1,012 / 2,840
真冬の別荘 Ⅱ
しおりを挟む
俺の話を聞いて、響子が俺の顔を見ている。
「私も「タカトラ」だね!」
「そうだな。だからお前は特別の中の特別だ」
「うん!」
嬉しそうだ。
俺は抱き寄せてやった。
「高虎ー」
亜紀ちゃんが言った。
「てめぇ! 親に向かってなんだ!」
「私は呼べないよー」
「当たり前だ!」
「えーん」
みんなで笑った。
俺は鷹の盃に注いでやった。
「鷹はまた別な特別だからな!」
「ありがとうございます」
「いーなー!」
亜紀ちゃんが羨ましがった。
「奈津江さんも頑張って料理をしたんですね」
皇紀が言う。
「そうだな。本当に頑張ったよ」
「普段は全然しなかったのにですよね?」
「まあな。でも俺は思うんだ。奈津江は自分の命まで俺に擲ってくれる人間だった。もしも結婚してたら、あいつはきっと素晴らしい料理を作ってくれていたと思う」
「そうですね」
「そういう女だった。自分に何が無くても、あいつは一生懸命に俺のために何かをしてくれてたよ」
「はい」
雪のせいで、外は全くの無音だった。
本当に、ここだけが世界から切り離されている感じがした。
「山口には、その一度だけだったんですか?」
鷹が聞いた。
「奈津江とはそうだ。また行こうと話はしててもな。俺たちも金が無かったしな」
「石神先生は?」
「お袋が死ぬまで、それでも何度かだな。お袋が病気になってからは月に一度は行っていたけどな。東京に来た左門とはもうちょっと。でも左門とも、お袋が死んでからは二度だけかな」
「そうですか」
「お袋の葬儀で行ったのが最後だ。その時に、南原さんと陽子さんがお袋の遺品を出してくれてな。いろいろ南原さんに頂いていたようだ。陽子さんにも結構な。あの人は毎年お袋の誕生日にプレゼントをくれてた」
「いい方ですね」
「ああ、本当にそうだ。何でも持って行ってくれと言われた。結構な宝石なんかもあったよ」
「大事にされていらっしゃったんですね」
「ありがたい。今も感謝している。それでな、お袋の誕生日に俺が贈ったカルティエの18金のサントスがあったんだ。俺はあんまりそういうことをしなかったんだけどな」
「はい」
「だからお袋が異常に喜んでなぁ。竜頭がサファイアなんだって言ったら大喜びで。スゴイ時計だってさ」
「アハハハハ」
「そうしたら、もう一本サントスがあった。そっちはスティールのケースの普通のものだ。ちょっと汚れていたな」
「はい」
「陽子さんが話してくれたんだ。俺が贈ったものは大事にしてて、本当に特別な時にしか付けなかったんだって。普段のものは、そのもう一本の自分で買ったサントスだったそうだ。南原さんに香港に連れて行ってもらった時に買ったそうだよ」
「まあ」
「ニセモノだった。見たら分かった。サントスのデュモンは電池式だけど、そうじゃない自動巻きのはずのタイプが電池式で動いていたからな。お袋も分かってはいたんだろうけど、何百万のものが多分、何千円かで買えたわけだからな」
「なるほど」
「俺の贈ったサントスは止まっていた。そしてお袋がいつもしていた電池式のものはまだ動いていた」
「……」
「陽子さんは、俺が贈った時計は持って行ってくれと言った。でも、俺はニセモノの方だけ頂いた」
「なんでですか?」
「陽子さんにも言われたよ。でも、俺はお袋にあげたんだ。死んだからって俺が持っているのはおかしい。そうじゃない、お袋が俺の時計を大事にするために買ったものの方が、俺には余程大事だ」
「そうですね」
「良ければ陽子さんに使って欲しいと言ったんだけどな。どうしたか」
響子が眠そうにしてきたので、解散にした。
「俺も今日はもう寝る。いい加減疲れたからな。まだいたい奴は自由にしてくれ」
「「「「「はい!」」」」」
俺は響子を抱いて、ロボと下に降りた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
皇紀と双子は降りて行った。
空いた食器などを頼んだ。
私は鷹さんともう少し一緒に飲んだ。
「鷹さん、タカさんが最初に私たちを引き取ってくれた時に言ったんです」
「うん」
「自分のことをこれから「タカさん」って呼ぶようにって。その時に、私、「高虎さんではダメなんですか」って聞いたんですよ」
「ああ、そうなの」
「はい。そうしたら「お袋に呼ばれてるみたいで嫌だ」って。あの時押し通してればよかったー!」
「アハハハハハハ!」
鷹さんが笑った。
「鷹さんだってそうですよ! 「石神先生」なんかじゃなくって「高虎さん」って呼んでれば」
「亜紀ちゃん、私はいいのよ。私はこれで十分」
「そうですかー」
「亜紀ちゃんだってそうでしょ?」
「そりゃそうなんですけど」
鷹さんが微笑んでいる。
本当に綺麗な人だ。
笑顔がまた優しくていい。
「私は石神先生のお傍にいられるだけで、もう十分。あの時、拒絶されてても、石神先生と一緒に働けるだけでも十分だったと思うわ」
「鷹さんは欲が無いですね」
「そうじゃないのよ。私にとって石神先生が特別の中の特別だから。私のそれは、絶対に変わらないの」
「なるほど!」
私はやっぱり自分は子どもなんだと思った。
「それは響子ちゃんも同じだと思う。皇紀くんたちも、六花さんも栞もね。一江さんだって大森さんだってそう。みんな石神先生をそう思ってる」
「はい、そうですね」
「レイさんもそうだった」
「はい」
私も目の前で見た。
逆らえない命令に逆らうために、レイは自分の手を爆発させた。
タカさんを守るために。
そして抑えきれない自分自身を爆発させた。
タカさんの悲しみと怒りはどれほどのものだったのか。
それは、あの後のタカさんを見て少しは分かる。
アメリカを滅ぼすほどの怒り。
麗星さんの薬が無ければ、本当にそうなっていただろう。
タカさんは、私たちのことをそう思ってくれている。
「亜紀ちゃん」
鷹さんが言った。
「私ね、前にここで石神先生に聞かれたの」
「はい、何を?」
鷹さんはタカさんから聞いたという、二つの「サロメ」の話をしてくれた。
「石神先生に、「鷹、お前は俺の首を抱くか」と聞かれた」
「はい」
「私はそうすると答えた」
「……」
「自分でも意味は分かってないの。でも、私はきっとそうすることが運命なんだと思う」
「はい」
私にも分からない。
タカさんがどういうつもりでそう聞いたのか。
二人がどういうことで、そういう話をお互いに納得したのか。
でも、私にはとても重大なことだと感じられた。
私は鷹さんのグラスを預かって、片付けてから寝た。
窓の外を見ると、真っ暗で真っ白な世界が拡がっていた。
何も、私には見えない。
「私も「タカトラ」だね!」
「そうだな。だからお前は特別の中の特別だ」
「うん!」
嬉しそうだ。
俺は抱き寄せてやった。
「高虎ー」
亜紀ちゃんが言った。
「てめぇ! 親に向かってなんだ!」
「私は呼べないよー」
「当たり前だ!」
「えーん」
みんなで笑った。
俺は鷹の盃に注いでやった。
「鷹はまた別な特別だからな!」
「ありがとうございます」
「いーなー!」
亜紀ちゃんが羨ましがった。
「奈津江さんも頑張って料理をしたんですね」
皇紀が言う。
「そうだな。本当に頑張ったよ」
「普段は全然しなかったのにですよね?」
「まあな。でも俺は思うんだ。奈津江は自分の命まで俺に擲ってくれる人間だった。もしも結婚してたら、あいつはきっと素晴らしい料理を作ってくれていたと思う」
「そうですね」
「そういう女だった。自分に何が無くても、あいつは一生懸命に俺のために何かをしてくれてたよ」
「はい」
雪のせいで、外は全くの無音だった。
本当に、ここだけが世界から切り離されている感じがした。
「山口には、その一度だけだったんですか?」
鷹が聞いた。
「奈津江とはそうだ。また行こうと話はしててもな。俺たちも金が無かったしな」
「石神先生は?」
「お袋が死ぬまで、それでも何度かだな。お袋が病気になってからは月に一度は行っていたけどな。東京に来た左門とはもうちょっと。でも左門とも、お袋が死んでからは二度だけかな」
「そうですか」
「お袋の葬儀で行ったのが最後だ。その時に、南原さんと陽子さんがお袋の遺品を出してくれてな。いろいろ南原さんに頂いていたようだ。陽子さんにも結構な。あの人は毎年お袋の誕生日にプレゼントをくれてた」
「いい方ですね」
「ああ、本当にそうだ。何でも持って行ってくれと言われた。結構な宝石なんかもあったよ」
「大事にされていらっしゃったんですね」
「ありがたい。今も感謝している。それでな、お袋の誕生日に俺が贈ったカルティエの18金のサントスがあったんだ。俺はあんまりそういうことをしなかったんだけどな」
「はい」
「だからお袋が異常に喜んでなぁ。竜頭がサファイアなんだって言ったら大喜びで。スゴイ時計だってさ」
「アハハハハ」
「そうしたら、もう一本サントスがあった。そっちはスティールのケースの普通のものだ。ちょっと汚れていたな」
「はい」
「陽子さんが話してくれたんだ。俺が贈ったものは大事にしてて、本当に特別な時にしか付けなかったんだって。普段のものは、そのもう一本の自分で買ったサントスだったそうだ。南原さんに香港に連れて行ってもらった時に買ったそうだよ」
「まあ」
「ニセモノだった。見たら分かった。サントスのデュモンは電池式だけど、そうじゃない自動巻きのはずのタイプが電池式で動いていたからな。お袋も分かってはいたんだろうけど、何百万のものが多分、何千円かで買えたわけだからな」
「なるほど」
「俺の贈ったサントスは止まっていた。そしてお袋がいつもしていた電池式のものはまだ動いていた」
「……」
「陽子さんは、俺が贈った時計は持って行ってくれと言った。でも、俺はニセモノの方だけ頂いた」
「なんでですか?」
「陽子さんにも言われたよ。でも、俺はお袋にあげたんだ。死んだからって俺が持っているのはおかしい。そうじゃない、お袋が俺の時計を大事にするために買ったものの方が、俺には余程大事だ」
「そうですね」
「良ければ陽子さんに使って欲しいと言ったんだけどな。どうしたか」
響子が眠そうにしてきたので、解散にした。
「俺も今日はもう寝る。いい加減疲れたからな。まだいたい奴は自由にしてくれ」
「「「「「はい!」」」」」
俺は響子を抱いて、ロボと下に降りた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
皇紀と双子は降りて行った。
空いた食器などを頼んだ。
私は鷹さんともう少し一緒に飲んだ。
「鷹さん、タカさんが最初に私たちを引き取ってくれた時に言ったんです」
「うん」
「自分のことをこれから「タカさん」って呼ぶようにって。その時に、私、「高虎さんではダメなんですか」って聞いたんですよ」
「ああ、そうなの」
「はい。そうしたら「お袋に呼ばれてるみたいで嫌だ」って。あの時押し通してればよかったー!」
「アハハハハハハ!」
鷹さんが笑った。
「鷹さんだってそうですよ! 「石神先生」なんかじゃなくって「高虎さん」って呼んでれば」
「亜紀ちゃん、私はいいのよ。私はこれで十分」
「そうですかー」
「亜紀ちゃんだってそうでしょ?」
「そりゃそうなんですけど」
鷹さんが微笑んでいる。
本当に綺麗な人だ。
笑顔がまた優しくていい。
「私は石神先生のお傍にいられるだけで、もう十分。あの時、拒絶されてても、石神先生と一緒に働けるだけでも十分だったと思うわ」
「鷹さんは欲が無いですね」
「そうじゃないのよ。私にとって石神先生が特別の中の特別だから。私のそれは、絶対に変わらないの」
「なるほど!」
私はやっぱり自分は子どもなんだと思った。
「それは響子ちゃんも同じだと思う。皇紀くんたちも、六花さんも栞もね。一江さんだって大森さんだってそう。みんな石神先生をそう思ってる」
「はい、そうですね」
「レイさんもそうだった」
「はい」
私も目の前で見た。
逆らえない命令に逆らうために、レイは自分の手を爆発させた。
タカさんを守るために。
そして抑えきれない自分自身を爆発させた。
タカさんの悲しみと怒りはどれほどのものだったのか。
それは、あの後のタカさんを見て少しは分かる。
アメリカを滅ぼすほどの怒り。
麗星さんの薬が無ければ、本当にそうなっていただろう。
タカさんは、私たちのことをそう思ってくれている。
「亜紀ちゃん」
鷹さんが言った。
「私ね、前にここで石神先生に聞かれたの」
「はい、何を?」
鷹さんはタカさんから聞いたという、二つの「サロメ」の話をしてくれた。
「石神先生に、「鷹、お前は俺の首を抱くか」と聞かれた」
「はい」
「私はそうすると答えた」
「……」
「自分でも意味は分かってないの。でも、私はきっとそうすることが運命なんだと思う」
「はい」
私にも分からない。
タカさんがどういうつもりでそう聞いたのか。
二人がどういうことで、そういう話をお互いに納得したのか。
でも、私にはとても重大なことだと感じられた。
私は鷹さんのグラスを預かって、片付けてから寝た。
窓の外を見ると、真っ暗で真っ白な世界が拡がっていた。
何も、私には見えない。
2
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
こずえと梢
気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。
いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。
『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。
ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。
幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。
※レディース・・・女性の暴走族
※この物語はフィクションです。
~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました
深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる