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墓参り

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 8月中旬の金曜日。
 子どもたちは山中の墓参りに行った。
 俺は仕事なので、夜に行く予定だった。
 今日は山中たちの命日だ。

 土曜日に一緒に行っても良かったのだが、子どもたちだけで報告したいことや言いたいこともあるだろう。
 俺への不満は、俺の前では言えない。
 山中たちに怒られるようなことは、一杯子どもたちにしている。
 
 俺は仕事を終え、足立区の山中の墓へ行った。




 午後6時半。
 既に寺は門を閉じているが、墓所は出入り出来る。
 俺は用意した花を持って、アヴェンタドールを降りた。
 子どもたちも墓に花を供えているはずだ。
 小ぶりのものを持っている。

 子どもたちが掃除もしたはずなので、俺はそのまま墓へ向かった。
 
 俺の墓と同じ、小松石で墓石を作った。
 山中たちは、墓を用意するなんて思ってもみなかっただろう。
 俺のようないい加減で人の恨みを買ってばかりの人間とは違う。
 幸せに家族みんなで、いつまでも生きていくはずだった。
 俺も他のみんなも、特に子どもたちはそれが当たり前だと思っていたはずだ。
 
 俺は線香を焚き、般若心経を唱えた。

 「山中、奥さん。もう四年かぁ」

 墓は綺麗になっている。
 子どもたちが一生懸命に掃除し、磨いたに違いない。

 「今日来たと思うけど、子どもたちは元気だぞ。みんな明るくて思い遣りが合って、本当にいい奴らだ。お前と奥さんの血だな」

 「だけどなぁ。お前が見てるかどうかは分からんが、どうにも俺のせいでな。とんでもない面もあるんだ。申し訳ない!」

 俺は土下座した。
 そうしなければ、謝りきれない。

 「俺のせいなんだ。お前も奥さんも暴力なんて大嫌いだったけど。俺がこんなだからなぁ。あいつらもとんでもねぇことになってる」

 「喧嘩上等どこじゃねぇ。戦争上等ってな。あ! でもな、お前あんまし俺に文句言うなよな! お前らが死んじゃうのが悪いんだぞ!」

 俺は笑った。

 「いや、悪い! 俺が悪いんだった! ごめん!」

 「ちょっと前まではな。俺も悩んだりしたんだ。でもな、今ではもう受け入れた。あいつらはお前たちの子どもであり、また俺の子どもでもある。文句があるなら化けて出てくれ。大歓迎だぜ!」

 「安心してくれとは言いにくいがな。あいつらがどんなに暴力が強くなったって、あいつらの優しさは全然変わってないよ。本当に何なんだ、あの優しさは。お前ら、すごいぜ」

 「亜紀ちゃんなんてよ。しょっちゅう俺を守るだのって言ってるよ。だから親として守られないようにするんで大変だ。何しろ山を吹っ飛ばしちゃうんだからなぁ! アハハハハハ!」

 「皇紀はよ。自分と何の関係もねぇ連中が可哀そうだって泣くんだよ。ブランっていうな、不幸な連中だ。酷い奴に酷いことをされて、もう人間じゃない。その連中のために必死で何とかしようとしてる」

 「ああ、ちょっとチンコいじりを控えるように夢枕で言ってくれ。まあ、俺の息子だからしょうがねぇけどな! アハハハハハ!」

 「双子はよ。とんでもないことばっかりするんだけど、それが全部俺のためなんだからなぁ。去年も言ったけど、学校を支配して、今じゃ近隣の中学や高校まで締めてやがる。それにさ、株の運用でちょっとすごいぞ! えーと、こないだ600兆円を超えたって報告しに来た! お前、もっと小遣いやっとけばよかったなぁ! アハハハハハ!」

 「ああ、でもあの肉な! 幾ら何でも、あの肉に対する執着はなぁ。うちで喰ってる分には何の問題もねぇけど。あいつらが大人になって外で食うようになったり家族とかなぁ。亜紀ちゃんだってそのうち彼氏が出来たりさ。彼氏が「ちょっと食事でも」とか言っても、ステーキ20枚喰うなんて、一発で終わりだろう! 相撲取りだってなぁ」

 「医学的にもあり得ない。だからやっぱ霊的な問題なのかなぁ。どう思うよ、お前?」

 「双子がさ、ステーキハウスを買い取ったんだ。まあ、あいつらの資金の中ではなんでもねぇんだけどな。それがさ! 赤字経営だったのが最近持ち直したって。でも客は増えてないんだよ。あいつらがさ、自分で食った分で売り上げが上がったんだって! な! すげぇだろ!」

 「その双子がさ、去年の自由課題で奈津江の絵を描いてくれたんだ。俺、知らなくてさ。見せられて、まー、大泣きしたわ。亜紀ちゃんに抱えられちゃってさ。風呂に入れられてようやく正気になった。情けねぇよなぁ」

 「皇紀は、もう天才! 俺のために防衛システムなんか組み始めて、寝る間もねぇ。あ、ちゃんと強制的に寝かしてるから安心してな! でも本当に忙しくやってくれてるんだ。去年はアメリカまで行ってな。物凄いシステムを組んで来た。おい、米軍が本気で来ても大丈夫なんだぞ! すげぇだろ!」

 「あ、奥さん! 申し訳ない! でも皇紀は本当に優しい奴で、いろんな人に可愛がられてます! それと、大阪の綺麗な女の子とくっつけようと思ってますので、お楽しみに! アハハハハハ!」





 俺はしばらく子どもたちの話をし続けた。
 山中たちに、あいつらの元気さと優しさと優秀さを知ってもらいたかった。
 二時間もそうやって喋り続けていた。
 伝えたいことは、幾らでもあった。
 
 誰かが近づいて来た。
 俺は気にせず喋り続けた。

 「タカさんですか?」
 「はい?」

 俺は後ろを振り返った。
 住職だった。

 「あ、すいません。遅い時間だったんでご挨拶もせずに!」
 「構いません。何やら楽しそうに話されている声が聞こえたものですから」
 「すいません! もうちょっと静かに話します!」

 住職は笑われた。

 「いいのですよ。そんなに夢中で仏様に話す方も珍しい。今日は山中さんのお子さんたちも見えてましたね」
 「はい。今日が命日だったので」
 「あなたが引き取られた」
 「はい、その通りです」
 「それはそれは。仏様も安心なさっているでしょう」

 そう言って、住職は墓に手を合わせ、小さく何かを唱えた。

 「お子さんたちもね。昼間にいらしてずっと仏様に話されていたんですよ」
 「そうですか」
 「「タカさん」に本当に良くしてもらってるんだって。口々に報告されてました」
 「いや、ろくでもない親代わりでして」
 「あまりに夢中で話しているので、私も嬉しくなって。お邪魔でしたが経を唱えさせていただきました」
 「それは、ありがとうございます」
 
 優しい住職だった。

 「夕方に帰られて。もう一度経をと思いましてここへ参ったんです」
 「え、そんなことまで」
 「いいえ。そうしたらね、墓に手紙が置いてあって。雨に濡れるとと思い、私が一度引き取らせていただきました」
 「そうなんですか」

 俺も何と言うべきか迷った。

 「中は拝見しておりませんが。宜しければ時折、それを持ってここで経を挙げさせていただきたいのですが」
 「それはもう。えーと、宜しいのですか?」
 「はい。中は見ずとも、仏様が喜ぶことが書いてあるのは分かります。どうかお許しいただければ」
 「ありがとうございます。宜しくお願い致します」

 俺は礼を言って帰った。
 後日、寄進という形で何かお渡ししよう。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 山中夫妻が事故で亡くなる、二ヶ月前。
 俺は山中と久しぶりに飲んでいた。

 「石神、お前結婚しないのかよ」
 「ああ、そうだなぁ」
 「なんだよ。結婚はいいぞ! 特に子どもは最高だ!」
 
 いつもの山中の家族自慢だった。
 俺はニコニコとしていつも通り聞いていた。

 「お前のために、俺が何とかしてやれたらなぁ」
 「俺のことはいいよ。お前の家族の話を聞かせてくれよ」

 「いや、やっぱりお前も結婚しろよ。でもなぁ、お前、どんなに綺麗な人でも相手にしないもんなぁ」
 「まあ、結婚とか自分の子どもとか興味がねぇからな」
 「なんでだよ。別にお前、子どもが嫌いなわけじゃないだろ? 小児科の子どものことだって、あんなに可愛がってるじゃないか」
 「子どもはカワイイけどなぁ。自分が欲しいとは思わないよ」
 「あんなにいいものなのに?」
 「それはお前の子どもだからだろう。亜紀ちゃんも皇紀も瑠璃も玻璃も、みんな本当にいい子でカワイイよな!」
 「おう!」

 山中は嬉しそうに笑った。
 本当に嬉しそうだった。

 「またうちに来いよ! 子どもたちと遊んでやってくれ」
 「おい、珍しいな! 俺が頼まないのに誘われたのは初めてだぞ!」
 「え? そうだったか?」
 「お前なぁ。散々俺が家に行くのを嫌がってたくせに」
 「アハハハハ!」

 山中が笑った。

 「双子がやんちゃで困ってた時にはこき使われたけどなぁ」
 「ああ、そうだったな! 助かったよ! 美亜さんが寝込みそうだったからな!」
 「このやろう」

 二人で笑った。
 山中が真剣な顔になった。

 「最近な、どうなんだか、俺は子どもたちがいずれ家を出て行くっていう実感がなぁ」
 「なんだよ、それ?」
 「大人になってさ。特に三人は女の子だ。だからいずれは結婚して嫁いでいくだろ?」
 「お前、まだまだ先の話だろう」

 山中が薄く笑った。

 「そうだけどさ。でも、俺はそれに気づいてしまった」
 「なんだよ、それで暗くなっちゃったってか」
 「そうじゃないんだけど。ああ、でもそうだな。寂しいかな」
 「おい、しっかりしろよ!」

 俺は山中の背中を叩いた。

 「皇紀だって、もしかしたら何かに夢中になって飛び出して行くかもしれない」
 「そうなったとしても、奥さんがいるじゃないか。子どもたちだって別に縁が切れるわけじゃない。そのうち孫でも連れて来るだろうよ」

 山中が嬉しそうに笑った。
 
 「そうだな! 孫かぁ。カワイイだろうなぁ」
 「お前、先過ぎるよ」

 二人で笑った。
 俺が「おじいちゃん!」と言うと、気持ち悪いくらいに喜んだ。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 あれが山中と飲んだ最後の酒になった。

 「なあ、石神。子どもたちを頼むな」
 「あ?」

 「うちから出て行っても、お前、何とか見守ってくれよ」
 「バカなこと言うなよ。お前が見守れよ」
 「そうだけどな。もちろん、そうなんだけどな」
 「ばかやろう」

 「頼むな」

 帰り際、いつものように泥酔した山中が俺に言った。
 多分、子どもたちのために出来るだけのことを、と酔った頭で考えてのことだろう。

 あいつは、奥さんと子どもたちが全てだった。
 自分が出来るだけのことをしたいと、いつでも考えている男だった。
 
 奇しくも、山中のあの時の言葉の通りになってしまった。


 




 「な、頼むな、石神!」
 「分かったよ、俺に任せろ」

 俺がそう言うと、山中は本当に嬉しそうに笑い、寝てしまった。
 山中、俺は酔っ払い相手に返事しただけだぞ。
 お前、ちゃんと自分でも見守れよな。

 頼むぞ。
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