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西条雪野
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双子が地獄キャンプをやっていた連休の土曜日。
俺は夕飯に、いつもの新宿の焼き肉屋に子どもたちを連れて行った。
俺が酒を飲みたいので、タクシーで行く。
「ルーとハーは肉をたんまり喰うんだろうからな!」
「「「はい!」」」
「まあ、お前らはいつもそうだけどな!」
「「「アハハハハハ!」」」
「でもタカさん、あそこは美味しいですよね」
「ああ、そうだよなぁ。あれは家じゃとても味わえない」
「何でですかね?」
「タレの美味さはもちろんあるけどなぁ。要は「焼肉」用に全部整っているということかな」
「え、どういうことですか?」
亜紀ちゃんが聞いて来る。
「肉の種類やカットの厚さや熟成の度合い、火加減や網やコンロの温度、ご飯の米や炊き具合まで、全部焼肉用になっている、ということだな」
「へぇー」
「美味い店というのは、そういうものだよ」
「石神さん、中国では「風水」というのも重要視してますよね?」
柳が聞いて来た。
「ああ、陰陽五行の応用だよな。でも、あれは多分に詐欺だけどな」
「そうなんですか?」
「もちろん、陰陽五行はちゃんとしたものだよ。西洋科学とは別な科学体系だけどな」
「へぇー!」
「人間が到達できない領域まで、積み上げて行った壮大な科学だ」
「西洋と東洋の違いって何なんですかね?」
「それは一口には言えないけど、西洋科学というのは物質からの探求なんだよ。錬金術なんかもそうじゃない。物質を組み合わせて解明しようとする、というな。だから西洋医学の薬品というのは、全部物質の組み合わせだ。どの物質、その組み合わせがどのような効能を生むのかというな」
「漢方薬も物質の組み合わせですよね?」
「それは西洋科学的に見れば、ということだ。東洋医学の漢方では、エネルギーと言うか、「流れ」を見ているんだよ。だから全部病気は「滞り」なのな。漢方はその「滞り」を解消するためにある。だから同じ「胃炎」の患者でも、まったく違う漢方薬が処方されるんだ」
「そうなんですか」
「東洋医学の「五臓六腑」というのは、西洋医学のものとはまったく違うんだ。例えば六腑のうちの「三焦」という臓器は、西洋医学ではないのな」
「えぇ!」
「「流れ」を考えてのことだからなんだよ。つまり、物質としての臓器ではなく、「機能」としての臓器で考えている、ということ。だから東洋医学の医者、漢方医というのは、病気を診ているんじゃなくて、人間を診ている」
「えー、分かりません」
「その人間にどういう滞りがあるかを診る、ということだ。西洋医学は対症療法なのな。病気や症状に対して対応するというな。でも東洋医学は流れを診るから。だから鍼灸なんかでも、心臓が弱っていると、足の指先に刺したりな。病気を治すと言うよりも、滞りを解消する目的なわけだ」
「うーん、ちょっと勉強します」
「今の考え方とは違う。でも、そういうものがちゃんとあるんだ。今の西洋医学には追いやられているけど、俺は重要な学問だと考えている」
「分かりましたー!」
俺たちはガード下近くの焼き肉屋に入る。
予約してあるので、すぐに個室へ通された。
「石神さん! 今日も沢山食べて下さいね!」
俺たちは顔なじみだ。
店長に愛想よく言われた。
「言われるまでもねぇ! 止めると俺が焼いて喰われるからな!」
「アハハハハ!」
個室では、早乙女と西条さんがもう来ていた。
早乙女はどうせ何も誘ってはいないだろうと思って、二人で出掛ける口実を作ってやった。
「石神!」
早乙女が立ち上がり、西条さんも立った。
「ああ、遅くなった。西条さんも座って下さい」
「はい、今日は御呼びいただきまして」
「いや、どうせ早乙女はどこにもお誘いしてないでしょう?」
「はい」
西条さんは微笑んで言った。
「紹介します。サメ子、サメ男、それに友人の娘のウン子です」
西条さんが笑った。
子どもたちが自分で自己紹介する。
「石神さん! ひどいですよ!」
「ああ、柳は若いですが、俺の最愛の女の一人です」
「え!」
「そうなんですか。お綺麗な方ですよね。お嬢さんも息子さんも」
「いえいえ」
「石神さーん!」
「うるせぇな。さっさと座れ」
柳が嬉しそうな顔で座った。
「あと二人双子の娘がいるんですけどね。今日はキャンプに出掛けてて。いずれご紹介することもあるかもしれません」
「そうなんですか」
俺はいつものように注文し、待っている間に子どもたちのことを話した。
「まあ、親友の方のお子さんを」
「ちょっとした勘違いで引き受けてしまって。まあ、大変ですよ」
「「アハハハハ!」」
亜紀ちゃんと皇紀が笑った。
「おい、お前ら。早乙女のはいいけど、西条さんの肉を喰ったらお前らを焼くからな!」
「「はーい」」
俺と早乙女、西城さんが一つの卓を。
亜紀ちゃんと皇紀、柳がもう一つの卓で座っている。
山盛りの肉の皿が来て、みんなで焼き始めた。
「まあ、何が大変かって、見てて下さい」
「はい?」
2キロずつ積んだ皿が、見る見る無くなって行く。
その間に、三人で掴み合い、殴り合い、蹴りが飛んでいる。
西条さんは最初は驚いていたが、誰も怪我をしないので大笑いしていた。
「早乙女、西条さんを誘えって言っただろう!」
「ああ、すまない」
「でも石神さん。毎日お電話下さるんですよ?」
「ああ、それは石神に言われているので」
「え?」
「お前なー」
西条さんが声を上げて笑った。
「そうだったんですか! 道理で」
「道理でって?」
「毎日下さるんですけど。「お元気ですか」って。「はい」とお応えすると、「それは良かった」って。それで電話を切られるんです」
俺は早乙女の頭をはたいた。
「いや、でも最近はもう少し話すんだ」
「どうせ西条さんが話してくれるんだろう!」
「そうだけど」
もう一度はたいた。
西条さんがまた笑っている。
「こいつは本当に仕事だけだった男で。いい奴なんですが、他人に騙されやすいんで、気を付けてやって下さい」
「石神、俺は別に騙されたりしないぞ」
「あ、ああ。そうだったな」
麗星のことを話すわけにはいかん。
可愛そう過ぎる。
子どもたちの肉が切れた。
注文はしているが、量が量だけに、少し時間がかかる。
亜紀ちゃんと皇紀が俺たちのテーブルへ来た。
「これ、持ってく?」
西条さんが皿を持とうとし、俺が二人を威圧した。
「「チッ!」」
二人が戻ってテールスープを飲み始めた。
西条さんが、俺の威圧に脅えていた。
雰囲気を変えるために、話題を振った。
「早乙女は自分のことは話さないでしょう?」
「そうでもないですよ。面白いお話もよく聞いてます」
「え! こいつにそんなスキルが!」
西条さんが笑った。
「はい。石神さんとゲイバーに行ったお話とか、翌日は二日酔いでフルーツをいただいたとか」
「俺の話ばっかじゃねぇか!」
「あとお前の別荘に行ったこととか」
「それも俺の話だぁ!」
西条さんが大笑いした。
子どもたちの肉が届いた。
松坂牛ばかりだった。
「おい、お前ら! 今日は記録更新しろよ!」
「「「はい!」」」
「記録ってなんですか?」
「あ、ああ何でもありません。西条さんもどんどん食べて下さいね」
「はい! ここの焼肉は本当に美味しいですね」
「そうですか」
俺たちは焼酎を頼んだ。
俺と早乙女はロックで飲み、西条さんは炭酸で割った。
酒は強いようだ。
「早乙女、お前西条さんを幸せにしろよな」
「うん」
「だからな。俺たちの付き合いはここまでだ。お前には十分に良くしてもらった。これからは二人で幸せに暮らして欲しい」
俺がそう言うと、早乙女が立ち上がり、大粒の涙を零した。
「おい!」
西条さんは驚いて見ている。
「西条さん。申し訳ない。あなたと結婚することは出来ません」
「バカ! 何言ってんだ!」
西条さんは黙って早乙女を見ていた。
「俺は石神を手伝いたい。それが俺の生きる意味なんです。本当に申し訳ない」
「やめろ! 悪かった! 俺がこんな場所で話すことじゃなかった!」
俺は後で説得しようと思った。
「早乙女さん。私、お二人のことは少し聞いているんです」
西条さんが言った。
「早乙女さんがお父様とお姉さまのために、石神さんと一緒に戦ったこと。石神さんが尋常ではない敵と戦っていること。伯父に話されています。伯父は早乙女さんのことが大好きで、出来れば私に支えて欲しいのだと言っていました」
「西条さん、それは!」
俺は驚いた。
早乙女も立ったまま西条さんを見ている。
俺は座るように言った。
西条さんは詳細は別にして、綺羅々との戦闘や俺が銃火器を持った連中に何度も襲われていると聞いていると言った。
俺の敵が世界的なテロリストなのだという認識だった。
「私は、少し普通の女性とは違う見方をしているんです。今は自分のことを考える人が多いですけど、私はそれは違うんじゃないかと。自分のことを考えれば豊かになるのかもしれません。でも、私はもっと大事なことがあると思っています。早乙女さんは、その大事なものが中心にある。そう思いました」
「こいつはバカですからね」
「はい!」
西条さんは微笑んだ。
「早乙女さんが、石神さんのために動くのも、日本を守るためなのだと。私には想像も出来ない世界ですが、それを知った上で、私は早乙女さんの妻になりたいと思っています」
早乙女は目を見開いて西条さんを見ていた。
「西条さん、あなたも危険に巻き込まれるかもしれないんですよ?」
「でも、早乙女さんも石神さんも、私を守って下さるんでしょう?」
「それはもちろん。しかし、先日俺の大事な女性が殺されました。守りたいとは思っても、そうもできないこともあります」
胸が痛んだ。
「分かっています。でも、それは私の運命です。早乙女さんに添い遂げたいと思うだけです」
俺はその言葉を聞いて、胸の痛みが和らいだ。
笑顔でそう言った西条さんの顔が、レイに重なった。
俺は西条さんの手を握り、感謝した。
「おい、石神」
「ああ」
「その手を離してくれ」
「あ?」
「俺もまだ触れたことがない」
「!」
俺は慌てて離し、西条さんが笑って早乙女の手を握った。
俺もその後で握った。
「ほら、返すからな!」
「うん」
早乙女が微笑んだ。
いい笑顔だった。
支払いはもちろん俺だ。
560万円を払った。
ちょっと顔が引き攣った。
「記録更新だな!」
「「「やったー!」」」
子どもたちがいい笑顔で喜んだ。
俺も笑った。
俺は夕飯に、いつもの新宿の焼き肉屋に子どもたちを連れて行った。
俺が酒を飲みたいので、タクシーで行く。
「ルーとハーは肉をたんまり喰うんだろうからな!」
「「「はい!」」」
「まあ、お前らはいつもそうだけどな!」
「「「アハハハハハ!」」」
「でもタカさん、あそこは美味しいですよね」
「ああ、そうだよなぁ。あれは家じゃとても味わえない」
「何でですかね?」
「タレの美味さはもちろんあるけどなぁ。要は「焼肉」用に全部整っているということかな」
「え、どういうことですか?」
亜紀ちゃんが聞いて来る。
「肉の種類やカットの厚さや熟成の度合い、火加減や網やコンロの温度、ご飯の米や炊き具合まで、全部焼肉用になっている、ということだな」
「へぇー」
「美味い店というのは、そういうものだよ」
「石神さん、中国では「風水」というのも重要視してますよね?」
柳が聞いて来た。
「ああ、陰陽五行の応用だよな。でも、あれは多分に詐欺だけどな」
「そうなんですか?」
「もちろん、陰陽五行はちゃんとしたものだよ。西洋科学とは別な科学体系だけどな」
「へぇー!」
「人間が到達できない領域まで、積み上げて行った壮大な科学だ」
「西洋と東洋の違いって何なんですかね?」
「それは一口には言えないけど、西洋科学というのは物質からの探求なんだよ。錬金術なんかもそうじゃない。物質を組み合わせて解明しようとする、というな。だから西洋医学の薬品というのは、全部物質の組み合わせだ。どの物質、その組み合わせがどのような効能を生むのかというな」
「漢方薬も物質の組み合わせですよね?」
「それは西洋科学的に見れば、ということだ。東洋医学の漢方では、エネルギーと言うか、「流れ」を見ているんだよ。だから全部病気は「滞り」なのな。漢方はその「滞り」を解消するためにある。だから同じ「胃炎」の患者でも、まったく違う漢方薬が処方されるんだ」
「そうなんですか」
「東洋医学の「五臓六腑」というのは、西洋医学のものとはまったく違うんだ。例えば六腑のうちの「三焦」という臓器は、西洋医学ではないのな」
「えぇ!」
「「流れ」を考えてのことだからなんだよ。つまり、物質としての臓器ではなく、「機能」としての臓器で考えている、ということ。だから東洋医学の医者、漢方医というのは、病気を診ているんじゃなくて、人間を診ている」
「えー、分かりません」
「その人間にどういう滞りがあるかを診る、ということだ。西洋医学は対症療法なのな。病気や症状に対して対応するというな。でも東洋医学は流れを診るから。だから鍼灸なんかでも、心臓が弱っていると、足の指先に刺したりな。病気を治すと言うよりも、滞りを解消する目的なわけだ」
「うーん、ちょっと勉強します」
「今の考え方とは違う。でも、そういうものがちゃんとあるんだ。今の西洋医学には追いやられているけど、俺は重要な学問だと考えている」
「分かりましたー!」
俺たちはガード下近くの焼き肉屋に入る。
予約してあるので、すぐに個室へ通された。
「石神さん! 今日も沢山食べて下さいね!」
俺たちは顔なじみだ。
店長に愛想よく言われた。
「言われるまでもねぇ! 止めると俺が焼いて喰われるからな!」
「アハハハハ!」
個室では、早乙女と西条さんがもう来ていた。
早乙女はどうせ何も誘ってはいないだろうと思って、二人で出掛ける口実を作ってやった。
「石神!」
早乙女が立ち上がり、西条さんも立った。
「ああ、遅くなった。西条さんも座って下さい」
「はい、今日は御呼びいただきまして」
「いや、どうせ早乙女はどこにもお誘いしてないでしょう?」
「はい」
西条さんは微笑んで言った。
「紹介します。サメ子、サメ男、それに友人の娘のウン子です」
西条さんが笑った。
子どもたちが自分で自己紹介する。
「石神さん! ひどいですよ!」
「ああ、柳は若いですが、俺の最愛の女の一人です」
「え!」
「そうなんですか。お綺麗な方ですよね。お嬢さんも息子さんも」
「いえいえ」
「石神さーん!」
「うるせぇな。さっさと座れ」
柳が嬉しそうな顔で座った。
「あと二人双子の娘がいるんですけどね。今日はキャンプに出掛けてて。いずれご紹介することもあるかもしれません」
「そうなんですか」
俺はいつものように注文し、待っている間に子どもたちのことを話した。
「まあ、親友の方のお子さんを」
「ちょっとした勘違いで引き受けてしまって。まあ、大変ですよ」
「「アハハハハ!」」
亜紀ちゃんと皇紀が笑った。
「おい、お前ら。早乙女のはいいけど、西条さんの肉を喰ったらお前らを焼くからな!」
「「はーい」」
俺と早乙女、西城さんが一つの卓を。
亜紀ちゃんと皇紀、柳がもう一つの卓で座っている。
山盛りの肉の皿が来て、みんなで焼き始めた。
「まあ、何が大変かって、見てて下さい」
「はい?」
2キロずつ積んだ皿が、見る見る無くなって行く。
その間に、三人で掴み合い、殴り合い、蹴りが飛んでいる。
西条さんは最初は驚いていたが、誰も怪我をしないので大笑いしていた。
「早乙女、西条さんを誘えって言っただろう!」
「ああ、すまない」
「でも石神さん。毎日お電話下さるんですよ?」
「ああ、それは石神に言われているので」
「え?」
「お前なー」
西条さんが声を上げて笑った。
「そうだったんですか! 道理で」
「道理でって?」
「毎日下さるんですけど。「お元気ですか」って。「はい」とお応えすると、「それは良かった」って。それで電話を切られるんです」
俺は早乙女の頭をはたいた。
「いや、でも最近はもう少し話すんだ」
「どうせ西条さんが話してくれるんだろう!」
「そうだけど」
もう一度はたいた。
西条さんがまた笑っている。
「こいつは本当に仕事だけだった男で。いい奴なんですが、他人に騙されやすいんで、気を付けてやって下さい」
「石神、俺は別に騙されたりしないぞ」
「あ、ああ。そうだったな」
麗星のことを話すわけにはいかん。
可愛そう過ぎる。
子どもたちの肉が切れた。
注文はしているが、量が量だけに、少し時間がかかる。
亜紀ちゃんと皇紀が俺たちのテーブルへ来た。
「これ、持ってく?」
西条さんが皿を持とうとし、俺が二人を威圧した。
「「チッ!」」
二人が戻ってテールスープを飲み始めた。
西条さんが、俺の威圧に脅えていた。
雰囲気を変えるために、話題を振った。
「早乙女は自分のことは話さないでしょう?」
「そうでもないですよ。面白いお話もよく聞いてます」
「え! こいつにそんなスキルが!」
西条さんが笑った。
「はい。石神さんとゲイバーに行ったお話とか、翌日は二日酔いでフルーツをいただいたとか」
「俺の話ばっかじゃねぇか!」
「あとお前の別荘に行ったこととか」
「それも俺の話だぁ!」
西条さんが大笑いした。
子どもたちの肉が届いた。
松坂牛ばかりだった。
「おい、お前ら! 今日は記録更新しろよ!」
「「「はい!」」」
「記録ってなんですか?」
「あ、ああ何でもありません。西条さんもどんどん食べて下さいね」
「はい! ここの焼肉は本当に美味しいですね」
「そうですか」
俺たちは焼酎を頼んだ。
俺と早乙女はロックで飲み、西条さんは炭酸で割った。
酒は強いようだ。
「早乙女、お前西条さんを幸せにしろよな」
「うん」
「だからな。俺たちの付き合いはここまでだ。お前には十分に良くしてもらった。これからは二人で幸せに暮らして欲しい」
俺がそう言うと、早乙女が立ち上がり、大粒の涙を零した。
「おい!」
西条さんは驚いて見ている。
「西条さん。申し訳ない。あなたと結婚することは出来ません」
「バカ! 何言ってんだ!」
西条さんは黙って早乙女を見ていた。
「俺は石神を手伝いたい。それが俺の生きる意味なんです。本当に申し訳ない」
「やめろ! 悪かった! 俺がこんな場所で話すことじゃなかった!」
俺は後で説得しようと思った。
「早乙女さん。私、お二人のことは少し聞いているんです」
西条さんが言った。
「早乙女さんがお父様とお姉さまのために、石神さんと一緒に戦ったこと。石神さんが尋常ではない敵と戦っていること。伯父に話されています。伯父は早乙女さんのことが大好きで、出来れば私に支えて欲しいのだと言っていました」
「西条さん、それは!」
俺は驚いた。
早乙女も立ったまま西条さんを見ている。
俺は座るように言った。
西条さんは詳細は別にして、綺羅々との戦闘や俺が銃火器を持った連中に何度も襲われていると聞いていると言った。
俺の敵が世界的なテロリストなのだという認識だった。
「私は、少し普通の女性とは違う見方をしているんです。今は自分のことを考える人が多いですけど、私はそれは違うんじゃないかと。自分のことを考えれば豊かになるのかもしれません。でも、私はもっと大事なことがあると思っています。早乙女さんは、その大事なものが中心にある。そう思いました」
「こいつはバカですからね」
「はい!」
西条さんは微笑んだ。
「早乙女さんが、石神さんのために動くのも、日本を守るためなのだと。私には想像も出来ない世界ですが、それを知った上で、私は早乙女さんの妻になりたいと思っています」
早乙女は目を見開いて西条さんを見ていた。
「西条さん、あなたも危険に巻き込まれるかもしれないんですよ?」
「でも、早乙女さんも石神さんも、私を守って下さるんでしょう?」
「それはもちろん。しかし、先日俺の大事な女性が殺されました。守りたいとは思っても、そうもできないこともあります」
胸が痛んだ。
「分かっています。でも、それは私の運命です。早乙女さんに添い遂げたいと思うだけです」
俺はその言葉を聞いて、胸の痛みが和らいだ。
笑顔でそう言った西条さんの顔が、レイに重なった。
俺は西条さんの手を握り、感謝した。
「おい、石神」
「ああ」
「その手を離してくれ」
「あ?」
「俺もまだ触れたことがない」
「!」
俺は慌てて離し、西条さんが笑って早乙女の手を握った。
俺もその後で握った。
「ほら、返すからな!」
「うん」
早乙女が微笑んだ。
いい笑顔だった。
支払いはもちろん俺だ。
560万円を払った。
ちょっと顔が引き攣った。
「記録更新だな!」
「「「やったー!」」」
子どもたちがいい笑顔で喜んだ。
俺も笑った。
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