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しょうもない話 Ⅲ

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 11月第二週の火曜日。
 ちょっとした、どうでもいい事件が起きた。

 一江が殴られた。

 夕方、俺が帰ろうとすると、大森から連絡が来た。

 「部長! 一江が患者さんから殴られました!」
 大分興奮している。

 「そうか。俺はこれから帰るからな」
 「部長!」
 「あんだよ」
 「すぐいらして下さい!」
 「だってよ」
 「お願いします!」

 仕方なく処置室へ向かった。
 大森は場所を言わなかったが、内線番号が処置室だったためだ。
 気が立って、思考も乱れているらしい。
 まあ、大事な親友をやられたんだ。
 無理もない。
 でも、俺はどうでもいい。
 ほんとに。





 俺が処置室へ行くと、一江が大森に目の辺りを冷やされていた。

 「どうしたんだよ」
 「それが、入院中の男性の患者さんから急に殴られて」
 大森が説明した。
 よく分からん。
 怒りのためだろうが、いつもの冷静さを喪っている。

 「こいつがブサイクだから?」
 「部長!」

 冗談だと言い、大森に氷嚢をどかさせた。
 もう、目の周りに青黒い痣が出来ている。
 
 「おう、結構強く殴られたな」
 「はい! 酷い状況です」
 「レントゲンは?」
 「いえ、まだですが?」
 「念のために撮っとけ。眼底骨折の可能性もあるからな」
 「は、はい!」

 俺はじっくりと一江の眼を観察した。
 咄嗟に目を閉じたのだろう。
 水晶体などには問題はなさそうだ。
 流石に眼球は充血しているが、恐らく大丈夫だ。

 「お前の眼を、これまでで一番長く見たな」
 「部長」
 「どうだ、視力に違和感はあるか?」
 「いいえ」
 「俺の後ろの光り輝く天使とかカッチョイイ侍とかが見えるか?」
 「いいえ?」
 「広い河原の向こうで誰か呼んでるか?」
 「なんですか、それ!」
 「俺の眼を見ながら「愛してる」と言ってみろ」
 「なんで拳を構えてんですか!」

 「おし! 正常だ!」
 「「……」」

 俺は大森にレントゲン室の予約を入れさせた。
 救急搬入の患者のために、24時間レントゲン室は稼働している。

 レントゲン室ですぐに撮影し、データを大森と一緒に見た。
 大丈夫だった。

 俺は一江に状況を説明させた。
 
 「若い男性です。同じ病室に先日オペをした患者さんがいて、ちょっと様子を見に行きました」
 「それで?」
 「同室の若い男性の患者さんが、恐らく交際相手と思われる女性とベッドで、その、イヤラシイことをしていたので注意しました」
 「そこを詳しく!」
 「え、はい。あの、男性の下を脱がせて口に入れて……」
 「丸見えでかよ!」
 「いえ。カーテンを閉じてましたが、声が、その」
 「そこを詳しく!」
 「「もっと舌の先で舐めろ」とか」
 「お前から聞くと、何の興奮もねぇな」
 「部長!」

 大森も俺をコワイ顔で見ている。

 「分かったよ。俺が言ってやる」
 「すいません」
 「大森もついて来い」
 「はい!」
 「一江はあとは自分で処置できるな?」
 「はい」
 「終わったら部屋に戻ってろ」
 「分かりました」

 俺は大森に案内させた。
 問題の男のベッドはカーテンが閉じている。
 俺は声を掛けることなく、カーテンを全開にした。

 「おい!」

 男が叫んだ。
 やってた。

 大森に、カルテを持って来させた。

 「ここで何をやってる」
 「うるせぇ! 早く閉めろ!」

 俺が近付くと、男が俺に掴み掛かろうとするので、ベッドの下に首を掴んで投げ落とした。
 威圧した。
 二人は動けなくなった。
 
 すぐに大森が戻って来る。
 近くのナースステーションに、カルテの写しが常備してあるためだ。
 男の患者と女を、別棟の会議室に入れる。

 歩きながらカルテを見たが、左の肋骨を何本か骨折と、同じ左肩の骨折での救急搬送だった。
 バイクの交通事故だ。

 「おい」
 「なんだよ!」
 「お前、さっき俺の部下をぶん殴ったらしいな」
 「あいつが邪魔すっからだ」

 前に出ようとする大森を止めた。

 「関尭雄か。お前、生意気なことしてくれたな?」
 「なに!」
 「いきなり俺の身内をぶん殴って怪我させたんだ。ただで済むと思うな」
 「へっ! お前らこそ肚くくれよな」
 「どういうことだ?」

 関が俺を見てニヤリと笑った。

 「俺は「清和金融」のモンだ。お前らにこの名前の意味は分からないだろうけどな」

 俺には覚えがあった。

 「ああ、稲城会のフロントか」
 「お前!」
 「渋谷の街金だろ?」

 俺は稲城会の組織の全てを頭に入れていた。

 「お前、何やったと思ってんだ?」

 大森がドスの効いた声で言った。

 「あんたら、なんだよ!」
 「この方はなぁ、イナギ・グループの総帥石神高虎様だ」
 「へ?」
 「千万組総長でもあられる」
 「!」

 俺は関の胸倉を掴んだ。
 俺の名は下っ端でも知っていたらしい。
 見るも無残に震えている。

 「お前、親にクソ口叩いて、親の大事な人間を襲ったんだ。覚悟はいいな?」
 「いや、待って下さい!」
 「エンコじゃ済まねぇぞ」
 「すいませんでしたぁ!」
 「大森、女と一緒に山に埋めて来い」
 「分かりました」
 「勘弁してください!」

 まあ、やるつもりもねぇが。
 めんどくさい。
 関と女は床に土下座した。

 俺は元稲城会の幹部に連絡し、至急身柄を引き取りに来させた。
 事情を説明すると、10分で来ると言った。
 待っている間、大森が俺にコーヒーを淹れに行った。

 「ところでよ。お前バイクで事故ったんだってな」

 ヒマなので関に聞いた。

 「はい。首都高を走ってたら白いランクルにぶつけられまして」
 「!」




 元稲城会幹部が来た。

 「石神さん! 取り敢えず今日はこれで! 残りは後日必ず!」

 幹部の男が俺の前で土下座した。
 連れて来た二人もだ。
 2000万円の包みを俺に渡す。

 「分かった、これでいい。男の処分は任せる。まあ、大したことじゃねぇ。俺が許したんだから、あんまり無茶はするな。それと女はトバッチリだ。そのまま帰してやってくれ」
 「分かりました!」

 すぐに男たちは帰った。
 俺は部屋に戻って、一江に金を渡した。

 「入院費と治療費はこの中からお前が支払ってくれ。残りはお前のものだ」
 「部長! こんなお金は」
 「いいから入れておけ。元稲城会の奴だった。俺の不始末でもあるしな」
 「そんな、いいんですか?」

 一江が気持ち悪い顔で微笑んだ。

 「まあ、お前も頭に来るだろうけどな、これで収めろ」
 「了解ですぅー!」
 「大森と何か美味いものでも喰えよ」
 「はーい!」

 「それとな、あの若い奴は首都高で白いランクルにやられたんだと」
 「え! それって!」
 「あいつ、まだ無茶してんだなぁ」
 「はぁ」

 三人で押し黙った。



 俺は帰って栞を呼んで説教した。
 栞の「人喰いランクル」の犠牲で、危うく若いくだらない男が命を落とす所だった。
 どうでもいいが。

 どうも、俺の周りには危ない連中が多い。
 その夜、飲み会に双子を呼んだ。


 「週末に、一緒にキャンプに行くか」
 「「うん!」」

 双子が喜んだ。

 「タカさん、ほんとに!」
 「嬉しいよー!」
 「おい、普通のキャンプだぞ。俺が教えてやる」
 「「うん!」」
 「お前ら勝手に「キャンプ」の概念を書き換えやがったからなぁ。お前らの遊びはそれでいいが、俺が人間のキャンプの楽しさを教えてやるよ」
 「「はーい!」」

 亜紀ちゃんと柳も行きたがったが、俺がまた今度と断った。
 二人が肉のやけ食いをした。


 俺は翌日にキャンプの道具を買った。
 俺も楽しみだった。
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