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乾さん Ⅲ

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 話し終わると、三人が泣いていた。
 しまった。
 楽しい思い出話をするつもりだったのだが。

 「タカさん! RZ、取りに行きましょう!」

 亜紀ちゃんが立ち上がって言った。

 「あ、ああ」

 「私! 明日お店に行ってきます!」
 「私も!」
 「私も!」

 「お、おお」

 「お店の場所、教えてください!」
 「まあ、ちょっと待て。座れよ」

 俺は残ったキャビアを亜紀ちゃんの前に置いた。
 亜紀ちゃんは無意識に全部掻き込んで食べた。

 「俺もな、日本に戻ってからなんだ」
 「え?」

 「気付いたのがだよ。ほら、俺のRZってさ、友達からの貰い物じゃない」
 「え? あー! そうだ! 敵チームの奴から分捕ったんですよ!」

 亜紀ちゃんが叫んだ。

 「快く譲って貰ったんだよ! でもまあ、そういうものじゃん。だから名義変更とかしてないじゃん」
 「あー」

 「俺、乾さんに貰って下さい、なんて言ったけどさ。最初から他人のもんだったんだよなぁ」
 「タカさん……」

 「あははは」

 三人が俺を冷たい目で見ていた。

 「ま、そういうことだ!」

 亜紀ちゃんが席を離れ、自分のノートパソコンを持って来た。
 検索する。

 「あ! タカさん! 乾さんのお店、まだありますよ!」
 「知ってる。俺が行ってた頃よりも大きくなってるんだよな。流石は乾さんだ」
 「え、知ってたんですか?」
 「ああ。俺は世話になりっぱなしで何も出来なかったからな。万一乾さんが困ってたらって、時々HPを見てるよ」
 「そうなんですか」

 柳もスマホで検索した。

 「ここですか。 あ!」

 みんなで柳を見た。

 「ほら、この壁!」

 柳が画像を拡大したものを見た。
 店の奥の壁に、一台のバイクが掛けられている。

 「これって、RZってバイクじゃないですか?」

 柳はバイクの種類を知らないので、俺に聞いて来た。

 「石神さん!」

 俺は涙が溢れていた。
 何も言葉が出なかった。
 三人の女たちが俺の肩や背中を抱き締めてくれた。

 「タカさん、やっぱりお店に行きましょうよ」
 「だ、ダメだ」
 「でも」
 
 俺は涙を拭った。

 「悪かったな、取り乱した。柳、ありがとう」
 「そんな!」

 「亜紀ちゃん、前にも言っただろう。会いたい人間、懐かしい人間は幾らでもいるって。でも俺はそういう人たちと別れて来たんだ。俺は懐かしむために生きているんじゃないって」
 「そうですけど……」

 「な。ああ、今日は柳のお陰でいい気分だ! 本当にありがとうな!」
 「石神さん……」

 俺は先に寝ると言った。

 「お前らはまだ飲んでろよ」
 「「「……」」」

 ロボが俺に付いて来る。
 ロボは俺の涙を舐めてくれた。
 そういう優しい猫で、優しい連中だ。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「もしもし」
 「はい、輸入バイクショップ〇〇です!」

 若い店員の方が電話に出た。

 「あの、突然すみません。そちらのホームページを見て、ヤマハのRZ250を見つけて」
 「ああー! よく分かりましたね!」

 「あのバイクって、売ってもらえませんか?」
 「え! あれですか! あれは売り物じゃないんですよ」
 「でも、どうしてもあのバイクが欲しくて」
 「あー、あれは社長の大事なものらしくて。いい場所に飾ってるんで、これまでも欲しいっていう人もいたんですけどね」

 「あの、あの私、石神亜紀って言います! 社長さんはいらっしゃいますか!」
 「え、はい。じゃあちょっとお待ちください」

 すぐに保留が終わった。

 「乾と言います。石神さんと仰いましたか!」
 「はい! 私、石神高虎の娘です!」
 「ほんとに!」

 乾さんは大声で泣き出した。

 「あの、血の繋がりはないんです。私たちの父がタカさん、ああ、石神高虎の親友で。突然亡くなってしまって、今はタカさんに引き取られて!」
 「トラは! トラは元気ですか!」
 「はい! 物凄く! あの、乾さん! タカさんはアメリカから戻って東大に行って! 今は都内の大きな病院で外科部長です! 理事にもなってます! いろんな人に慕われてます!」

 「そう、そうですか! 本当にトラが!」

 私も泣いてしまった。

 「夕べ、タカさんから乾さんのお話を聞いたんです! タカさんからは止められたんですけど。でも私! どうしても乾さんとお話ししたくて!」
 「ありがとう、本当に連絡をくれてありがとう!」

 「タカさんが言ってました。乾さんやお友達に本当に本当にお世話になったんだって! 懐かしそうに、楽しそうに話してくれました。あのね、タカさんね、今も乾さんのお店のホームページを時々見てるんですよ! 乾さんが万一困ってたら、自分が助けるんだって! でもね、前よりも大きくなってるから、流石乾さんだってぇ!」

 涙が、感情が抑えられなくなった。

 「お嬢さん、亜紀さんか。ありがとう。教えてくれてありがとう。トラに、会いたいって言ってくれ」
 「はい! はい、必ず!」
 「ずっと、二十年以上ずっとあいつのことが心配だったんだ。毎日無事を祈ってた。毎朝近くの神社にね、今朝も行って来た。本当にあいつは元気にやってるんだ」
 「はい! 毎日、そりゃもう。あの、私、一度伺ってもいいですか?」
 「もちろんだ。いつでも来てくれ」
 「今日でも?」
 「構わない。トラの話を聞かせてくれ」




 電話を切り、出掛ける準備をした。

 「タカさん、急ですけど、ちょっと出掛けてきますね」
 「おう、どこへ行くんだ?」
 「友達のとこに、ちょっと」
 「真夜か?」
 「別な友達」
 「あー? 亜紀ちゃんほぼボッチだろ」
 「アハハハハハ!」

 CBRに乗って、横浜へ向かった。
 本当は「飛んで」すぐにも乾さんに会いたかった。




 1時間ほどで乾さんのお店に着いた。

 「あの、石神亜紀です」
 「ああ! よく来てくれた!」
 
 乾さんはもう60歳を超えているはずだけど、お元気そうでカッコ良かった。
 
 接客用のソファに案内され、いろいろと話した。
 話せないことも多かったけど、タカさんのことを一生懸命に話した。

 「国際ニュースにもなったんですよ」

 私は響子ちゃんの大手術の記事をスマホで見せた。
 他にもフェラーリ・ダンディの動画やタカさんのいろいろな写真。
 乾さんは全部嬉しそうに眺めていた。

 「あいつ、頑張ってるな」
 「はい! もういつも他人のために必死で動いてる人で。それで何度も死に掛けて」
 「アハハハ、あいつらしいな」

 今はドゥカティのスーパーレッジェーラに乗ってると話すと、乾さんが喜んだ。

 「あいつ、今もバイクに乗ってるか!」
 「はい! しばらくは乗ってなかったですけど、数年前に。あ、車は三台あって」

 私がアヴェンタドールとかの話をすると、大笑いし、驚いていた。

 「もう貧乏じゃないんだね」
 「はい! 大きな家を都内に持ってますし。別荘! ああ、素敵な別荘もあるんです!」

 私たちの話は尽きなかった。
 話している間にも何人もお客さんが来て、乾さんが席を外すことも多かった。
 いつの間にか夕方になっていた。

 「あ! もう帰らないと!」
 「いいじゃないか。夕飯を食べていきなよ」
 「でも、私、夕飯の用意をしないと」
 「そうかあ」

 「あの、それでRZですけど」
 「ああ、もちろん持ってって下さい。トラから預かったものだからね」
 「ありがとうございます。でもタカさんにまだ何も話してなくて。今日ここに来るのも黙って来たんです」
 「そうか。いつでも言ってくれればいいけど、トラにまず会いたいな」
 「はい。あの、ところで」
 「何かな?」

 「あのRZって、タカさんが暴走族の喧嘩で奪い取ったって……」

 乾さんが爆笑した。

 「ああ、知ってるよ。名義を調べてトラに金を送ろうと思ったんだ。その時にね。大体想像はついたから、そのままにした。今はただの置物だよ。あいつもまたあれに乗ろうとは思ってないだろ?」
 「はい」

 「でもね。整備はしてるんだ。もうパーツはないからこれ以上は無理だけど」
 「そうなんですか!」
 「あいつも懐かしいだろう。是非会って渡してやりたい」
 「はい! 夕べも「思い出が詰まってる」って言ってました!」
 「そうか」

 また話し込みそうだったので、慌てて帰った。

 さー! タカさんを説得しなきゃ!
 レイさんと柳さん、ああ、あと響子ちゃんや六花さん、栞さんに鷹さん、院長先生、みんなにも話そう!
 みんなで取り囲んで、絶対に説得してやるぅー!




 待ってろよー、タカさん!
 
 大好きなタカさーん!
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