上 下
1,096 / 2,859

南原陽子 Ⅳ

しおりを挟む
 「孝子さんが、そんなことを仰ってたのね」

 陽子さんが俺を見ていた。

 「なんだかね、あっちこっちで俺と陽子さんをくっつけようとしている人間がいたようですよ」

 亜紀ちゃんが俺に抱き着いて陽子さんを睨む。
 頭を引っぱたく。

 「左門もそんなこと言ってたよな」
 「そりゃトラ兄さんだもの。お姉ちゃんと結婚してくれたら最高だったよ」
 「そうだな」
 
 俺は左門の肩を叩いた。

 「まあ、こういうのは運命だからな。周りがどう思おうと、本人同士がどうだろうとな。気づいたら、なるようになってるってものだ」
 
 俺は士王の写真を見せた。

 「俺にも子どもが生まれたんですよ」
 「うん、左門から聞いてる。カワイイね」
 「ありがとうございます」

 子どもたちがニコニコしている。

 「陽子さんと結婚してれば、もっとカワイイ子だったでしょうね」
 「ウフフフ」

 「左門、お前らはいつなんだよ」
 「エェー! できないよ」
 「根性出せ!」
 「無理だって!」

 リーが頑張ろうと言っていた。

 「いろんな愛があるよな。シロツメクサを子どものように思っている女もいれば、アンドロイドを愛している人もいる」
 「それって!」
 「黙れ」

 亜紀ちゃんが驚いていた。
 ロボが俺の膝に乗って来た。

 「俺はロボだしな!」
 
 肩に前足をかけて顔をペロペロする。
 みんなが笑った。
 陽子さんに、ロボの抜け毛で枕を作っていると言った。

 「あ、私も欲しい!」
 「順番です!」

 亜紀ちゃんがコワイ顔をした。
 陽子さんが笑った。

 「亜紀ちゃんと結婚してたら、毎日楽しいだろうな」
 「そ、そうですよ!」
 「子どもは大食いで」
 「え、そうでもないですよ」
 「毎日あれだけ喰っといて何を言う!」


 みんなが笑った。
 
 「タカさん、私は?」
 
 ルーが言った。

 「毎日「きもちいー光線」で幸せだな!」
 「私は?」
 「ハーもそうだけど、お前のオナラはきついからなー」
 「いい匂いだよ!」
 「トラちゃんはみんなに好かれてるのね」
 「いや、こいつらを騙すのは簡単ですから」

 「「「アハハハハハハ!」」」

 「士王を生んでくれた栞もね。前に俺が病気を隠してたら家に乗り込んできて」
 「大変でしたよね!」
 「もうカンカンで家に入って来たんですよ。皇紀がぶっ飛ばされて、亜紀ちゃんも階段を蹴り上げられて」
 「エェ!」
 「俺が床に倒れて必死で起き上がる演技をしたんだよな」
 「そうそう! 「ちょっと待ってろ! お前を抱き締めに行くから!」って。もう栞さん泣いちゃって、怒りもどっか行っちゃって」
 「アハハハハハ!」
 「もう、この人って人を騙す天才なんですよ!」
 「このやろう!」

 亜紀ちゃんの頭を引っぱたく。

 「私たちもー!」
 「騙されてスゴイ心霊スポットに連れてかれたよね!」
 「あれ、結局お前ら必要無かったよな?」
 「「ひどいよ!」」

 「アハハハハハ!」

 俺たちは楽しく話した。
 夜も遅くなったので、俺が解散を宣言した。

 「私、もう少しここにいていい?」

 陽子さんが言った。

 「構いませんよ。じゃあ、ミルクティでも如何ですか?」
 「ありがとう!」

 子どもたちを寝かせ、左門たちは帰った。
 俺はキッチンでミルクティを二人分淹れた。

 「ありがとう」

 俺も座った。
 二人で黙って飲んだ。

 「美味しい」
 「そうですか」

 陽子さんが微笑んだ。

 「いいおうちね」
 
 俺は笑った。

 「この家ね、もしも南原さんが先に亡くなったらお袋と住もうと思って建てたんですよ」
 「そうなんだ」
 「南原さんはお袋に遺産をと言ってくれてたけど。それはお断りして、お袋は俺が引き取ろうと思ってました」
 「うん」
 「南原さんの方が年上でしたしね。申し訳ないけどそんなことを考えて」
 「でも、孝子さんはずっと山口にいたかもよ?」
 「はい。俺もそうかもしれなかったと思います。陽子さんたちが、本当にお袋に優しかったから」
 
 陽子さんが微笑んだ。

 「孝子さんね、トラちゃんの負担になりたくなかったのよ」
 「え?」
 「トラちゃんに子どもの頃に何も出来なかったって。だから年取って自分の面倒なんかさせたくなかったんだと思うな」
 「そうですか」
 「よく、最後は養老院に入るんだって言ってた」
 「お袋が?」
 「うん。私たちにも世話をさせたくなかったみたい。もちろん許さなかったけどね!」
 「アハハハハ!」

 二人でまた黙ってミルクティを飲んだ。
 俺は陽子さんを中庭に誘った。

 「ちょっと寒くて申し訳ないんですが」

 外へ出て、諸見の描いた虎の鏝絵を見せた。

 「素敵ね」
 「諸見という左官がやってくれたんです」
 「そうなんだ」
 「諸見も俺を慕ってくれる奴でしてね。純粋ないい男なんですよ」
 「うん、この絵を見ていると分かる気がする」

 「普段まったく喋らない男で。口が利けないんじゃないかっていうくらいに」
 「ウフフフ」
 「でもね、俺が鏝を見せてくれって言ったら、そりゃたくさん喋ったんですよ。俺に一つ一つ説明してくれてね。俺なんかのために、立派な壁を作ろうと思ってくれて。毎日朝も夜中も眺めに来てたんです。「光の当たり方で壁は表情が違うから」って。俺は普通に仕上げてくれれば良かったんですけど、これですよ」
 「いい人ね」
 「本当にね」

 二人で黙って壁を見た。

 「嬉しかったな」
 「え?」

 陽子さんが嬉しそうに笑っていた。

 「孝子さんが、私とトラちゃんに結婚して欲しかったなんて」
 「ああ」
 「本当にそうなってたらな!」
 「あれは嘘ですから」
 「え?」
 「俺って人を騙すのが得意だってあいつらも言ってたでしょ?」
 「ウフフフフ」

 陽子さんがまた笑った。

 「ダメよ、トラちゃん。それが嘘」
 「アハハハハ!」
 「嘘だったとしても、私は騙されるもん」
 「そうですか」
 「今の旦那もいい人なんだけどね。好きよ? でも、孝子さんがそう言ってくれたのは本当に嬉しい」
 「はい」
 「トラちゃん、その時に思い通りにはならなくたって、人は幸せになれるのね」
 「そうですね」





 俺たちは諸見の虎の絵を眺めた。
 何処へ向かっているとも知れない、虎の孤独な道の先を思った。
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……思わぬ方向へ進んでしまうこととなってしまったようです。

四季
恋愛
継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...