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アラスカ・パッション Ⅲ
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栞の部屋に戻ると、またみんなで士王を囲んでいた。
士王も雰囲気に慣れたか、笑っている。
士王はあまり泣かない。
栞と桜花たちがしょっちゅう面倒を見ていることが大きいが、赤ん坊は泣くことで知らせることも多い。
排便をしてから泣いてオムツの替えを要求する。
しかし士王はそれを泣かずに知らせる。
なんか踊る。
それで周囲の人間が気付いて替えてやるのだ。
夜泣きもしない。
何かあれば、大きな声を挙げながら踊る。
栞が起きて母乳をやるかオシメを替えるか、もしくは抱き上げてあやす。
夜に起きるのは仕方が無いが、基本的に手の掛からない赤子だった。
そしてよく笑う。
何かしてもらうと礼を言っているように手を伸ばし、笑って相手を見詰める。
こないだ、栞と話した。
午後に紅茶を飲みながら、二人で揺り籠の士王を眺めていた。
士王はゴキゲンで笑っている。
士王が泣かないで、よく笑うということを話していた。
「こういうのって、「花岡」の特別な何かなのか?」
「そんなことないよ! もちろん私が手足とか引いて動きなんかは教えているけど、赤ん坊なのは普通なんだから」
「そうかぁ」
「むしろあなたの血なんじゃないの?」
「俺?」
「あなたはお母さんが大好きだったじゃない」
「うーん」
お袋に聞いておけば良かったとも思うが、仕方がない。
「お腹の中にいる時もね、夜は暴れなかったし」
「ああ、そうだったな」
「私が寝れるようにね。ああ、でもヘンな夢はよく見たかな」
「どんな?」
「バイクに乗ったりね。私、乗ったことないじゃない」
「ああ」
「でも、乗り回すのよ。独りの時もあるけど、大勢でも」
「へー」
不思議だ。
「それとやっぱり喧嘩! 私って大人しい性格じゃない」
「ワハハハハハハ!」
栞が俺の腕を叩く。
「もう! でも、タイマンだったり大勢に囲まれての喧嘩だったり」
「なるほどね」
「あとね」
「おう」
栞は言葉を切った。
「あのさ、私は女なのに、その、女の人としてるの」
「アハハハハ!」
「一度なんかさ、25人もいるんだよ! それもみんな綺麗な人で!」
「ブッフォ!」
俺は飲んでいた紅茶を吹き、鼻からも出て来た。
「大丈夫!」
栞がティッシュで俺の顔を拭いてくれる。
「それはスゴイな」
「そうでしょ! 幾らあなただって! しかも全員一回じゃないのよ!」
「俺じゃねぇよ! 栞の夢だろう!」
「そうなんだけど。でも、全部あなたがやってたことみたいじゃない」
「へ、ヘンな結び付け方をすんなぁ!」
「う、うん」
俺は頭を高速回転させ、危機を乗り越えようとした。
「栞は俺からいろんな子ども時代なんか聞いてるだろ? だから俺たちの子どもが出来て、そういう記憶と関連しただけだよ」
「そうだよね。うん、ごめんね」
「いや、別にいいよ」
「その25人とかもさ、「夜也ちゃーん!」とか言ってるの。痩せててスゴク綺麗な人」
「へ、へぇー」
確実に見てんじゃん。
栞がお茶を片付けてる間に、士王に言った。
「あんまりヘンなものを栞に見せないでくれな」
士王はあどけない笑顔で俺を眺めていた。
「あ、士王ちゃんまた笑ったよ!」
「カワイイねー!」
双子が夢中だ。
「皇紀くんも抱いてみなよ」
「えー! でもコワイですよ」
「大丈夫だから」
栞が皇紀に士王を抱かせた。
皇紀は恐る恐る抱き上げる。
「あ、また笑った」
「「「「「「「!」」」」」」」」
士王が皇紀の顎にパンチを入れた。
みんなで笑った。
「わたくしもよろしいでしょうか?」
「もちろん! 麗星さんもお願いします」
麗星が抱き上げた。
意外に慣れている。
「れーせーママでちゅよー」
士王が微妙な顔をした。
次に亜紀ちゃんが抱き上げる。
士王は笑顔で身体を揺らした。
「カワイー!」
亜紀ちゃんが士王の顔に何度もキスをする。
士王が亜紀ちゃんの胸を押して、亜紀ちゃんの顔をじっと見た。
「なんでちゅかー」
士王が亜紀ちゃんの胸をポンポンとし、「フッ」と息を吐いた。
「……」
双子もそれぞれ抱き、可愛がった。
二人とも、あやしながら士王を見ている。
お互いに頷き合った。
何かを観ているのだろう。
柳も抱いた。
「ぱぷ」
士王が何か言った。
「石神さん! 今、「パプ」って言いましたよ!」
「ああ、それを言われちゃったか」
「え、なんですか?」
「まあ、柳、あんまり落ち込むなよな」
「なんですか!」
「気にするなよ。俺もなるべく助けるしな」
「ちょっと! やめて下さいよ!」
みんなが笑った。
鷹が抱くと、安心したように胸に顔を埋めて眠った。
そっとベビーベッドに戻す。
「やっぱ鷹さんかー」
亜紀ちゃんが悔しがる。
「この中で一番接しているからですよ。士王ちゃんはみんな大好きです。見てれば分かりますよ」
みんなが笑顔で、眠る士王を見た。
ここにいるのは、普通の赤ん坊だ。
家族から愛され、可愛がられる、ごく当たり前のことだ。
《赤子は、微笑みかける母親の瞳を通して、その向こうにある母親の愛を見る。人は、そうやって愛を知る》
そう言った有名な脳外科医の言葉を思い出した。
士王には、大勢の愛を見て欲しい。
そして自分の中で、その愛を大きく育てて欲しい。
俺が望むのはそれだけだ。
その他のことは、士王の宿命に付随することに過ぎない。
宿命の中で人は生きるが、それはどうでもいい。
愛を育てることだけが、人間の使命だ。
ロボが揺り籠に前足を伸ばして立った。
俺は笑いながらロボを抱き上げ、士王を見せてやった。
ロボはじっと士王を見ていたが、俺に顔を向けて両目を閉じた。
ロボが微笑んでいるように見えた。
士王も雰囲気に慣れたか、笑っている。
士王はあまり泣かない。
栞と桜花たちがしょっちゅう面倒を見ていることが大きいが、赤ん坊は泣くことで知らせることも多い。
排便をしてから泣いてオムツの替えを要求する。
しかし士王はそれを泣かずに知らせる。
なんか踊る。
それで周囲の人間が気付いて替えてやるのだ。
夜泣きもしない。
何かあれば、大きな声を挙げながら踊る。
栞が起きて母乳をやるかオシメを替えるか、もしくは抱き上げてあやす。
夜に起きるのは仕方が無いが、基本的に手の掛からない赤子だった。
そしてよく笑う。
何かしてもらうと礼を言っているように手を伸ばし、笑って相手を見詰める。
こないだ、栞と話した。
午後に紅茶を飲みながら、二人で揺り籠の士王を眺めていた。
士王はゴキゲンで笑っている。
士王が泣かないで、よく笑うということを話していた。
「こういうのって、「花岡」の特別な何かなのか?」
「そんなことないよ! もちろん私が手足とか引いて動きなんかは教えているけど、赤ん坊なのは普通なんだから」
「そうかぁ」
「むしろあなたの血なんじゃないの?」
「俺?」
「あなたはお母さんが大好きだったじゃない」
「うーん」
お袋に聞いておけば良かったとも思うが、仕方がない。
「お腹の中にいる時もね、夜は暴れなかったし」
「ああ、そうだったな」
「私が寝れるようにね。ああ、でもヘンな夢はよく見たかな」
「どんな?」
「バイクに乗ったりね。私、乗ったことないじゃない」
「ああ」
「でも、乗り回すのよ。独りの時もあるけど、大勢でも」
「へー」
不思議だ。
「それとやっぱり喧嘩! 私って大人しい性格じゃない」
「ワハハハハハハ!」
栞が俺の腕を叩く。
「もう! でも、タイマンだったり大勢に囲まれての喧嘩だったり」
「なるほどね」
「あとね」
「おう」
栞は言葉を切った。
「あのさ、私は女なのに、その、女の人としてるの」
「アハハハハ!」
「一度なんかさ、25人もいるんだよ! それもみんな綺麗な人で!」
「ブッフォ!」
俺は飲んでいた紅茶を吹き、鼻からも出て来た。
「大丈夫!」
栞がティッシュで俺の顔を拭いてくれる。
「それはスゴイな」
「そうでしょ! 幾らあなただって! しかも全員一回じゃないのよ!」
「俺じゃねぇよ! 栞の夢だろう!」
「そうなんだけど。でも、全部あなたがやってたことみたいじゃない」
「へ、ヘンな結び付け方をすんなぁ!」
「う、うん」
俺は頭を高速回転させ、危機を乗り越えようとした。
「栞は俺からいろんな子ども時代なんか聞いてるだろ? だから俺たちの子どもが出来て、そういう記憶と関連しただけだよ」
「そうだよね。うん、ごめんね」
「いや、別にいいよ」
「その25人とかもさ、「夜也ちゃーん!」とか言ってるの。痩せててスゴク綺麗な人」
「へ、へぇー」
確実に見てんじゃん。
栞がお茶を片付けてる間に、士王に言った。
「あんまりヘンなものを栞に見せないでくれな」
士王はあどけない笑顔で俺を眺めていた。
「あ、士王ちゃんまた笑ったよ!」
「カワイイねー!」
双子が夢中だ。
「皇紀くんも抱いてみなよ」
「えー! でもコワイですよ」
「大丈夫だから」
栞が皇紀に士王を抱かせた。
皇紀は恐る恐る抱き上げる。
「あ、また笑った」
「「「「「「「!」」」」」」」」
士王が皇紀の顎にパンチを入れた。
みんなで笑った。
「わたくしもよろしいでしょうか?」
「もちろん! 麗星さんもお願いします」
麗星が抱き上げた。
意外に慣れている。
「れーせーママでちゅよー」
士王が微妙な顔をした。
次に亜紀ちゃんが抱き上げる。
士王は笑顔で身体を揺らした。
「カワイー!」
亜紀ちゃんが士王の顔に何度もキスをする。
士王が亜紀ちゃんの胸を押して、亜紀ちゃんの顔をじっと見た。
「なんでちゅかー」
士王が亜紀ちゃんの胸をポンポンとし、「フッ」と息を吐いた。
「……」
双子もそれぞれ抱き、可愛がった。
二人とも、あやしながら士王を見ている。
お互いに頷き合った。
何かを観ているのだろう。
柳も抱いた。
「ぱぷ」
士王が何か言った。
「石神さん! 今、「パプ」って言いましたよ!」
「ああ、それを言われちゃったか」
「え、なんですか?」
「まあ、柳、あんまり落ち込むなよな」
「なんですか!」
「気にするなよ。俺もなるべく助けるしな」
「ちょっと! やめて下さいよ!」
みんなが笑った。
鷹が抱くと、安心したように胸に顔を埋めて眠った。
そっとベビーベッドに戻す。
「やっぱ鷹さんかー」
亜紀ちゃんが悔しがる。
「この中で一番接しているからですよ。士王ちゃんはみんな大好きです。見てれば分かりますよ」
みんなが笑顔で、眠る士王を見た。
ここにいるのは、普通の赤ん坊だ。
家族から愛され、可愛がられる、ごく当たり前のことだ。
《赤子は、微笑みかける母親の瞳を通して、その向こうにある母親の愛を見る。人は、そうやって愛を知る》
そう言った有名な脳外科医の言葉を思い出した。
士王には、大勢の愛を見て欲しい。
そして自分の中で、その愛を大きく育てて欲しい。
俺が望むのはそれだけだ。
その他のことは、士王の宿命に付随することに過ぎない。
宿命の中で人は生きるが、それはどうでもいい。
愛を育てることだけが、人間の使命だ。
ロボが揺り籠に前足を伸ばして立った。
俺は笑いながらロボを抱き上げ、士王を見せてやった。
ロボはじっと士王を見ていたが、俺に顔を向けて両目を閉じた。
ロボが微笑んでいるように見えた。
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