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奈津江、南原家へ Ⅳ

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 お袋に、そろそろ奈津江の部屋へ行ってやれと言われた。
 奈津江の部屋へ行くと、奈津江が起きていた。
 着替えてちゃんとしている。

 「大丈夫か?」
 「うん。ぐっすり寝たから」
 「無理をさせたな」
 「そんなこと」

 俺は一つ提案をした。
 奈津江は驚いていたが、出来ればやりたいと言った。
 俺はお袋と南原さんに頼んだ。

 「今晩は、俺と奈津江で夕飯を作らせてもらえませんか」
 
 南原さんは最初は戸惑っていたが、奈津江が気にしていることを分かってくれ、承諾してもらった。
 厨房へ行くと、幸い材料は揃っている。
 ハンバーグのつもりだったが、今日はステーキの予定だったらしく、牛肉は十分にあった。
 ハンバーグには少々もったいないのだが。

 奈津江を呼んで、一緒に作り始めた。
 俺が挽肉を作っている間に、奈津江は米を研ぎ、飯を炊いた。
 料理人の長谷川さんには申し訳ないが、奈津江の手助けを頼む。
 俺は一度挽肉を冷凍庫へ仕舞った。
 奈津江に付け合わせを作らせる。
 俺がメイクイーンの皮を剥き、奈津江に切らせる。
 人参も同様に。

 切るのが遅い奈津江の作業中に、俺は手早くデミグラスソースを作った。
 奈津江にハンバーグのタネを作らせる。
 もちろん、卵やタマネギや調味料などは俺が入れた。
 ボウルに氷水を用意した。
 バットを二枚重ね、その下にも氷水を入れる。

 「いいか奈津江。手の温度で牛肉の脂が温まって流れてしまう。だから手を冷やしながら作るんだ」
 「分かった」
 「作ったタネも、このバットで冷やしておく」
 「うん」
 「真ん中は少しへこませる」
 「火が通りやすいようにだよね」

 俺はその間にミネストローネを作り、オーブンで海老とペンネのグラタンを作った。

 奈津江がタネを作り終えた。
 手が赤くなっている。
 本当に真面目に手を冷やしながらやったのだ。
 俺はその手を握りしめた。

 「冷たかっただろう」
 「平気だよ!」

 フライパンに牛脂を敷き、ハンバーグを炒めていく。
 大きなフライパンだったので、一度に三枚。
 火加減は俺が調整した。
 油をスプーンで上にもかけて行く。
 俺の指示で面を変える。

 俺はその間に別なコンロで付け合わせを作って行った。
 サラダは長谷川さんに頼んだ。
 
 メイドの方に用意が出来たことを伝えてもらい、俺たちは料理を運んだ。
 


 南原家のみなさんが、ニコニコして待っていた。

 「奈津江がハンバーグを作りました。後は二人で手分けして一緒に作ったものです」
 「そんなことないよ! 他のは全部高虎が作ったじゃない!」
 「ああ、サラダは長谷川さんです」
 「高虎!」

 「まあまあ、じゃあ頂こう。美味しそうじゃないか」
 南原さんがそう言った。
 みんな、ハンバーグから食べてくれる。

 「美味しい!」
 「肉汁が凄いね!」
 「奈津江さん、美味しいよ!」
 「うん、美味しい!」

 奈津江が泣き出した。

 「おい、なんだよ。みんな美味しいってさ」
 「だって……」
 「ああ、皆さん。念のため胃薬も用意してますから!」

 奈津江に腕を叩かれた。
 みんなが笑った。

 


 夕飯の後で、南原さんに呼ばれた。

 「高虎くん。君とはちゃんと話しておきたかったんだ」

 南原さんは、財産分与について話された。

 「前に、君は孝子さんと君への遺産はいらないと言っていたね」
 「はい、その通りです」
 「でもね、僕はちゃんとしたいんだ。孝子さんと子どもたちで三等分するつもりだ」
 「いえ、それは!」
 「待って、最後まで聞いて。孝子さんが亡くなった後は、孝子さんが相続したものは全て君に渡す」
 「南原さん!」

 「君も僕の子どものつもりなんだ」

 そう南原さんは言った。

 「ありがとうございます。本当に嬉しいです。俺も南原さんのことが大好きで、陽子さんも左門も大好きです」
 「ありがとう」
 「南原さんの所へ来て、お袋は幸せそうです。何ですか、あの出不精のお袋が、あんなに旅行が好きになってて驚きましたよ」
 「うん」
 「楽しそうに、俺に旅行の写真を見せて話してくれました。本当にありがとうございます。本当に嬉しかったや」
 「こちらこそ」

 「だから、俺はもう十分です。それに、俺も資産はもうあるんですよ」
 「ああ、4千万円持ってると言っていたね?」
 「そうじゃないんです。お袋には心配させるんで言わないで欲しいんですが、実は2億円持ってまして」
 「え!」
 「犯罪じゃないんですよ? でも命を落とすような危険な仕事で。それで稼いだんです。いろいろアメリカでも助けてくれる人もいましたので、予想外の収入になりました」
 「そうなのかい?」
 「はい。だから俺には南原さんの遺産なんて、もったいなくてとても頂けません。どうかお二人のお子さんへ」
 「でも」
 「お袋が死んだら、それはまた陽子さんと左門に。あんなにお袋に優しくしてくれる二人から、南原さんの遺産をもらうわけには行きません」
 「でも僕は、高虎くんも大事なんだよ」
 「ありがとうございます。でも俺は大丈夫ですよ。これから自分でも稼いで行きますし。奈津江もいますからね」

 南原さんは微笑んで俺の肩に手を置いてくれた。

 「分かった。だけど、高虎くんのことは本当に大好きなんだ。何か困ったことがあったら、必ず言ってね」
 「はい、ありがとうございます」




 その日は酒宴は無かった。
 連日飲むような習慣は、南原さんには無かった。
 そういうことも、好感が持てた。
 俺と奈津江は陽子さんと左門の部屋で、楽しく話した。

 翌朝。
 朝食を頂いて、俺と奈津江はまた陽子さんに空港まで送って頂いた。

 「トラちゃん、奈津江さん、絶対にまた来てね」
 「はい、お世話になりました」
 「ありがとうございました」

 「結婚式が楽しみだね!」
 「「はい!」」
 「学生結婚でもいいのに」
 「いや、それは」

 俺たちは笑って別れた。
 俺たちは時間まで、空港内のレストランで食事をした。
 二人で奮発して、和食の膳を頼んだ。

 「高虎、ありがとうね」
 「いや、俺の方こそ」
 「お母さんと話が出来た」
 「そうか」

 まあ、あまり機会も無かったはずだと思っていた。

 「あのね、昨日起きてから、高虎を探したの」
 「そうだったか」
 「そうしたらお母さんと会って、部屋に呼ばれたの」
 「え?」

 奈津江がお袋と話したらしい。

 「高虎のことを宜しくって頭を下げられちゃって」
 「そうか」
 「高虎が20歳まで生きられないと言われたって。でも絶対にそんなことないと信じてたら、本当に高虎が元気になって」
 「ああ、お袋のお陰だ」

 「でも、いろいろ危なっかしい子だからって」
 「アハハハハハ!」
 「私が傍にいて助けて欲しいって言ってた」
 「ああ、そうだよな」
 「高虎は私の言うことなら聞きそうだってさ」
 「その通りだな!」

 奈津江が嬉しそうに笑った。

 「お袋は俺のことしか考えない人なんだ」
 「うん、分かるよ」
 「まあ、最近じゃ旅行を楽しんでくれてるみたいだけどな」
 「うん」
 「ゴルフも始めたそうだ。南原さんから聞いた。まだ嫌々付き合ってるみたいだけどな」
 「へぇー」
 「俺も驚いたよ。南原さんのお陰だ」
 「うん」

 「奈津江を見て、お袋も安心してくれたんだと思う。もう俺のことはお前に任せて大丈夫そうだってな」
 「!」

 「お袋は俺に関しては絶対なんだ。だから任せられない人間に、そんなことは言わねぇ」
 「高虎!」

 奈津江が涙ぐんだ。
 



 「お母さんがね、言ってたの」
 「なんだって?」
 「みんな高虎のことを大好きな人間は「トラ」って呼ぶんだって」
 「うん、そうだな」

 「でもね、お母さんと私だけが「高虎」って呼ぶんだって。特別の中の特別なんだってさ」
 「ああ! そういえばそうだな!」
 「ね!」

 奈津江が本当に嬉しそうに微笑んだ。
 奈津江があまりにも嬉しそうなので、俺も本当に嬉しくなった。




 「高虎」
 「おう!」

 俺たちは笑い合った。
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