上 下
925 / 2,840

恋のために

しおりを挟む
 9月最初の水曜日の朝。
 皇紀が帰って来た。
 俺は病院で電話を受けた。

 「タカさん。帰りました」
 「ご苦労だったな。まずはゆっくり休め」
 「はい」
 「悪かったな。お前に全部押し付けてしまった」
 「いいえ、とんでもありません」
 「夜にでも話を聞かせてくれ。ああ、眠っていたら起こさないからな。遠慮しないで寝てくれな」
 「はい」

 俺は電話を切った。
 声は元気そうだったが、やはりいろいろと考えているようだ。
 亜紀ちゃんたちにも、ゆっくり休ませるように言っている。
 大変な役目を果たしてくれた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 タカさんに送られて、羽田からロックハートの自家用機に乗った。
 アビゲイルさんが一緒だった。

 「コウキくん。大丈夫かね?」
 「はい。まだ信じられない思いです」
 「そうだね。僕も同じだ」

 アビゲイルさんから、レイさんの話を聞いた。
 タカさんから聞いたことの他に、幾つか知らないことも伺った。
 レイさんとは、何も個人的な話をしてなかったことを思い知った。
 いつも防衛システムの話ばかりで、あとはレイさんの勉強のこと。
 レイさんが何が好きなのかすら、何も知らなかった。
 そういうことは、全部タカさんからしか聞いていなかった。

 「レイが大学を卒業する時、我々はロックハートの仕事をさせたかったんだ。でもレイは外で働くと言った」
 「どうしてなんでしょうか」
 「口にはしなかったけどね。外でいろいろな技術を学んで、それをロックハートのために生かしたかったんだよ」
 「そうなんですね」
 「結果的にはあまり上手くは行かなかった。まあ、レイが優秀過ぎたんだね。それで男性の嫉妬を買って」
 「そのお話は聞いています。ミスを押し付けられたと」
 「そうだ。僕たちはレイの潔白を証明しようとした。でも、レイがもう愛想を尽かせていた。レイは僕たちに謝ったんだ。折角ロックハートのために何かを掴みたかったけど、何も出来なかったって」
 「そうですか」
 「その言葉でね。僕たちはレイがロックハートのために何かをしたかったんだと分かった。シズエがレイに、気にせずにうちで働いて欲しいと言った。レイは泣いていたな」
 「……」

 アビゲイルさんは、優しく僕を見ていた。

 「君たちの家でも、レイは頑張っていただろう?」
 「はい! あんまり頑張るんで、タカさんに怒られてました」
 「アハハハハ! 聞いたよ。ドライブに連れてってもらって、本当に嬉しかったんだと。思いを打ち明けたかったらしいけど、タカトラに説教されて。でも、それがまた嬉しかったようだ。忙しいのに、ちゃんと自分を見て、自分を心配してくれる。それが嬉しかったと言っていた」
 「そうですか。タカさんはそういう人ですからね」
 「そうだな。レイはタカトラのために頑張りたかった。それに、コウキくんやルーとハー。君たちが如何に素晴らしい技術と発想を持っているのか、いつも僕に嬉しそうに話していた。イシガミ・ファミリーは素晴らしいんだと。君たちのために、絶対にやり遂げると言っていた」
 「はい」

 「レイはいつでもそうだった。ロックハートで「セブンスター」を建造するのに、何度も倒れた」
 「アハハハ、レイさんですね、確かに」
 「シズエがいつも心配していた。一度はプロジェクトから外すことも考えた。でも、必死になっているレイを見て、それは出来なかったよ」
 「分かります」
 「でもね、自慢の「セブンスター」が、タカトラに「バカみたい」と言われた。相当ショックだったようだ」
 「アハハハハハ!」
 
 二人で笑った。

 「でも、アビゲイルさん。あの船だったから、何とかなったんです」
 「そうかな」
 「はい。それに、レイさんが命を懸けて守ってくれたお陰です」
 「ああ。レイが誇らしげに言っていたな。タカトラに「戦うことを諦めるな」と言われた。その通りに諦めなかったんだと」
 「その通りです」
 「あれがレイの恋だったんだな」
 「え?」
 「タカトラのために命懸けでやることだ。レイは自分がタカトラに受け入れられなくてもいいと思っていた。レイがタカトラのために何でもしたかった。それがレイの唯一の……」

 明るく話そうとしていたアビゲイルさんの言葉が詰まった。
 ハンカチを出し、目頭を押さえた。

 「はい! レイさんは最高でした!」

 僕はそう叫ぶしかなかった。
 食事を挟み、アビゲイルさんは少し眠られた。
 しばらくして起きて、また僕とレイさんの話をしたがった。
 僕もレイさんとの思い出を何でも話した。
 僕たちはずっと話し続けた。




 JFK空港から、ロックハート家までリムジンで移動した。
 ロックハート家では、アルジャーノンさんと静江さんが玄関で出迎えてくれた。
 二人に抱き締められた。

 僕は食堂に案内され、食事をいただいた。
 ロドリゲスさんが自ら食事を運んでくれた。
 僕の顔を見て、ロドリゲスさんが涙を零した。

 「すいません。みなさんこそ悲しいのに」
 「ロドリゲスさん。レイさんが言ってました。ロドリゲスさんと仲良くなったんだって。それが嬉しいって」

 静江さんが通訳してくれた。

 「そうですか! レイがそう言ってましたか!」

 ロドリゲスさんは顔を押さえながら部屋を出て行った。
 静江さんに勧められて、食事をいただいた。
 とても美味しかった。
 心を込めて作ってくれたのが分かった。

 食後に、アルジャーノンさん、静江さん、アビゲイルさんと四人で話した。

 「コウキくん。早速で悪いんだが、君の立場を説明しておくよ」

 アルジャーノンさんがそう言い、僕に話してくれた。

 僕はタカさんの名代となっていて、それは今回のアメリカとの敵対関係を終わらせる役目があること。
 そのために、大統領を筆頭に、政府や軍の高官たちとも話し合う必要があること。
 タカさんとロックハート家が話し合っているので、万事任せて欲しいということ。
 タカさんから、特別に聞いていることがあれば、その通りにすること。
 レイさんの葬儀は国葬に準ずるものとなること、これは政府が国家機関による一般市民の殺害と認め、その中でレイさんが勇敢に戦い国難を退けたということになっているためらしい。
 国家機関の一部を操りアメリカを滅ぼす陰謀を、犠牲になりながらも未然に防いだというものだ。
 そのために、タカさんたちが協力し、国家的危機を救った。

 事実とは異なるが、それで事態が収まることは僕にも理解できた。

 「君はだから、救国の英雄の一人として表では扱われる」
 「え、なんですって!」
 「大丈夫だ。我々が万事上手く運ぶ。君たちは極秘の戦力だとされているからね。マスコミが接触することはないし、コウキくんが何かをやる必要は、ほとんどない」
 「ちょっとはあるんですか!」
 「まあね。関係者以外をシャットアウトした場所で、君にちょっとだけスピーチをしてもらう。それだけだ」
 「エェー!」
 「大丈夫だ。内容はこちらで用意する。むしろ、コウキくんには「敗戦国」としての賠償や終戦条件などの目録を持って帰って欲しい。それだけだよ」
 「僕、中学生なんですけど!」
 「アハハ、知っているよ。レイも13歳で何とかした。君もガンバレ」
 「はぁ」

 そう言われては、何も言い返せない。

 「分かりました」

 僕はアルジャーノンさんに、タカさんから預かった包を渡した。
 みんなでレイさんの部屋から集めた髪だ。
 10本を持って来た。
 袱紗を開き、アルジャーノンさんと静江さんが中を見た。

 「そうだね。君はこのために来たんだね。僕は本当につまらないことを話してしまった」

 アルジャーノンさんはそう言い、袱紗を静江さんに預けた。
 静江さんはそれを胸に抱いて泣いた。

 「いいえ。僕はタカさんの名代です。何でもやりますよ」
 「そうか」




 翌朝。
 僕は大統領補佐官と面会した。
 ロックハート家の中でだ。
 子どもの僕を見て驚かれたが、アルジャーノンさんが僕のことを「天才工学者」と紹介した。
 そして「石神」の中枢にいる人間だと。
 アルジャーノンさんが通訳しながら立ち会ってくれた。

 タカさんが言った終戦の条件はすべて受け入れられたらしい。
 アラスカの割譲が難題だったようだけど、それも結果的には実現する。
 条項が書かれた、大統領のサイン入りの写しを僕は受け取った。
 タカさんに持ち帰り、問題がなければ、ということだ。

 NSAや軍部の高官が謝罪したいということを知らされた。
 僕はタカさんに言われた言葉を告げた。

 「俺たちはレイを救うために即座にアメリカへ飛んだ。お前たちはアメリカを救うためにどうするんだ?」

 大統領補佐官は直立し、必ず伝えると言って帰って行った。
 アルジャーノンさんが笑っていた。



 レイさんの葬儀には、大勢の人間が集まった。
 事前に公開された議事堂には、マスコミが伝えたレイさんの悲劇と勇敢さに感じた市民が、連日集まって花を捧げ、祈りを捧げ、泣いてくれていた。
 僕も行ったが、レイさんの明るく笑う大きな写真が掲げられ、その前に大きな棺が置かれていた。
 広い会場には、花が埋め尽くされていた。
 棺の前に、金属のプレートが掲げられていた。
 
 《この棺の中には、恋人と友人によって集められたレイチェル・コシノ氏の髪が納められています》

 それを読んだ人々が、みんな泣いていた。
 僕も泣いた。

 葬儀に集まった人々は、きっと偉い人たちなのだろう。
 僕には分からなかった。
 でも、ロックハート家の方々、ロドリゲスさんや執事長さんや、家の世話をしている方々も多くいた。
 そして海兵隊のターナー少将やジェイさんたち。
 もう一人、オリヴィアさん。
 その方々が、レイさんのために本当に泣く人々だ。

 僕はアルジャーノンさんと静江さんの隣に立った。
 アルジャーノンさんが弔辞を読んだ。
 長い弔辞の最後に言った。

 「レイは国のため、そして恋のためにその命を捧げました」

 静江さんがずっと通訳してくれていた。
 その言葉を、声を詰まらせながら僕に伝えてくれた。
 僕は声を上げて泣いた。





 「私は、恋をするために来たのです」

 僕たちと一緒に暮らすと言ったあの日。
 あの日のレイさんの、嬉しそうな顔で言ったその言葉。
 僕は絶対に忘れない。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

こずえと梢

気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。 『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。 ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。 幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。 ※レディース・・・女性の暴走族 ※この物語はフィクションです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...