
 「ああ、分かっている。済まない」
 「「紅六花」の方々もな。ずっと休んでいないし飯も食ってない」
 「そうだな」
 
 月岡も来た。

 「諸見が持っていた髪はどのくらいで」
 「数本だったはずだ」
 「言いにくいんですが、それではもう」
 「分かっている。でも何とかしたいんだ」
 「はい」

 ジェイの指示で、一度全員が集められた。

 「今日はここまでとする。みんなご苦労だった!」

 全員が諦めきれない顔をしている。
 諸見と綾とのことを全員が聞いたからだ。

 「タイガー。諸見は勇敢だった」
 「ああ」
 「ジェヴォーダンのあの巨体に一人で立ち向かって死んだ。お前に惚れ込んでなければ出来ないことだよ」
 「そうだな。あいつは最高の男……! ジェイ!」
 「どうした?」
 「諸見がやったジェヴォーダンはどうした!」
 「え? ああ、一応研究棟に運んでいるが」
 「そのジェヴォーダンを調べてくれ! もしかしたら!」
 「おう!」

 すぐに全員が研究棟に走った。
 研究棟では、各ジェヴォーダンがどこで斃されたものかが識別されている。
 諸見が倒した個体がすぐに調べられた。
 諸見が空けた穴にカサンドラで集中攻撃をしたので、他の表皮は傷ついていない。
 チタン合金やその隙間の表面を全員で探っていく。
 スライダー梯子がかけられ、上からロープで降り、全員が隈なく探した。

 「ありましたー!」

 スライダー梯子で探っていた「紅六花」のよしこが叫んだ。

 「「虎」の旦那! ありましたよ!」
 「よしこ! よくやった!」
 「ちょっと待って下さい! 結構食い込んでいるんです!」
 「慎重にやってくれ! 幾らでも待つ!」
 「はい!」
 
 他にも梯子が掛けられ、数人が道具を持って上がって行った。
 全員が集まる。
 よしこが一本の長い黒髪を大事に手に持って来た。

 「これですよね!」
 「そうだぁー!」

 石神が叫び、全員が歓声を挙げた。
 六花が石神に抱き着いた。

 「みんな、ありがとう! 本当にありがとうな!」
 「どういうわけかは分かりませんが、ジェヴォーダンの身体に突き刺さってましたよ!」

 石神が涙を流した。

 「綾は、髪一筋になってまで、諸見を守ろうとしたんだ」
 「!」

 全員が姿勢を正した。

 「髪一本で防げるわけじゃない。でもな、きっとそれでも精一杯に諸見を助けようとしたんだろう」

 全員が号泣した。

 「諸見と綾とは、そうだった。この世の最高の愛を紡いだ二人だった」
 
 石神の言葉を、全員が涙を零しながら聞いた。

 「いいか! 出来るとか何かじゃないんだ! 諸見も全てを擲ってやろうとした! それだ! それだけが、俺たちの武器だ!」
 
 怒号が湧いた。
 魂の雄叫びが響いた。

 「諸見を忘れるな! 諸見に続け! 俺もそうする! あの英雄と英雄を愛した女を忘れるなぁ!」

 一層の怒号が響いた。




 その後、パムッカレ基地は一度たりとも敗退することなく、諸見の最期を知った「虎」の軍は幾度の犠牲を払いながら、「業」の軍を撃破していった。

 パムッカレ基地の中に、諸見の墓所が建てられ、その周囲に「忘れな草」が植えられた。
 諸見の美しいスケッチから、二人の思い出の花だろうと考えられた。

 幾度も、そこを詣でる石神の姿が目撃された。
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