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最後の笑顔

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 葬儀の後、オリヴィアさんが僕と話してくれた。

 「あなたが、タイガーの子どもなのね」
 「はい。父がタカさんの親友で、両親が亡くなった時にタカさんが引き取ってくれたんです」
 「聞いているわ。タイガーは元気?」
 「はい! 何度か死にそうになりましたけど!」
 「え!」
 「アハハハハ! 大丈夫ですよ。タカさんは本当に強い人ですから」
 「そうだけど」

 静江さんがオリヴィアさんをお宅に誘ってくれた。
 レイさんが一番親しくしていた方だということで、屋敷で一緒に話した。
 三人とも日本語ができるので助かった。

 「タカさんからオリヴィアさんのお話を少し聞きました。今でもオリヴィアさんから頂いた本は大事にしているんですよ」
 「うん、嬉しいわ」
 「はい。タカさんの書庫には10万冊以上の本があるんです」
 「すごいわね。あの時は図書館とか私たちから借りていたけど」
 「今は凄いお金持ちですからね。それで、僕たちは自由に本を持ち出せるんです」
 「そうなの。いいわね」
 「はい。でも、オリヴィアさんの本はダメなんですよ。タカさんの思い出の本は、誰も勝手に持ち出せないんです」

 オリヴィアさんは嬉しそうに笑った。

 「タカさんがよく、その本の前で立ってるんです。最初は理由は知りませんでしたけど」
 「嬉しいわ」

 「今では、病院でも一番の外科医です」
 「うん。響子さんの手術のことは、こちらでも有名ね」

 僕は他にも、バレンタインデーでのタカさんの苦労や、ルーとハーの悪戯でフェラーリを壊した話などをした。
 いつも僕たちのために美味しいものを作ってくれたり、勉強を教えてくれみんな成績がトップなのだという話もした。
 オリヴィアさんも静江さんも声を上げて笑ってくれた。

 「こないだ電話で話して、懐かしかった」
 「レイさんとのご縁ですよね。僕たちも驚きました」
 「ええ」

 オリヴィアさんは遠い目をされた。

 「是非、日本へもいらして下さい。タカさんもきっとお会いしたいと思います」
 「そうね。心の整理がついたら、是非伺いたいわ」

 心の整理とは、レイさんのことだろう。
 レイさんもオリヴィアさんも、タカさんのことが好きだった。
 二人とも、その心を知っていた。

 「レイのお母さんはとても明るい人だったの。私に日本の素晴らしさをいつも教えてくれて。「結婚するなら、是非日本男児にしなさい!」ってね。自分はアメリカ人と結婚したくせにねぇ」
 「アハハハハハ!」

 「「日本男児」っていつも言うの。いつもは不機嫌そうな顔をしてるんだけど、心は優しくて。それでちょっとおバカなんだって」
 「えぇ!」
 「聞いているうちにね。私もどうしても日本に行きたくなって。それでタイガーの学校で働くようになったのね。そしてタイガーと出会った。まさしく「日本男児」だったわ。優しくて楽しくて、ちょっとおバカなね」
 「アハハハハハ!」
 「最初の挨拶で、結婚して欲しいって言ったの」
 「知ってます! それでオチンチンを出したんですよね」
 「そうなのよ!」

 静江さんが大笑いした。

 「いつも私を見てたの。最初はちょっと気持ち悪かった」
 「アハハハハ」

 「でもね。すぐに真面目で優しい子なんだって分かった。何よりも純粋でね」
 「そうですね。今でもそうですよ」
 「あんな人はもういなかった。レイも同じだったと思うわ」
 「そうですか」
 「目が綺麗だったわ。子どもみたいに明るくて綺麗なの」
 「はい」
 「あの目を見ていると、もう何もかもがどうでも良くなった。この世で一番美しい宝石……」
 
 オリヴィアさんは今日中に帰らなければならないと言った。
 また日本でお会いする約束をした。




 僕は数日、アメリカ政府の人間や軍部の人間と話をした。
 多くの場合、僕は衝立を挟んで話をした。
 ロックハート家の人が通訳を準備してくれていたので、僕は普通に話すことが出来た。

 ターナー少将とジェイさんも来た。
 二人とは、衝立もなく直接話した。
 レイさんとの思い出の話もした。

 「俺たちはタイガーの下で戦うことにした」

 聞いている。

 「当分はアメリカの軍の建前でいるけどな。でも一部はすぐにタイガーと一緒にいるようになる」
 「でも、どこに?」
 「ミドウ・ファミリーの警護だ。タイガーとそういう話はついている」
 「ああ! 御堂さんのお宅ですか!」
 「タイガーが特に気にしているようだ。自分の親友というだけで、災いに巻き込んでしまったのだと」
 「そうですか」

 「既に防衛設備があるそうだけどな。でも人員があった方がいい。タイガーが信頼できる人間には、防衛設備の詳細や、新たな武装について任せてくれると言っていた」
 「はい」
 「君が作っているんだって?」
 「ええ、タカさんのアイデアがほとんどですけどね」
 
 「俺は15歳で戦場に立った。ジェイもそうだな」
 「はい、閣下」
 「君も若いが、もう戦場に立てる。いや、既に立っているんだな」

 そう言って握手を求められた。

 「近いうちに、日本でタイガーと会う。君も是非同席してくれ」
 「分かりました」

 ロックハート家の方々が調整してくれ、僕は休みながら会見をこなしていくことが出来た。
 


 最後の夜。
 静江さんがお酒に誘ってくれた。
 僕がパーティなどが苦手なのを分かってくれている。
 
 「アルも一緒にいたがったけど、どうしても忙しくてごめんなさい」
 「いいえ! 本当に良くしていただいて。お陰様でなんとか終わることができました」
 「ご立派でした。ずっと拝見していましたが、流石は石神さんのお子さんだと」
 「とんでもありません。僕なんかが何とかなったのは、ロックハート家の方々のお陰です。ああ、ロドリゲスさんのお料理も大変美味しかったですし」

 おつまみを持って来てくれたロドリゲスさんにもお礼を言った。
 ニコニコして、僕を抱き締めてくれた。

 「いつでもお出で下さい。最高の料理をご用意します」

 そう言って出て行った。

 静江さんとレイさんの話をした。
 静江さんは、小さな頃からのレイさんを知っており、いろいろな話を聞いた。
 僕はまたレイさんの頑張りや、それとタカさんと楽しそうにしていた話をした。

 「レイさんが車をタカさんに選んで欲しいって頼んだんです」
 「そうなんですか」
 「そうしたらですね。シボレー・コルベットのスゴイ改造車にして。ボンネットに大きなスーパーチャージャーがあるんですよ。ボディは虎の顔があって、全体が虎縞なんです」
 「アーハハハハハハハ!」

 「みんな呆然と見てて。ああ、屋根にはうちで飼ってるネコのロボが乗ってるんです! 秘密ですけど、「虚震花」が撃てるんですよ!」
 「まあ! アハハハハハ!」
 「レイさんがびっくりして。これは乗れないって言ったらタカさんが怒っちゃって」

 静江さんが身体を曲げて大笑いした。

 「結局、レイさんはちゃんとした車を買ったんですけどね。でもタカさんがちゃっかりコルベットを自分のにして。大使館ナンバーのままなんです。最初から、それが狙いだったんですよ。スピード違反で捕まらないから」

 静江さんが、もうやめてくださいと言った。

 しばらく楽しい話をした。
 随分と長く話した。
 

 「皇紀さん」
 「はい」
 「レイがね、言っていたの」
 「はい」
 「石神さんから電話を貰ったって。それはもう嬉しそうにね」
 「はい」

 覚えている。
 みんなで夜に集まって、タカさんが電話をしていた。

 「石神さんが言ってたのだと。日本に帰ったら話があるんだって言ってたって」
 「はい」

 「レイがね。もう浮かれちゃって、本当に楽しみだって。そう言ってたのよ。あれが最後に見たレイの笑顔だった」

 静江さんが悲しそうに言った。


 「栞さんが妊娠したんです」
 「え!」
 「多分、タカさんは付き合っている女性に、子どもを生んで欲しいと思ってるんですよ」
 「それは……」

 「僕たちの前なんで口には出しませんでしたが。レイさんに、子どもを生んで欲しいって言おうとしてたんだと思います」
 「……」

 静江さんは立ち上がって僕を抱き締めた。
 身体が震えていた。

 「ごめんなさい、今日はもう……」

 そう言って出て行かれた。









 僕はこれを言うために来たのかもしれない。
 タカさんならば、伝えられなかっただろう。
 
 僕は、そう思った。
 レイさんもここで食事をしていたのだろう。
 また涙が流れた。

 レイさん。
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