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乾さん Ⅱ
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乾さんは俺を呼ぶと必ず飯を喰わせてくれ、ガソリンを満タンにしてくれた。
一緒に近くを走ったり、乾さんの店でいろいろな話をした。
最初はどういうことなのかと思っていたが、俺が喧嘩の話やいろんな話をすると、喜んでくれた。
特に、佐奈の話に感動してくれた。
「いい話だな」
「和尚は佐奈が俺を連れて行こうとしたんじゃないかって言うんですけどね。俺は絶対に違うと思います」
「トラらしいよ」
乾さんの話も聞いた。
高校を卒業して、整備工場で働いたそうだ。
そこでお金を貯めて、念願のバイクの輸入ショップを開いた。
「お前はハーレーとか興味はあるか?」
「いいですけどね。俺はもっと「駆け抜ける」って感じのものがいいですね」
「だからRZか」
「はい」
乾さんは優しい人だった。
学校帰りの子どもがウインドウを見ていると、いつも店の中へ呼んだ。
改造のハーレーダビッドソンに跨がせてやる。
俺が優しいですね、と言うと、いつも「先行投資だ」と言って笑った。
夜の山下公園へ行った。
「乾さんの周りって、女の人いませんね」
「なんだと?」
「だって、乾さん、物凄くいい男じゃないですか」
「てめぇ」
「女が寄ってきそうですけど」
「トラはどうなんだよ」
そういう話をしたことが無かった。
「ファンクラブの女とヤリまくりです」
乾さんが爆笑した。
「てめぇはいろいろぶっ飛んでんなぁ!」
「アハハハハハ!」
幼馴染の女性がいたそうだ。
「高校の時に付き合うようになってな」
「へぇ」
「あいつは中学を卒業して紡績工場で働くようになったんだ。俺が高校を卒業したら結婚しようって」
「そうですか」
「だけどな。結核で死んでしまった」
「!」
「あいつの家は貧乏でな。父親がいなくて、お母さんも身体が弱くて三人の弟妹がいて。それであいつが一生懸命に働いて、身体を壊しちまった」
「そうだったんですか」
「貧乏って嫌だよな。俺は貧乏って憎いよ」
「……」
二人で、山下公園の女の子の像を見ていた。
「赤い靴」の歌の少女だ。
「トラ、お前貧乏ったってなぁ。飯が食いたくなったらいつでも来いよな」
「はい!」
結核は「法定伝染病」にあたるため、治療費は公費負担となる。
しかし、一家を支えるその人は、仕事を休むことは出来なかったのだろう。
乾さんは何も言わなかったが、今でもその人のことを忘れられないでいる。
俺は、そういう生き方をする人もいるのだと知った。
乾さんの店で大型バイクを買った人たちが、時々集まって走る。
俺たちが最初に会った時も、その人たちだったことが分かる。
俺も何度か誘われ、日曜日に一緒に走ったりもした。
お金のある人たちで、みんな乾さんを慕っていた。
俺はいつも特攻隊長の真っ赤な特攻服を着て行く。
それしか持ってない。
そのことで、よくからかわれた。
「なんだ、お前の「六根清浄」って」
「自分への戒めです」
「全然いましまってねぇだろう!」
「アハハハハハ!」
一度、敵チームの連中とすれ違った。
俺が仲間と走っていると勘違いされ、囲まれた。
相手は20人程いた。
「すいません! すぐに片付けますので!」
俺はそう言って、20人に飛び込んで行った。
何とか、10分ほどで潰した。
「お待たせしましたぁ!」
みんな大笑いしていた。
「やっぱ、「赤虎」だな!」
「おう、いいもの見せてもらった!」
「20人いたぞ?」
「乾さん、前にこいつぶん殴ったよね?」
「乾さんにはカツ丼ご馳走になりましたから!」
みんなが笑った。
その翌週も誘われた。
特攻服以外で来いと言われた。
俺は困ったが、制服でRZに跨って出掛けた。
コートは持ってないので寒かった。
まだ3月だった。
「なんだ、制服か?」
「はい! 俺、まともな服ってこれしかなくて」
俺は学校に通うのと、土曜の晩は族の集会だけで、遊びに行くことはなかった。
だから私服はほとんど無い。
城戸さんの店では、ちゃんとバーテンの服がある。
みんなが黙って俺を見ていた。
「そうか! じゃあ行こうか!」
乾さんが笑って俺に言い、9人で中華街へ行った。
3台の車に乗ってだ。
店に入り、コース料理が運ばれてくる。
「トラ、好きなだけ喰え!」
乾さんが言った。
「え! いいんですか?」
「当たり前だ! お前に喰わせようと思って来てるんだからなぁ」
「ありがとうございます!」
美味そうな料理を前に、もう遠慮なんて考えられなかった。
「こないだ、俺たちを助けてくれた礼だ」
「そんな! 俺なんかがいたからご迷惑をかけたのに!」
「いいから。俺たちはいいものを見せてもらったんだしな」
食べている中で、乾さんが俺が東大医学部を目指してる話をした。
みんな口々に信じられないと言った。
「それがさ、同級生で高校教師やってる奴がいてな。全国模試の結果を調べてくれたんだよ」
乾さんが言った。
俺もそんな話は聞いてない。
「それで?」
「トラの名前がトップにあった!」
「「「「「「「「エェッーーー!!!」」」」」」」」
「エヘヘヘ」
みんながもっと食べろと言った。
コースにない北京ダックを誰かが頼んでくれた。
俺の前に置かれる。
「お前、喧嘩があんなに強くて勉強が出来て。それででかい身体でツラがそんなに良くて。女にモテるだろう!」
乾さんが入れ食いらしいと言った。
「おい、もう北京ダックは喰うな」
「えぇー!」
みんなが笑った。
俺は勉強は静馬くんのお陰なのだと話した。
静馬くんと、ご両親の話をした。
北京ダックがもう一羽来た。
「でも、うちって貧乏ですから!」
笑ってもらおうと思って言ったが、みんな黙り込んでしまった。
滑ったことは分かったが、どうしようもない。
最後にタピオカドリンクが出た。
俺は大感動した。
「俺! こんな美味い飲み物は初めてです! 今日は北京ダックとこのタピオカドリンク! 人生最高の日です!」
みんなが笑って、良かったと言ってくれた。
帰りに、乾さんがカッチョいいスタジャンを買ってくれた。
「こんなの、いただけませんよ!」
「いいから、これを着てけ! お前、鼻水出てるぞ?」
それからも、高校を卒業するまで乾さんや他のみなさんに散々お世話になった。
高校を卒業する時、俺は無一文になった。
聖が助けてくれた。
俺はRZに乗って、乾さんの店に行った。
「トラ!」
「乾さん、俺、アメリカへ行きます」
「なんだって?」
「親友と一緒に」
「おい、こないだ東大に受かったって言ってただろ!」
「はい。でもどうしてもアメリカに行かなきゃで」
「何があった!」
「エヘヘヘ」
俺は何とか笑った。
「俺、乾さんや皆さんにお世話になってばっかしで」
「そんなことはどうでもいい! トラ! 何があったのか俺に話せ!」
「いえ、それで何にも出来ないんで、このRZをもらって下さい!」
「トラ! いい加減にしろ!」
肩を強く掴まれた。
「お願いします! 本当に皆さんにお世話になりました! こんなバイク、幾らにもならないでしょうけど。俺、こんなことしかできなくてすみません!」
「トラ……」
「俺が思いっきり乗り回しちゃって。もう本当に安いですけど。でもこのバイクには俺の思い出がぁ! 乾さんたちと一緒に走った思い出もぉ!」
俺は限界だった。
泣いてしまった。
「分かったよ、トラ。このバイクは俺が預かる。だからいつか取りに来いよな」
「乾さん! すみません!」
乾さんはそれ以上俺に聞かなかった。
俺が何かを決めたことを思ってくれたのだろう。
俺は歩いて駅に向かった。
俺の最愛の物を捧げることしか出来なかった。
乾さん、俺は。
一緒に近くを走ったり、乾さんの店でいろいろな話をした。
最初はどういうことなのかと思っていたが、俺が喧嘩の話やいろんな話をすると、喜んでくれた。
特に、佐奈の話に感動してくれた。
「いい話だな」
「和尚は佐奈が俺を連れて行こうとしたんじゃないかって言うんですけどね。俺は絶対に違うと思います」
「トラらしいよ」
乾さんの話も聞いた。
高校を卒業して、整備工場で働いたそうだ。
そこでお金を貯めて、念願のバイクの輸入ショップを開いた。
「お前はハーレーとか興味はあるか?」
「いいですけどね。俺はもっと「駆け抜ける」って感じのものがいいですね」
「だからRZか」
「はい」
乾さんは優しい人だった。
学校帰りの子どもがウインドウを見ていると、いつも店の中へ呼んだ。
改造のハーレーダビッドソンに跨がせてやる。
俺が優しいですね、と言うと、いつも「先行投資だ」と言って笑った。
夜の山下公園へ行った。
「乾さんの周りって、女の人いませんね」
「なんだと?」
「だって、乾さん、物凄くいい男じゃないですか」
「てめぇ」
「女が寄ってきそうですけど」
「トラはどうなんだよ」
そういう話をしたことが無かった。
「ファンクラブの女とヤリまくりです」
乾さんが爆笑した。
「てめぇはいろいろぶっ飛んでんなぁ!」
「アハハハハハ!」
幼馴染の女性がいたそうだ。
「高校の時に付き合うようになってな」
「へぇ」
「あいつは中学を卒業して紡績工場で働くようになったんだ。俺が高校を卒業したら結婚しようって」
「そうですか」
「だけどな。結核で死んでしまった」
「!」
「あいつの家は貧乏でな。父親がいなくて、お母さんも身体が弱くて三人の弟妹がいて。それであいつが一生懸命に働いて、身体を壊しちまった」
「そうだったんですか」
「貧乏って嫌だよな。俺は貧乏って憎いよ」
「……」
二人で、山下公園の女の子の像を見ていた。
「赤い靴」の歌の少女だ。
「トラ、お前貧乏ったってなぁ。飯が食いたくなったらいつでも来いよな」
「はい!」
結核は「法定伝染病」にあたるため、治療費は公費負担となる。
しかし、一家を支えるその人は、仕事を休むことは出来なかったのだろう。
乾さんは何も言わなかったが、今でもその人のことを忘れられないでいる。
俺は、そういう生き方をする人もいるのだと知った。
乾さんの店で大型バイクを買った人たちが、時々集まって走る。
俺たちが最初に会った時も、その人たちだったことが分かる。
俺も何度か誘われ、日曜日に一緒に走ったりもした。
お金のある人たちで、みんな乾さんを慕っていた。
俺はいつも特攻隊長の真っ赤な特攻服を着て行く。
それしか持ってない。
そのことで、よくからかわれた。
「なんだ、お前の「六根清浄」って」
「自分への戒めです」
「全然いましまってねぇだろう!」
「アハハハハハ!」
一度、敵チームの連中とすれ違った。
俺が仲間と走っていると勘違いされ、囲まれた。
相手は20人程いた。
「すいません! すぐに片付けますので!」
俺はそう言って、20人に飛び込んで行った。
何とか、10分ほどで潰した。
「お待たせしましたぁ!」
みんな大笑いしていた。
「やっぱ、「赤虎」だな!」
「おう、いいもの見せてもらった!」
「20人いたぞ?」
「乾さん、前にこいつぶん殴ったよね?」
「乾さんにはカツ丼ご馳走になりましたから!」
みんなが笑った。
その翌週も誘われた。
特攻服以外で来いと言われた。
俺は困ったが、制服でRZに跨って出掛けた。
コートは持ってないので寒かった。
まだ3月だった。
「なんだ、制服か?」
「はい! 俺、まともな服ってこれしかなくて」
俺は学校に通うのと、土曜の晩は族の集会だけで、遊びに行くことはなかった。
だから私服はほとんど無い。
城戸さんの店では、ちゃんとバーテンの服がある。
みんなが黙って俺を見ていた。
「そうか! じゃあ行こうか!」
乾さんが笑って俺に言い、9人で中華街へ行った。
3台の車に乗ってだ。
店に入り、コース料理が運ばれてくる。
「トラ、好きなだけ喰え!」
乾さんが言った。
「え! いいんですか?」
「当たり前だ! お前に喰わせようと思って来てるんだからなぁ」
「ありがとうございます!」
美味そうな料理を前に、もう遠慮なんて考えられなかった。
「こないだ、俺たちを助けてくれた礼だ」
「そんな! 俺なんかがいたからご迷惑をかけたのに!」
「いいから。俺たちはいいものを見せてもらったんだしな」
食べている中で、乾さんが俺が東大医学部を目指してる話をした。
みんな口々に信じられないと言った。
「それがさ、同級生で高校教師やってる奴がいてな。全国模試の結果を調べてくれたんだよ」
乾さんが言った。
俺もそんな話は聞いてない。
「それで?」
「トラの名前がトップにあった!」
「「「「「「「「エェッーーー!!!」」」」」」」」
「エヘヘヘ」
みんながもっと食べろと言った。
コースにない北京ダックを誰かが頼んでくれた。
俺の前に置かれる。
「お前、喧嘩があんなに強くて勉強が出来て。それででかい身体でツラがそんなに良くて。女にモテるだろう!」
乾さんが入れ食いらしいと言った。
「おい、もう北京ダックは喰うな」
「えぇー!」
みんなが笑った。
俺は勉強は静馬くんのお陰なのだと話した。
静馬くんと、ご両親の話をした。
北京ダックがもう一羽来た。
「でも、うちって貧乏ですから!」
笑ってもらおうと思って言ったが、みんな黙り込んでしまった。
滑ったことは分かったが、どうしようもない。
最後にタピオカドリンクが出た。
俺は大感動した。
「俺! こんな美味い飲み物は初めてです! 今日は北京ダックとこのタピオカドリンク! 人生最高の日です!」
みんなが笑って、良かったと言ってくれた。
帰りに、乾さんがカッチョいいスタジャンを買ってくれた。
「こんなの、いただけませんよ!」
「いいから、これを着てけ! お前、鼻水出てるぞ?」
それからも、高校を卒業するまで乾さんや他のみなさんに散々お世話になった。
高校を卒業する時、俺は無一文になった。
聖が助けてくれた。
俺はRZに乗って、乾さんの店に行った。
「トラ!」
「乾さん、俺、アメリカへ行きます」
「なんだって?」
「親友と一緒に」
「おい、こないだ東大に受かったって言ってただろ!」
「はい。でもどうしてもアメリカに行かなきゃで」
「何があった!」
「エヘヘヘ」
俺は何とか笑った。
「俺、乾さんや皆さんにお世話になってばっかしで」
「そんなことはどうでもいい! トラ! 何があったのか俺に話せ!」
「いえ、それで何にも出来ないんで、このRZをもらって下さい!」
「トラ! いい加減にしろ!」
肩を強く掴まれた。
「お願いします! 本当に皆さんにお世話になりました! こんなバイク、幾らにもならないでしょうけど。俺、こんなことしかできなくてすみません!」
「トラ……」
「俺が思いっきり乗り回しちゃって。もう本当に安いですけど。でもこのバイクには俺の思い出がぁ! 乾さんたちと一緒に走った思い出もぉ!」
俺は限界だった。
泣いてしまった。
「分かったよ、トラ。このバイクは俺が預かる。だからいつか取りに来いよな」
「乾さん! すみません!」
乾さんはそれ以上俺に聞かなかった。
俺が何かを決めたことを思ってくれたのだろう。
俺は歩いて駅に向かった。
俺の最愛の物を捧げることしか出来なかった。
乾さん、俺は。
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