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早乙女の結婚式

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 11月中旬の金曜の夜。
 10月の初めから、俺たちは楽器の練習をしている。
 大分聴ける演奏になってきた。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 発端は、早乙女の相談。
 早乙女が電話をしてきた。
 
 「おう! 元気か?」
 「ああ。石神、相談があるんだが」
 「なんだよ?」
 「実はな。ちょっと早いとは思うんだが」
 「早く話せ!」
 「ああ、あのな。西条さんと結婚を」
 「おお! おめでとう!」
 「ありがとう。それでな、お前の都合を聞いておこうと」
 「俺の? なんだよ、いつでも言ってくれれば空けるよ」

 早乙女は喜んでいた。

 「ありがとう! でもな、西条さんもお前には絶対に式から出て欲しいと言っているんだ」
 「だから出るって!」
 「それとな。是非石神の子どもたちにも来て欲しいんだ」
 「ええ? あいつらは不味いだろう」
 「いや、頼む!」
 「だってよ、披露宴が無茶苦茶になるぞ。大食いで」
 「食事はちゃんと用意する。みんなの食欲は知っているからな」
 
 早乙女は引き下がらない。

 「いや、あのな。あの大食いは他人様に見せられないんだよ!」
 「そんなことを言わずに」

 泣きそうな声で言いやがる。

 「あーもう! 分かったよ。じゃあうちの子ども四人とあと柳の分で全部で六人な!」
 「ありがとう!」
 「その代わりな! 俺が披露宴でやることに文句を言うなよな! それと歌も歌わせろ!」
 「ほんとか!」
 「ああ。約束したからな!」
 「分かった! 本当にありがとう!」

 電話を切った。

 早乙女、楽しみにしやがれ。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 その晩に全員を招集した。

 「早乙女の結婚式に、ここにいる全員で出る!」
 「「「「「はい!」」」」」

 「歌を披露する約束をした!」
 「「「「「はい!」」」」」

 「全員、楽器の特訓をするぞ!」
 「「「「「へ?」」」」」

 「「ザ・オトメン・バンド」だぁ!」
 「「「「「アハハハハハハ!」」」」」

 俺は、早乙女の詩にメロディを付けて歌うことを宣言した。
 子どもたちは爆笑する。
 それを、生演奏でやる。
 俺のギターだけではない。
 全員が楽器を演奏する。

 「いよいよ、タカさんにギターを教えてもらえる!」
 「いや、亜紀ちゃんはボーカルな。あとサックスを間奏に。まあ、サックスがダメなら歌だけな」
 「えーん!」

 「ふふふ、じゃあ私たちが」
 「ルーとハーはドラムとベースな!」
 「「えーん!」」

 「じゃあ、もしかして僕が!」
 「皇紀は電子ピアノな。すぐ買うから」
 「わーん!」

 「え、じゃあ、私?」
 「何言ってんだよ。柳はヴァイオリンじゃないか」
 「えーん!」

 俺がすぐに作曲し、譜面に落した。
 一人ずつ指導していく。
 各自自分で練習はしていくが、最初はまー、酷いものだった。
 それが一月を過ぎ、何とか形になってきた。

 これなら、11月の終わりの結婚式に間に合う。
 俺たちは更に燃えた。




 いよいよ、11月最後の土曜日。
 親友・早乙女の結婚式だ。

 会場は明治記念館だった。
 楽器類は東雲たちに頼んで、2トントラックで運搬してもらった。
 俺たちは少し早めに会場に入り、セッティングした。

 神前式の結婚式が終わった。
 ここまでは何の問題もない。
 その後は、控室で待機した。
 見れば分かるが、当然警察関係者が多い。

 俺は子どもたちを隅に集めた。
 全員、同じ仕立てのタキシードを着ている。
 ベストは銀のシルクに、虎の顔を織り込んでいる。

 「タカさん、ご祝儀箱から離れていいんですか?」
 亜紀ちゃんが心配した。

 「誰も持ってかないよ。100キロだぞ?」
 「あー」
 「花岡」あるあるだ。

 「いいか、お前らに言っておくことが一つだけある!」
 「「「「「はい!」」」」」
 「普通の人間様の結婚式だ。食事の量は少ない!」
 「「「「「はい!」」」」」
 「少ないからって、暴れるな! いいな!」
 「「「「「はい!」」」」」

 「まあ、明治記念館は結構美味い! それで満足しろ! 後で幾らでも喰わせてやる!」
 「「「「「はい!」」」」」

 俺たちを、控室のみんなが見ていた。
 一人、俺に寄って来る人物がいる。

 「西条です」
 新婦の伯父という方か。
 新婦側の控室にいたはずだが、わざわざ俺に挨拶に来てくれたらしい。

 「この度は、おめでとうございます」
 「いえ。石神さんが取り持って下さったそうで。一度お礼を言わねばと思っていました」
 「そんな」
 「可愛らしいお子さんたちですね」
 「アハハハハ」
 「それでは、また後程」
 「はい、また」

 去って行った。

 「おい! お前ら分かったな! 俺に恥を掻かせるな!」
 「「「「「はい!」」」」」

 「お前ら、いつも返事だけはいいんだよなー」
 「「「「「アハハハハ!」」」」」





 開演を知らせに来た。
 亜紀ちゃんが「ご祝儀箱」を持って歩く。
 受付で俺が代表して記帳し、亜紀ちゃんが「ご祝儀箱」をテーブルの脇に置いた。

 「もう、俺たちの気持ちが普通の袋で収まらなくて。どこに置きましょうか?」
 受付の、恐らく警察官らしい人間が驚いている。

 「いえ! こちらで運びますので」
 「でも、100キロあるんですよ」
 「え?」

 男性が持ち上げようとして、諦めた。

 「警察関連の人間の結婚式ですから、大丈夫と思いますが。10億ほど入ってますので」
 「へっ!!!!!!」
 「新郎の早乙女には大変世話になってましてね」
 「……」
 「じゃあ、お願いしますね?」
 「は、はい!」

 受付の男性の一人が駆け出して行った。


 俺たちは受付の一人に案内された。
 
 「石神様は御案内するように言われております」
 「はぁ」

 嫌な予感がした。
 流石にひな壇の正面は、警察の高級幹部たちの席になっていた。
 しかし、その左側は全部「石神家」のテーブルだ。
 8人掛けのテーブルが10台繋げられ、その中央に向かい合わせに6席椅子がある。

 「おい、なんだよ、こりゃ」
 「石神シフトですね」
 亜紀ちゃんが言った。
 
 「俺の名を冠するんじゃねぇ!」
 「アハハハハハ!」

 まったく、真面目なバカが考えることは恐ろしい。
 当然のように、入って来た人間が何事かと俺たちのテーブルを見ている。
 主賓の高級幹部たちには事前に説明があったようで、それほどの不審はないようだ。  
 
 やがて披露宴が始まり、主賓から祝辞が順に述べられていく。
 友人代表で、俺の名が呼ばれた。
 友達が俺一人なので仕方がない。

 俺はテーブルの復讐で、早乙女を飲み屋でからかって友達が少ないだろうと言ったら俺を指さした話や、新婦を大事に思い過ぎて俺と結婚するように言った話を晒した。
 みんな爆笑していたが、早乙女の純情や優しさは伝わったと思う。
 大きな拍手を頂いた。

 食事は、本当に俺たちのテーブルに満載になった。
 流石に司会者から説明があり、今日の祝いのために、俺たちがしこたま食べて神に捧げるのだというような話をされた。
 ウンコになるだけじゃねぇか。
 でも、会場からまた拍手が沸いた。
 子どもたちの悪魔じみた食事に、みなが驚嘆していた。
 恥ずかしかった。
 


 
 
 いよいよ出し物になり、俺たちがトリでやることになった。
 食事に夢中で、誰も緊張していないことだけが慰めだった。

 俺たちは係の人間に呼ばれ、準備する。
 司会が俺たちを紹介した。

 「それでは、新郎の親友。石神高虎様と、そのお子様たちによる歌と演奏をお願い致します」

 マイクが俺に向けられた。

 「先ほども言いましたが、早乙女、雪野さん、本当におめでとう。今日は、先日子どもたちと一緒にネットで素晴らしい詩を見つけまして。あまりに良い詩だったので、勝手ながらメロディを作って、今日披露させていただきます」
 会場から拍手。

 「早乙女は私にとって、ヒーローです。私が危ない時には彼は警察官らしく守ってくれました。私のそうした早乙女への気持ちにぴったりの詩でした。早乙女、聞いてくれ。「ザ・オトメン・ポエム」より、『俺のヒーロー』!」
 
 早乙女が「ギャー」と絶叫し、雪野さんが驚いた。
 しかし、会場は俺に注目し、拍手の中で、ほとんど気付かれることは無かった。

 ♪ 俺の、ヒーーーーーローーーーー!
   俺の、ヒーローはー! お前一人なんだよ!(オーイェー)
   お前は! どんな恐ろしい、相手でも負けない(オーイェー)
   だからお前は! 俺のヒーーーーーローーーーー! ♪

 亜紀ちゃんがサックスを吹き慣らし、俺がフライングVのギターソロでメロディを駆け上がり、ルーのドラムが吼える。
 やがてバラード調になり、柳のヴァイオリンが美しくメロディを飾り、皇紀のピアノソロが入り、ハーのベースがリズムを刻んで、再び曲はハードロックに。

 演奏が終わると、会場から大きな拍手と声援を送られた。
 早乙女は気絶し、雪野さんに揺すられていた。
 一旦控室へ運ばれ、青白い顔で戻って来た。

 ケーキ入刀の後で、カットしたケーキを俺たちのテーブルに運んで来た。

 「酷いよ、親友」
 「がんばれ、親友」

 みんなで笑った。




 披露宴が終わり、俺たちも引き出物を頂き、帰ろうとした。
 早乙女と雪野さんが必死に駆けて来る。

 「おい! 石神!」
 「どうした?」
 「お、お、お前、あのご祝儀!」
 「石神さん!」

 「おう! 次は出産祝いな!」
 「おい、困るよ!」
 「お前は石神高虎の親友なんだ。諦めろ」
 「石神!」
 「お前の朗読」
 「おい!」
 「警察署全部に曝すぞ?」
 「やめてくれー」

 「がんばれ、親友!」

 俺たちは笑って帰った。 
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