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奈津江、南原家へ Ⅲ

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 翌朝。
 朝食を頂いた後で、陽子さんが俺と奈津江を観光案内してくれた。
 陽子さんが運転し、俺たちに見たい場所があるかと聞く。

 「あの」
 奈津江が遠慮がちに言った。

 「なーに、奈津江さん?」
 「松下村塾が……」
 「ああ、奈津江は日本の歴史が大好きなんですよ」

 俺が説明した。

 「そうなんだ! じゃあ、行きましょうか!」

 ドライブ中も、陽子さんは俺たちに話し掛け、楽しい雰囲気にしてくれる。
 奈津江も夕べの失敗で気落ちしていたが、徐々に元気を取り戻した。
 奈津江に吉田松陰や長州の人物について問い、奈津江に熱弁を振るわせた。
 奈津江はご機嫌だった。

 「奈津江さん、本当に詳しいのね!」
 「いいえ、それほどでも!」
 「トラちゃんも歴史は好きだったよね?」
 「まあ、奈津江には負けますが」
 「お前はいいトラだぞー!」

 俺と陽子さんは笑った。

 「奈津江さんは、これから行く吉田松陰は好き?」
 「はい!」
 「まあ、明治維新の中心だもんね!」
 「そうです!」

 俺も笑って聞いていた。

 「トラちゃんも好き?」
 「いや、俺はあんまり」
 「お前! やっぱり悪いトラなのかー!」

 また陽子さんと笑った。

 「立派な人物とは思うけどな。命を懸けて何かを成し遂げようとしていた。それは好きだよ」
 「よし!」
 「でもな、坂本龍馬と同じで、藩を捨ててというのがどうもなぁ」
 「あれ、トラちゃんはそこに拘るんだ?」

 陽子さんが言う。

 「はい。武士は主君に仕えて死ぬのが本来ですからね。だから藩がダメだと思って見捨てて行く人間は嫌いなんですよ」
 「そうかぁ」
 「俺が長州藩で最高に好きなのは、高杉晋作ですよ」
 「なるほどね」

 「あ! 私も高杉晋作は好き!」
 「だよな!」
 「うん!」

 まあ、俺たちが好き嫌いを言っても仕方がないのだが。





 松下村塾や併設の歴史館などを見て回り、奈津江が大興奮した。
 陽子さんがいるのに、俺に一方的に説明していく。
 陽子さんは笑ってそれを見ていた。

 近くの東光寺にもお参りし、陽子さんは昼食を食べようと言ってくれた。
 最初から、そのつもりで出て来たと言う。

 「折角山口に来たんだからね」

 そう言って、ふぐの店に連れて行かれた。
 俺も奈津江もふぐなど食べたことは無い。
 高い料理としか思っていなかったので、遠慮しようとした。
 
 「大丈夫よ! お父さんからお金は預かってきているし」

 そう言われて、二人で恐縮しながら店に入った。
 二人で一番安い「お子様定食」を注文しようとしたら、陽子さんが大笑いした。
 一番いいコースを三人前頼んでくれた。
 確か、当時で一人1万円近い金額だった。
 
 最初に出て来たフグ刺しに驚いた。

 「タカトラ! お皿の模様が透けて見えるよ!」
 「おう!」

 酢醤油で食べると、コリコリとした触感で、後からほんのりと甘い香りがする。
 いいフグの証拠だと、俺は後に経験から知った。

 「タカトラ! ちょっと血が滲んでるよ!」
 「大丈夫だよ、これから焼くんだから」
 「でも、ちょっと気持ち悪いよ」
 「大丈夫だ。俺も陽子さんもお前の料理を夕べ喰ったからな!」

 奈津江に叩かれた。

 「トラちゃん! そんなこと言わないの」
 「もっと言ってやって下さい、陽子さん! こいつ悪いトラですから」
 「うん!」
 
 俺は笑って謝った。
 一番立場の弱い奈津江のために、陽子さんが味方になってくれている。

 鍋まで食べて、俺が断って雑炊を作ろうとすると、店の人がやってくれた。

 「凄いな! 奈津江、殿様みたいだな!」
 「姫よ、姫!」
 「あ、ああ!」

 陽子さんが笑った。
 奈津江とご馳走になったお礼を陽子さんに言い、南原家へ帰った。
 また陽子さんが楽しく会話を盛り上げてくれる。

 「奈津江さんはトラちゃんのどこが好き?」

 運転しながら陽子さんが聞いた。

 「え! えーと、よく分からないですかね」
 「あら! 私はカッコイイし背が高いし頭がいいし、それにとっても優しいトラちゃんが好きよ」
 「エェー!」
 「私がもらってもいい?」
 「絶対ダメです!」

 陽子さんが笑った。

 「でも、左門も私にトラちゃんと結婚しろって言うんだけど」
 「ダメですってぇ!」

 「奈津江、ちょっと考えさせてな」

 俺が悪ノリして言った。

 「何言ってんのよ!」
 「だって、この陽子さんだぞ? 全てのスペックでお前より上じゃんか」
 「そんなことないよ!」

 「そうよね。まあ、顔の良さは同じとして」
 
 陽子さんもノってくれる。

 「首から下は大人と子どもですよねぇ」

 そう言って、俺は奈津江に殴られる。

 「ぼ、暴力は振るわないし」
 「アハハハハ!」

 陽子さんは笑い、奈津江が俺を睨んでいる。
 カワイイ。

 「絶対に上なものがあるもん」
 「え?」
 「私の方が絶対に上だもん」
 「なんだよ?」
 「タカトラを愛してること!」
 「!」

 俺は笑って奈津江を抱き寄せた。

 「そうだったな」
 「そうだよ!」
 「じゃあ、私は諦めるかな」
 「そうして下さい!」

 俺と陽子さんは笑った。
 しばらく楽しく話していたが、奈津江が俺の肩に顔を寄せて眠った。

 「あら、奈津江さん寝ちゃった?」
 「はい。緊張していたでしょうからね。陽子さんのお陰でリラックス出来たようですよ」
 「そう?」
 「アハハハ」

 「奈津江さんと別れたら教えてね?」
 「分かりました」

 奈津江がちょっとうなされた。




 南原家に戻り、奈津江を少し休ませてもらった。
 部屋で寝かせる。

 俺はお袋といろいろと話した。
 こちらで幸せにやっていることが分かった。
 どこにも出掛けたことのないお袋が、南原さんのお陰ですっかり旅行好きになっていた。
 あちこちの旅行の写真を見せられた。
 海外にも行っていた。

 「いつか高虎とも温泉に行きたいな」
 「俺はいいよ」

 その後、何度もお袋から旅行の誘いがあった。
 俺は恥ずかしくてその度に断った。

 「まあ、そのうちにな」

 そう言っている間に、お袋は死んだ。
 一度くらい、付き合ってやれば良かったと後悔した。





 左門とも話した。
 部屋に遊びに行くと、勉強をしていた。

 「おう、やってるか!」
 「はい! トラ兄さんに教わった勉強法で、僕はずっと学年トップですよ!」
 「そうか!」

 勉強の話をしていると、陽子さんが入って来た。

 「トラちゃん、ここにいたんだ!」

 三人で楽しく話した。
 左門は近所の道場で柔道を習い始めたらしい。
 
 「高校に入ったら暴走族に入りますね!」
 「おい、やめろって!」
 「トラ兄さんみたいになるんです」
 「俺はそういうことじゃねぇから!」
 「でも、楽しかったって言ってたじゃないですか」
 「左門! 俺の顔に泥を塗るな!」

 陽子さんが爆笑していた。

 「左門はトラちゃんに夢中だもんね」
 「そうだよ、だってこんなにカッコイイんだもん」
 「それは暴走族とは関係ねぇから!」

 俺のせいで左門が不良になったら南原家に申し訳ない。

 「何度も牢屋に入ったって、夕べも」
 「牢屋じゃねぇ! 留置場だ!」
 「109回だったよね、左門?」
 「うん! すごいなー」
 「凄くねぇ!」

 左門が笑った。

 「でもなー、トラ兄さんに彼女がいたなんてなー」
 「なんだよ? カワイイだろ?」
 「そうだけどさ。トラ兄さんはお姉ちゃんと結婚して欲しかったな」
 「あんだと?」
 「ね、お姉ちゃん」
 「そうよねー。そしたら一緒にこっちで住んでさ」
 「おいおい!」
 「そう! いっそお父さんに病院を建ててもらおう!」

 仲の良い姉弟が悪ノリしているのは分かる。

 「分かったよ。でも俺は総合病院じゃなきゃ嫌だからな。クリニックじゃねぇぞ!」
 「お父さんに頼んでおくよ」
 「それと、看護師の面接は俺な」
 「何それ?」
 「看護師三人までは浮気が許される」

 「「絶対ダメ!」」

 三人で笑った。
 陽子さんが楽しそうに俺を見た。
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