上 下
1,095 / 2,859

南原陽子 Ⅲ

しおりを挟む
 陽子さんに風呂に入ってもらった。
 東京の夜景の映像を流し、『TAKE FIVE』の様々なバージョンの音楽を掛けた。
 陽子さんが感激してくれる。

 気楽に寝間着に着替えてもらい、みんなで「幻想空間」へ入った。
 日本酒を用意した。
 つまみは豆腐、オクラ、焼きナス、ソーセージとハモンセラーノ、マグロとタコの刺身、出汁巻き卵、あとは子どもたちの唐揚げ。

 陽子さんは「幻想空間」の雰囲気に感動してくれた。

 「トラちゃんはやっぱり素敵ね」
 「ありがとうございます」

 左門とリーは身体を寄せ合ってニコニコしている。
 子どもたちは食べながら俺を見ていた。
  
 「なんだよ?」
 「早く始まらないかなー」
 
 ハーが言う。
 亜紀ちゃんもニコニコしている。
 ルーが陽子さんに言った。

 「ここでね、タカさんがいつも素敵なお話をすることになってるの」
 「そうなの!」
 
 「別に決まってねぇ!」
 
 子どもたちが笑った。

 「しょうがねぇ」

 俺は語り出した。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 奈津江が死んだ後。
 俺は久しぶりに山口に行った。
 お袋が久しぶりに会いたいと言って来たからだ。
 大学卒業を前にした夏休みだった。

 山口空港に、いつものように陽子さんが迎えに来てくれた。

 「トラちゃん! 元気そうね!」
 「陽子さんも! それにお綺麗ですよね!」
 「もう!」

 俺たちは笑って車に乗った。

 「トラちゃん、全然来てくれないんだから!」
 「すみません」
 「お姉さんは寂しいぞ!」
 「アハハハハ!」

 俺たちは近況を話し合った。

 「そうか、いよいよ卒業なんだね」
 「ええ。うちの大学って国家試験の直前まで実習があるんですよ。まいってます」
 「そうなの。流石は東大ね」
 「まあ、落ちる奴はほとんどいないらしいですけど」

 楽しく話していると、南原家に着いた。
 南原さんとお袋に挨拶し、中へ入った。
 土産に、鈴伝の栗菓子を渡した。

 「気を遣わなくていいのに」
 「そんな。南原家のみなさんにはお袋が本当に良くしていただいてますから」

 お袋が、俺にゴルフを誘った。

 「おい! お袋がやってるのかよ!」
 
 俺は本当に驚いた。
 南原さんのお陰で旅行が好きになっていたのは知っていたが、まさかゴルフなどに夢中になっているとは。
 お袋は無趣味もいいとこで、唯一絵を描くくらいだった。
 それも本当にたまにだ。
 水彩で花などを描いていた。
 あとは新聞紙に習字か。
 とても趣味などではない。

 「そうだよ! 結構上手くなったんだから」
 「孝子さんは、しょっちゅう練習場に行くんだよ」
 「私も一緒に行くのよ?」
 
 南原さんと陽子さんが説明してくれた。

 「お袋のニセモノだろう!」

 みんなが笑った。
 俺は南原さんに改めて礼を言った。
 お袋をこんなに楽しませてもらって、本当に有難かった。

 「いや、今じゃ僕の方が誘われるんだよ」
 「まだ勝てないけどね。でもそのうちに」
 「おい、本当にどうしちゃったんだよ」
 「タカトラもやれば分かるわよ。面白いんだから」

 お袋が夢中にゴルフの楽しさを語り、俺も無理矢理練習場に連れて行かれた。
 南原さんと陽子さんも一緒に来る。

 俺は球技全般が苦手だ。
 ボールは真後ろに飛び、南原さんの顔の脇を抜けた。
 南原さんが打ち方を教えてくれたが、全然まっすぐに飛ばない。
 マットが下に落ちてみんなに笑われた。

 「高虎、初めての時の私よりもヘタだよ?」
 「う、うるせぇ!」

 お袋が楽しそうに笑うので、俺も楽しかった。

 夕飯はステーキが出た。
 お袋が俺が初めてステーキを食べた翌日に大下痢をしたと言った。
 
 「なんか、悲しくなっちゃった」
 「やめてくれ」
 「もう大丈夫なの?」
 「当たり前だ! 奈津江とも牧場で……」

 俺の目から涙が零れた。
 自分でもどうにもならなかった。

 「あんたはもう。いつまでも泣き虫ね」

 お袋が俺の頭を抱いてくれた。

 「そうだ! こないだね、陽子さんがパターをプレゼントしてくれたの!」
 「いや、お袋、もうゴルフの話は」
 「聞きなさいよ! これがとってもいいパターでね!」
 「孝子さん、随分ショットが決まるようになりましたもんね!」
 「そうなのよ!」

 お袋がまた延々とゴルフの話をした。
 俺はいつの間にか笑って聞いていた。

 「高虎も東京で練習しておいてね!」
 「俺もやるのかよ!」
 「当たり前よ!」
 「勘弁してくれよー」
 「南原さん、ボクシングとかやってないんですか?」
 「とんでもないよ」
 「今度やりましょうよ!」
 「えーとね」
 「高虎! この人は優しい人なの!」
 「俺もだよ!」

 みんなで笑った。

 「じゃあ、私に教えて!」
 「あ! やりますか!」
 「うん!」

 お袋が、止めた。

 「高虎ね、女の子の顔も平気で殴るのよ」
 「そうなんですか!」
 「俺は男女平等主義なんで」
 「エェー!」

 食事を終え、風呂を頂いた後に、俺は陽子さんの部屋に呼ばれた。

 「孝子さん、今日は楽しそうだった」
 「そうですか」
 「うん。あんなに楽しそうに話すのは、トラちゃんが来てくれたからだね」
 「そんな。あのお袋がゴルフに夢中だなんて、南原さんと陽子さんのお陰ですよ」
 「あのね」
 「はい」
 「孝子さんが言ってたの。自分はトラちゃんに何もしてやれなかったんだって」
 「そんなことは。俺が病気ばっかりで、お袋には苦労を掛けてばかりで」
 「違うの。普通の親だったら、子どものためにいろいろしてやるんだって。でもあんまりお金がなくて、何一つしてやれなかったって」
 「そんな」
 「うん、トラちゃんはそう思ってないって分かる。でもね、孝子さんは今になって、トラちゃんのために何かしてあげたいんだよ」
 「俺、ゴルフしなきゃダメですかね」

 陽子さんが笑った。

 「お父さんや私にもいろいろしてくれるんだけど。やっぱり孝子さんはトラちゃんが一番大事なのね」
 「そんなことは」
 「食事をしててもね、「これは高虎が好きなものだ」って。よく言うのよ。青い色が大好きだとか、トランペットを吹いたのが良かったとかって。いろいろな話をしてても、必ずトラちゃんのことが出るの」
 「何やってんだか」
 
 「素敵なお母さんね」

 俺は笑った。
 
 「俺にとっては掛け替えのない人ですよ。でも、あんなに幸せそうなのは、南原さんと陽子さんのお陰です」

 


 翌日の午後。
 俺はお袋とドライブに出掛けた。

 「久しぶりに二人で行って来るといいよ」

 南原さんがそう言って車を貸してくれた。
 俺は地理に疎いので、地図を見ながら海を目指した。

 お袋はいろいろな話をした。
 南原家のみなさんが、いかに自分に良くしてくれるのか。
 ゴルフの話は出なかった。

 「陽子さんが特にね。いろいろ気遣ってくれるの」
 「あの人はそうだよなぁ! 本当に有難い」
 「ゴルフもね、最初はそれほど興味は無かったのよ」
 「そうか」
 「でもね、陽子さんが外に出た方がいいって言ってくれて。連れ出してくれたの」
 「優しい人だよなぁ」

 海に着いた。
 いろいろ道に迷ったので、夕暮れに近かった。
 お袋と海辺のカフェに入った。
 夕暮れて行く浜辺が美しかった。

 「高虎」
 「うん」
 「私ね、もうあなたとは暮らせないわ」
 「そうか」
 「こんなに大事にされてるんだもの。もう私は南原家の人間として死ぬから」
 「そうしてくれ」

 お袋は微笑んだ。

 「でも、一番大事なのはお前だから」
 「そうかよ」
 「お前に何かあったら、いつでも飛んで行くからね」
 「何もないよ」
 「お前はもう私のことは気にしないで、好きなように生きなさい」
 「そうか」

 お袋が俺になんでそんな話をするのかは分かっていた。
 俺の重荷になりたくは無かったのだろう。

 「お袋はいつも、俺のために何でもしてくれたよな」
 「そうだよ」
 「俺もそうしたいよ」
 「私のことはいい」
 「……」

 お袋は唐突に言った。

 「お前、陽子さんをどう思う?」
 「え? まあ、優しいし美人だし頭もいいよな」
 「そう」
 「なんだよ?」
 「何でもない」

 お袋がクスクスと笑い出した。

 「おい、なんだよ」
 「ああ、お前ってしょっちゅう刑務所に入るからね」
 「入ったことねぇよ! あれは留置場だ!」
 「ウフフフフ」
 「どうしたってんだ」
 「陽子さんはちゃんとした人がいいかなって」
 「そりゃそうだろう」

 俺たちは店を出て帰った。
 帰りの車の中でお袋が呟いた。

 「私はもう十分に幸せ」
 「そうか。良かったよ」
 「うん。これ以上は高望みだよね」
 「なんだ?」
 「何でもない」





 お袋が穏やかに笑っていた。
 そういう笑顔にさせてくれる南原家の人々に感謝した。

 家に戻ると、南原さんたちが心配していた。

 「慣れない車で、事故でも起こしたかと心配したよ」
 「すみません。道に迷ってしまって」
 「いや、無事で良かった。さあ、夕飯を食べよう」
 
 南原さんが優しく笑った。
 本当に有難い人たちだった。   
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……思わぬ方向へ進んでしまうこととなってしまったようです。

四季
恋愛
継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

処理中です...