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真の愛

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 「諸見、こいつは「綾(あや)」だ。
 「はい」
 「お前の身の回りの世話をするように命じてある」
 「はい?」
 「じゃあ、宜しくな」

 石神さんが立ち去ろうとするので、慌てて御留めした。
 いきなり来られて、綺麗な顔立ちの方を俺に押し付けて帰ろうとなさるからだ。
 綾さんという方の身長は170センチくらい。
 肩に少し付くくらいのまっすぐな美しい黒髪。
 黒い眉の下の優し気な目。
 肌は白く、少し細身の女性だ。

 「ちょっと待って下さい! いきなりそんなことを言われても」
 「お前、また俺に逆らうの?」
 「いえ、そういうわけでは!」
 「お前、俺が紹介した女が気に喰わないと?」
 「そんなことも!」
 「じゃあ、いいよな」
 「いえ! そういうことではなくて、もうちょっと説明をお願いします!」
 「めんどくせぇな」

 石神さんはそう仰りながらも、笑っていらした。
 この人は冗談もきついが、優しい方だ。

 綾さんは、蓮花さんが俺のために作ってくれた高性能AIのアンドロイドらしい。
 家事全般のことが出来、戦闘もそれなりにこなすらしい。
 ただ、家事機能を充実させたため、俺よりも多少は弱いのだと。
 俺は「花岡」の才能は無いから、綾さんも決して強くはない。
 
 「お前はよ、もう少し他人と話したり交流したりする方がいい。だから綾を相手に練習しろよ」
 「はぁ」
 「お前はいい奴だ。だからもうちょっと他人がお前を頼りやすくなるようになれ。それが俺のためにもなる」
 「分かりました。じゃあありがたく」
 
 石神さんが笑った。
 本当に優しい笑顔だった。

 「諸見、綾を宜しくな」
 「はい!」

 こうして、俺と綾さんとの生活が始まった。
 アラスカの「虎の穴」に移動して間もなくのことだった。





 「お帰りなさい、諸見さん」
 「ただいま帰りました。遅くなってすみません」
 「いいえ。お食事の用意が出来ています」
 「ありがとうございます。でも、汚れているので、まずシャワーを浴びさせて下さい」
 「かしこまりました。ではお食事はその後で」
 「すみません」

 俺は自分がこんなにも喋れる人間だとは思ってもみなかった。
 綾さんは俺なんかのために、いろいろしてくれる。
 食事の世話、洗濯や掃除など。
 でもそうすると、俺は綾さんがすることを許可したり選択させたりするために、俺自身が何かを話さなければならなくなった。
 帰って食事をするのか風呂に入るのか、綾さんに伝えなければならない。
 食事ももっと食べるのかもういいのかを、話すか示さなければならない。
 それで俺と綾さんが会話するようになる。
 他人と一緒にいるということは、そういうことだった。
 俺はずっとほとんど一人でいたので、それを知らなかった。
 
 最初は、俺も綾さんも覚束なかった。
 俺は他人と上手くやっていくことが出来ない男なので、綾さんがよく俺に話し掛けてくれた。
 俺にしても良いかを尋ね、俺にどちらにするのかを聞き、これで良かったかを確認する。
 そうやって俺の表情や声の調子で、綾さんはたちまち俺に合わせてくれるようになった。
 食事も、俺は何でも良かったが、俺のちょっとした反応で俺の好みや苦手なものを察してくれるようになった。
 しかも俺の身体を思って、栄養の偏らない食事を美味しく作ってくれる。
 他のこともそうだ。
 俺が話が苦手なのを真っ先に察して、俺が無理に話さないで済むようにしてくれる。
 それでも俺を放っておくわけでもなく、綾さんは俺が不快にならないように話し掛けてくれる。
 
 俺が何も話さずとも、綾さんは嫌な顔一つしない。
 いつでも俺ににこやかに接してくれる。
 石神さんと蓮花さんが、どれほど俺を気遣って綾さんを作ってくれたのかが分かる。
 俺は綾さんを大事にしようと思った。
 お二人の愛情が、綾さんの中にあるような気がした。





 「御着替え、ここに置いておきますね」
 
 綾さんがシャワーを浴びている俺に声を掛けた。
 しまった、忘れていた。

 「すいません。お手数をお掛けしました」
 「いいえ、なんでも。お背中を流しましょうか?」
 「とんでもない!」
 「まあ、ウフフフ」

 アンドロイドだとは分かっているのだが、俺は最初から綾さんを女性として感じている。
 おかしなことなのかもしれないが、石神さんと蓮花さんから預かった大事な方なのは確かだ。
 
 「今日はつみれ鍋にいたしました」
 「ありがとうございます」
 
 俺がテーブルに付くと、綾さんがすぐに支度をしてくれる。
 いつも本当に美味い。

 「今日も美味いです。ありがとうございます」
 「いいえ。でも、諸見さんに喜んでいただけると、私も嬉しいです」
 
 そう言って綾さんは笑う。
 以前はテーブルの脇に立っていた綾さんを、俺は座らせるようになった。
 綾さんはにこやかに俺を見ている。
 俺はその笑顔を見たくて、料理の感想を言うようにもなった。

 「今日は西の防衛システムの建造に移りました。新しい場所で、少し要領が分からなくてまた皆さんにご迷惑をお掛けしました」
 「そうですか。でも諸見さんならまた真面目におやりになり、皆さんからも頼りにされますよ」
 「そうでしょうか。でも、そうなるように頑張ります」
 「はい。お疲れになったらいつでも仰って下さい。またマッサージなども致しましょう」
 「ありがとうございます」

 俺は綾さんと少しずつ話すようになった。
 綾さんはほとんどこの家の中にいて、外のことは知らない。
 俺だけがそれを伝えられる人間なのだと分かったからだ。
 外に出たいとは決して言わない人だ。
 だからこそ、と俺は思った。

 「前にやっていた北の防衛システムは、順調に稼働しているようです」
 「さようでございますか。お疲れ様でございます」
 「いいえ、俺なんかは!」
 「諸見様が関わったその施設を、いつか拝見してみたいものです」
 「え?」
 「いけませんか?」
 「いえ、そうではなく」

 俺は次の休みの日に綾さんを誘って北の施設を案内した。
 電動移動車に二人で乗って行った。
 綾さんは嬉しそうに俺の説明を聞いてくれた。
 帰りに、礼を言われた。

 「お手数をお掛けしました。でもあの施設が見れて、本当に嬉しく思います。ありがとうございました」
 
 大したものではない。
 しかも、貴重な施設で中へは入れないので、遠目に全体を眺めて話しただけだ。
 美しくも面白くも無いものだったはずだ。
 でも、綾さんは本当に嬉しそうだった。
 帰りの電動移送車の中で、俺の腕を組んで喜んでいた。
 俺は恥ずかしかったが、綾さんが嬉しそうなのでそのまま家に帰った。
 綾さんの腕の温もりが、しばらく残っていた。



 それから、少しだが綾さんを連れ出してどこかへ行くようになった。
 千万組の仲間に、いい場所が無いか聞いたりもした。
 みんな俺が綾さんと一緒にいるのを知っているので、からかいながらも丁寧に教えてくれた。
 優しい方々だった。

 一度、東雲さんが基地の外へ連れ出してくれた。
 俺は車の運転が出来ないのを知っているので、わざわざ自分が運転し、俺と綾さんを案内してくれた。
 綾さんと後ろのシートに座り、アラスカの景色を楽しんだ。
 綾さんはずっと俺の隣で喜んでいた。

 「石神さんがよ! 俺と話す時にはしょっちゅうお前のことを聞くんだよ」
 「そうなんですか」
 「諸見は元気かとか、何か欲しがってるものはないかとかってな! お前なんかあったら伝えるから、いつでも俺に言ってくれな!」
 「はい、ありがとうございます!」

 みんな、本当に優しい方ばかりだ。



 ある時、綾さんに石神さんの話をした。
 俺が石神さんのお宅の壁を任されることになって、いろんなことを俺にしてくれた話を。
 綾さんはいつも以上にその話を聞きたがった。
 俺が話すと、大変喜んだ。

 「石神様の御話は、格別です」

 俺はなるべく思い出して、石神さんが話してくれたことを綾さんに伝えようとした。

 「俺に、コーヒーって知ってるかって言うんですよ」
 「そうなんですか!」
 「「諸見、コーヒーって黒いんだぞ!」って。あの人の冗談は面白いんです」
 「ウフフフフフ!」

 綾さんが楽しそうに笑う。
 俺も嬉しくなった。

 「今日も絵を描かれるんですね」
 「はい。上手いものじゃないんですが、絵を描いていると何だか落ち着いて」
 「諸見さんの絵は素敵ですよ」
 「いや、俺なんて」

 俺は寝室の壁に飾ってある額を綾さんに見せた。

 「ほら、ああいう絵が素敵なんですよ。石神さんのお嬢さんのルーさんとハーさんが描いてくれたんです」
 「そうだったんですか! 前から気になっていたんです!」
 「聞いて下されば」
 「諸見さんが大切にされているのは存じておりましたので。気軽に立ち入ってはと」
 「そんなことは。何でも聞いて下さい」

 俺はこの絵を石神さんから頂いた時の話をした。
 綾さんは感動してくれた。

 「でも、どうして俺がこの絵を大切に思っていると?」
 「はい。よくその絵をご覧になりながら微笑んでいらっしゃるので。それに時々ガラスを優しく拭いていらっしゃいますし」
 「そうですか」

 綾さんはそうやって、いつも俺の心を大事にしてくれる。
 俺は綾さんが喜ぶことをしたくなっている自分に気付いた。

 「どうなさいました?」
 「いえ、何でもありません。ああ、今日は俺も夕飯をお手伝いしますよ」
 「本当ですか!」
 「はい。そもそも俺が頂くばかりのものを、いつも綾さんに作って頂いて申し訳ありません」
 「それは違います! 私は諸見さんのために何でもやるために、ここに来たのですから」
 「はい」
 「でも、諸見さんと一緒に何かが出来るのは嬉しく思います! 是非お願いします」

 綾さんはそう言って微笑んだ。




 眩しい笑顔だった。
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