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道間麗星

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 水曜日。
 オペを終えて部屋へ戻ると、早乙女から電話があったと聞いた。
 俺は早乙女の携帯へ電話する。
 公安で連絡先を明かすのは異例のことらしいが、そんなことは知らん。
 俺と連絡を取りたいのなら、当然のことだ。

 「なんだ、電話くれたようだな」
 「石神か。今京都にいる。これから道間家に向かう所だ」
 「おい、そんなこといちいち報告するな」
 「いや、気になってると思ってな」

 「全然気にしてねぇ! あっちが会いたがってんだ! お前も堂々と連れて来い!」
 「お前はそう言うけどな。道間家というのは相当な家だぞ」
 「俺んちの方がすげぇ!」
 「あのなぁ」

 早乙女が呆れている。

 「ところでよ」
 「なんだ?」
 「公安じゃ道間家のことを知ってたんだよな?」
 「ああ、そうだ。もちろん、俺も知ったのは先日だがな」
 「どうして教わった?」
 「俺が上の立場になったからだ」
 「ほう」
 「だからなんだ?」

 「俺のお陰で出世したわけか」
 「あ? ああ。まあそういうことだな。綺羅々を排除した功績だ。上の連中もまさかあんな化け物を飼っていたとは思ってなかったからな」
 「石神様のお陰様ということだな」
 「そうだ」

 「俺は一度も礼を言われたことも、何かもらったこともねぇ」
 「なに?」
 「お前はだから友達がいねぇんだぁ! このボッチ中年がぁ!」
 
 早乙女は俺に嘲られても動じなかった。
 本当に友達がいないのだろう。

 「何か欲しいのか?」
 「当たり前だ!」
 「何がいい?」
 「それを考えるのはお前だ! 俺が喜ぶものを贈れ!」
 「分かった。そうだな、お前には世話になったと思っている。恩義を返すつもりはあるんだ」
 「そ、そうかよ」
 「お前は大変な金持ちだ。物だったら自分で幾らでも手に入れると思った」
 「お、おう」

 「だから俺は形でないものでお前に返そうと思っていた。でも、お前の言う通りだ。まずは形で示すべきだな」
 「分かればいいんだよ」

 電話を切った。
 何か、俺が負けた気がした。
 悔しい。

 「一江!」
 「はい!」

 一江が飛んでくる。

 「ギャハハハハハハ!」
 「なんですか?」
 「いや、お前のブサイクな顔を笑った」
 「……」

 ちょっと気分が良くなった。




 土曜日の朝。
 早乙女から連絡があり、道間家の当主をこれから連れてくると言われた。
 亜紀ちゃんに門で迎えるように言った。
 だが、気になって俺も外へ出た所で、丁度黒塗りのセンチュリーがやって来た。
 恐らく公安の公用車だろう。

 後ろのシートはカーテンが閉められ、内部は分からない。
 早乙女が降り、反対側に回ってドアを開けた。
 俺は、そんなことも出来る男かと思っていた。
 人物が降りて来た。
 俺は驚いた。

 てっきり、髭を生やしたジジィかと思っていた。
 降りて来たのは、まだ30代の美しい女性だった。

 「石神、こちらが道間家当主の道間麗星(どうま・れいせい)様だ」
 「石神です。遠いところをお運び頂き、光栄です」

 亜紀ちゃんも隣で頭を下げた。
 圧倒されている。
 気品のある洋装で、仄かにグレーを帯びた清楚なドレスだった。
 だが、遙かに麗星の方が美しい。
 165センチほどの身長で、痩せているが胸は大きい。
 胴のくびれは見事なほどだ。
 そして顔は秀麗という言葉がぴったりの美しい顔立ち。
 目は優しく切れ上がり、神秘的な光を称えている。
 通った鼻筋の下の唇は、元の赤さが感じられる。
 
 「道間麗星です」
 「石神高虎です」

 麗星は俺を見て微笑んだ。
 運転手がトランクを開け、荷物を出す。
 大きな手提げ袋が四つあり、早乙女が全部持った。
 俺は家に案内し、一階の応接室へ通した。

 亜紀ちゃんがお茶を持って来る。
 玉露の最高級品だ。
 俺と早乙女はコーヒーを飲んだ。
 土産は生八つ橋だった。
 10箱もある。
 これを持って来たのか。

 「石神様が生八つ橋がお好きと聞きまして」
 「そうなんですよ! まあ早乙女には手ぶらで来ていただくように言ったんですけどね」
 「おい、石神!」

 「無粋な奴で、気を遣わせてしまって申し訳ありません」
 「ウフフフ」
 「それに、こいつは勝手に当主だから年寄りだろうと思っていたようですが」
 「お前! 何を言うか!」
 「こんなお綺麗な方とは思ってもいませんでした」
 「ありがとう存じます」

 茶碗の持ち方も優雅だった。
 黒塗りの楽焼のものだが、危なげなく口に含んでいる。

 「わたくしも驚きました」
 「はい?」
 「「虎王」をお持ちの方ですので、只者ではないとはもちろん。しかし、お会いしてわたくしの想像を遙かに超えていらっしゃいました」
 「はぁ」

 「石神様は「虎王」を使い、花岡家の技を使い、そして大黒丸も使われる」

 「大黒丸?」

 「はい。あの恐ろしく巨大な力が、石神様から伝わってきます。お話を聞いた時には信じられませんでしたが、こうやってお近くにいるとはっきりと分かります」
 「そうですか」

 麗星は俺を見ている。

 「それに、それだけではないと。何かは分かりませんが、あと幾つか尋常ではないものが感じられます」
 「おい、早乙女」
 「なんだ?」
 「お前の「偏屈ジジィ」という予想は外れたな」
 「俺は一度もそんなことは言ってない!」
 「美しい上に社交的ないい方じゃないか」
 「石神、お前!」

 麗星は微笑んでいた。

 「石神様、わたくしのことは、どうか「麗星」とお呼び下さい」
 「いえ、でも名家の御当主をそのようには」
 「いいえ。わたくしたちの上に在らせられる方です」
 「それはどういうことですか?」

 「大黒丸を従えているのであれば、そのように相成ります」
 「その大黒丸というのはなんですか?」
 「お話しになった、「山よりも大きな黒い玉」のことです」
 「あー! 「クロピョン」!」
 
 麗星は笑い出した。

 「大黒丸をそのように」
 「アハハハハハ!」

 俺も笑った。

 「しかし、石神様。あの大黒丸をどのようにして手名付けられたのですか?」
 「別に大したことは」
 「いいえ。あの者は人間には決して従いません。古の伝でも、時に望みを叶えることはあっても、特定の人間に従うことはありませんでした」
 「そうですか」
 「石神様は、もしや「試練」を乗り越えたのでしょうか?」

 鋭い女だった。

 「しかし、あれの「試練」は決して乗り越えられるものではありません」
 「それを御存知で?」
 「はい。必ず死ぬ呪いと。人間ごときでは、絶対に抗えません」
 「まあ、そうでしょうね」
 「でも石神様は乗り越えた。そうなんですね?」

 俺は迷ったが、話すことに決めた。
 見た目通りの綺麗なだけの女ではない。
 途轍もない力を蓄え、一族の頂点に君臨する器があるのだ。
 俺は話すと約束し、まずは昼食に誘った。
 二階のリヴィングへ案内した。

 「素人の料理で申し訳ありませんが」

 断って、俺はフレンチを提供した。

 「お前が作ったのか?」

 早乙女が言った。

 「そうだ」
 「大丈夫なのか」
 「俺は食事で冗談はやらない。食事は神聖なものだ」
 「あ、ああ。済まなかった」
 
 俺は早乙女の前に、伊万里焼の大皿を置いた。

 「おお」
 「あ、悪い。それはうちのネコのものだった」
 「……」



 事前に下ごしらえは済んでいる。
 前菜のカボチャとトマトのジュレと、小エビとフルーツのジュレ。
 スープはコンソメを。
 スズキのポワレ。
 休憩でレモンのシャーベット。
 和牛の赤ワイン煮込み。
 カリフラワーとホワイトアスパラの蜂蜜ソースのサラダ。
 デザートにモモのコンポートと速成の双子のスイカを飾り包丁で。

 麗星に聞いて、俺がエスプレッソを淹れた。
 麗星は満足してくれたようだ。

 「とても美味しいお料理でした」
 「それは良かった。名家の方に心苦しかったのですが」
 「いえ、お見事なものでしたよ」

 子どもたちは緊張していた。
 レイや柳は何が起きているのか分からない、という顔をしている。
 どういう人間かは説明したが、どうにも理解の範疇を超えているようだ。
 俺は足労を掛けるがと言って、麗星を庭に連れ出した。
 早乙女も付いて来る
 双子の花壇に案内する。

 「ここは!」

 麗星は何かを感じたようだ。

 「クロピョン! 出て来い」

 花壇から黒い大きなヘビが現われた。
 早乙女は驚愕している。

 「これは本体から伸びたものですよ」
 「確かに……」

 麗星はじっと見つめている。

 「クロピョン、お前は俺のことをどう思っている?」

 ヘビがハートのマークを作った。
 麗星が声を上げて笑った。

 「アハハハハハハ!」

 「よし、行っていいぞ」

 ヘビは地面に吸われるようにして消えた。
 口を開けている早乙女の背中を押し、リヴィングへ戻った。



 「石神、あれはなんだったんだ!」

 早乙女が言う。

 「だから「クロピョン」だって言っただろう」
 「お前、それじゃ何も……」

 俺は別荘で双子が見てからの、俺たちとクロピョンとの関りを話した。

 「最初は俺たちに手出しをしないように頼んだんだ。しかし、それを「願い事」と受け取られた。まあ、俺を手に入れるための強引な解釈だがな」
 「それでどうなったんだ?」
 「命を吸い取られた。高熱が出た。水を掛けると湯気が出るほどのな。大量の氷で一時は凌いだが、みるみる痩せて行った。最期はまた高熱が出たよ」

 「石神様は、それをどのように?」

 麗星が聞いて来た。

 「申し訳ないが、お答えできません。ある秘薬を飲んで、としか」
 「相当なものですね」
 「はい。俺も偶然に手に入れたものです」
 「そうですか」

 「まあ、そのお陰で試練に勝ち、今度は俺が強引に決着を付けました」
 「どのような?」
 「俺の舎弟になれ、と」

 麗星が爆笑した。
 周りの人間が退くほどにだ。

 「あの大黒丸が、まさか人間の舎弟に!」

 麗星はまだ笑っていた。

 「今日は生まれて来て、最も楽しかった日になりました。お礼を申し上げます」
 
 麗星は立ち上がり、深々と頭を下げた。
 早乙女は信じられないという顔をしていた。
 俺は地下へ誘い、亜紀ちゃんにコーヒーと頂いた生八つ橋を出すように言った。






 地下で、麗星と早乙女が驚いていた。
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