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三島姫子

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 「ねぇ、姫子ママぁ! 今日でここに通い詰めて、丁度100回だ! 今日こそは真剣に言うよ。僕と付き合って下さい! お願いします!」

 毎週一度は来て下さる高木さんがそう言った。
 私をくどくのも100回目ということだ。

 「はい、喜んで! じゃあ今日はお祝いにドン・ペリを飲みましょう!」
 「いいね! 一緒に飲もう!」

 そうして高木さんは、毎回ドン・ペリニヨンを飲んでくれる。
 5年熟成のドン・ペリニヨンの白ラベル。
 うちは2万円で仕入れ、12万円で出している。
 高木さんは、いつも3本飲んで下さる。
 店の子がどんどん飲むからだ。

 いい人だ。

 この人は、石神先生が連れて来てくれた。

 「金はある奴だから、どんどん吸い上げてくれよ!」
 
 高木さんの目の前で、石神先生はそうおっしゃった。
 御冗談だったのかもしれないが、私は驚きながらも、笑ってしまった。
 石神先生は、いつも良い方をご紹介下さる。
 高木さんは、その中でも最高に良い方だ。
 素直で純情で、助平で優しく、何よりもお金をどんどん使ってくれる。
 そして、後腐れがない。

 いつも私に付き合ってくれと言い、私が「はい」と言い、最後に「これでお別れですね」と言う。
 
 「そうかぁー! よし、じゃあまた申し込むよ!」
 
 そう言って明るく笑い、お帰りになる。
 あまりにも良い人なので、一度だけ店を終わって一緒に出た。
 一晩だけ「お付き合い」するつもりだった。
 日頃の御礼だ。

 高木さんは、いつもエルメスのスペシャル・オーダーのダレス・バッグを持っている。
 ヌメ革の品の良いものだ。

 「これさ、石神先生に頂いたんだ!」
 「そうなんですか!」
 「うん。前にお礼にってさ! 一緒に幾つか同じ革で作ったらしいよ。その中の一つなんだ」
 「へぇー!」

 経年で、綺麗な飴色になっている。
 うっとりするほどに美しい鞄だった。
 ホテルでそう言いながら、高木さんがその鞄を開いた。
 上の口が開く。

 中からバイブレーターが幾つも出て来て、ロープや大きなガラス製の注射器まで出て来た。

 慌てて部屋を飛び出し、タクシーで帰った。
 石神先生にお話しすると、すぐに高木さんに連絡して下さり、上手く解決した。
 その翌週も高木さんはうちに来て下さった。

 「ママ、こないだはゴメンね?」
 「いいえ、私も驚いてしまって。申し訳ありません」
 「うん、いいんだ。何度もあることだし」
 「まあ! ウフフフフ」
 「それでさ、改めて交際を申し込みたい! お願いします!」
 「そうしましょうか! じゃあ、ドン・ペリでお祝いしましょうね!」
 「うん!」

 本当に良い方だ。



 「ママ、石神先生が僕に「あんまり無茶をするなよ」って言ったんだ」
 「そうなの。そうだわねぇ」
 「石神先生には本当にお世話になってるんだよ。僕が一番尊敬し、大事に思ってる」
 「私もですよ」
 「そうだよね! 石神先生は最高だ!」
 「本当に!」

 いつもは適当な所で店の女の子と変わるのだが、その日はもうちょっと高木さんと一緒にいた。
 石神先生の話になったからだ。

 「ママはやっぱり、石神先生が好きなんでしょ?」
 「それはそうね。でも高木さんも好きですよ」
 「敵わないよ! ねぇ、石神先生とはどういうお付き合いなの?」
 
 あまり話したことはない。
 でも、その日は高木さんに申し訳ない気持ちもあり、石神先生とのことを話し始めた。

 「私の実家が、石神先生の親友の方と親戚だったんです」
 「へぇー!」




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 私の名前は三島姫子。
 本名は、御堂小百合。
 実家は山梨で、石神先生のご親友の御堂正嗣さんは、本家の跡取りだ。
 私の家は分家で、父親は御堂の本家と同じく県会議員をずっとしている。

 本家の正巳さんは、何度も衆議院議員に当選されているが、私の父はまだない。

 私は長女だったが、兄がいるので、自由にさせてもらった。
 高校を出て、東京の小さな劇団に入り、女優を目指していた。

 劇団で食べて行くことは出来なかった。
 他の団員はみんなアルバイトをしながら生活し、劇団で成功することを夢見ていた。
 私は実家からの仕送りがあり、苦労することはまったく無かった。
 見た目の美しさで劇団の中でもいい役を貰えるようになり、喜んでいた。

 毎月舞台公演があり、楽しかった。
 公演はギリギリ黒字だった。
 チケットの各自消化はきつかったが、私は実家からの援助で大体ノルマをこなせた。
 いい役になるほどノルマは増えたが、何のことも無かった。

 同じ劇団員の男性と付き合い始めた頃、石神先生と出会った。
 私がまだ20歳、石神先生は25歳で大学を卒業する年だった。
 本家の正嗣さんが引き合わせてくれた。

 「石神、この子が僕の親戚の小百合ちゃんだ」
 「へぇー、綺麗な子だなぁ! 流石は御堂の親戚だぁ!」
 「アハハハハ。宜しく頼むよ」
 
 「御堂小百合です。わざわざ舞台を見に来て下さって、ありがとうございました」
 
 石神先生を最初に見て驚いた。
 高い身長、甘くて精悍で優し気なお顔。
 後から知ることになるが、本当に優しい方だった。

 「小百合ちゃん、こちらは僕の親友で、石神高虎。都内で医者になる予定だ」
 「そうなんですか!」
 「芸術関係が好きな男でね。今日は誘って小百合ちゃんを紹介したかった」
 「石神です。いい舞台でしたよ。小百合さんも良かった」
 「ありがとうございます」

 そう言って下さり、素直に嬉しかった。

 「小百合ちゃん、今後何か困ったことがあったら、石神を頼ってね。同じ東京にいるから、何か手を貸してくれるよ」
 「宜しくお願いします!」

 その夜は一緒にお食事し、石神先生に楽しいお話を沢山伺った。
 それから、本当に石神先生は色々と私のためにして下さった。
 公演のチケットを買って下さり、お知り合いを紹介して下さった。

 公演にも忙しい中を来て下さったりもした。
 毎回大きな花を手配してくれ、いらっしゃると楽屋に寄ってみんなにも差し入れしてくれた。
 私の彼氏と一緒に何度も食事に誘ってくれた。
 彼も石神先生を尊敬するようになった。

 「山口君、演技がどんどん良くなるね」
 「ありがとうございます!」
 「君は顔もいい。だけど何よりも心が綺麗だよね! それが演技に出ている」
 「本当ですか!」
 「ああ、だから逆にワルの役は苦手だよね。前にイアーゴーをやった時はちょっと酷かった」
 「えぇー!」
 「アハハハハハ!」

 私たちはシェイクスピア物を中心にやっている。
 私も石神先生の言う通りだと思った。
 私の彼は優しいが、俳優としては今一つだ。
 その理由は、きっと石神先生の言う通りのことなのだろう。
 その日、石神先生は交際していた山口に、イアーゴーについて様々なお話をして下さった。
 山口と私は熱心に聞いた。

 

 一度だけ、石神先生に舞台に上がってもらったことがある。
 『オセロ』のイアーゴー役が急に倒れ、私の小さな劇団では代わりの人間はいなかった。
 思い余って、石神先生に頼んだ。
 前にイアーゴーのお話をしていたのを思い出したからだ。

 「一日だけでいいんです!」
 「無理言うなよ!」
 「お願いします!」

 山口と一緒に頼み込んだ。

 「俺は演劇なんてやったことないよ」
 「石神先生なら大丈夫です!」

 舞台が公演できなければ、違約金を支払うだけではない。
 信用の問題だ。
 もう二度と劇場を貸してもらえなくなるかもしれない。

 「弱ったなぁ」
 「お願いします!」
 「酷い演技になるぞ?」
 「構いません!」

 石神先生は、私たちが本当に困っているのを知り、力を貸して下さった。
 ほとんどぶっつけ本番だった。
 演出家も、もう自由にやってくれと言った。

 しかし、石神先生の演技は素晴らしかった。
 イアーゴーの冷酷な策士振りが、見事に表現されていた。
 それに、あの長身と素敵なお顔。
 そのお顔が悪の魅力で溢れていた。
 ほとんど、主役たちを喰っていたと思った。

 台詞は一度もトチらなかった。
 数日の間に台本を全部暗記して下さっていた。
 涙が出る程に有難かった。

 公演は大成功で、演出家や他の人間が石神先生を本気で欲しがった。
 打ち上げの中で石神先生は笑って断っていた。

 「でもさ! あのスポットライトが当たる瞬間ってさ! いいよなぁー!」
 そう言って、嬉しそうに笑われた。

 「目の前は真っ白なんだけど。観客みんなに見られている実感があるよなぁ」
 よく分かる。
 石神先生が少しでも喜んで下さったのなら、嬉しい。






 私は、本気で石神先生を愛し始めていた。
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