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レイの過去

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 6月中旬。
 神から、大量の生八つ橋や京都の和菓子が送られてきた。
 名店のものばかりで、100万以上をかけている。
 まあ、詫びとしてはまだまだ安い。

 俺は土曜日にレイを誘って、響子と一緒に銀座の焼き鳥屋へ行った。
 アヴェンタドールは病院に入れ、三人でタクシーで向かう。
 六花は研修合宿でいない。

 「レイは焼き鳥好き?」

 響子が言った。

 「ええ、好きですよ。でもあまり食べたことはありません」
 「そう! ならもっと好きになるよ! 今日のお店は美味しいの!」
 「そうですか。楽しみです」

 俺たちはタクシーを降り、地下の店に入った。




 「石神さん、いらっしゃい! 今日はまた奥さんといらして下さって!」

 響子はニコニコしている。

 「そちらのお綺麗な方は?」
 「ああ、レイと言うんだ。響子の家で勤めている人間でな。今は俺の家に一緒にいる」
 「そうなんですか。宜しくお願いします」
 「はい、こちらこそ。今日は楽しみにしてきました」
 
 カウンターに響子を挟んで三人で座る。




 「響子、お前の夜の散歩は大人気みたいだな」
 「うん! なんかみんな見に来るの。一緒に散歩したりもするよ?」

 俺が許可して、時々夜に散歩をしていいと言った。
 レイに説明してやる。

 「ミツバチのカチューシャを着けることになってるんだ」
 「カワイイですね!」
 「おう、ちょっと凄い可愛さだぞ」

 響子がニコニコしている。
 俺はスマホの画像を見せた。
 レイが喜んで笑った。

 「本当にカワイイ!」
 「そうだろう」

 散歩中の響子を見掛けると、いいことがあるのだと言った。

 「夜勤のナースの間で広まってな。彼氏に優しくしてもらっただの、先輩に褒められただの、そんな程度だけどな。まあ、だから仕事を放り出して響子を探したりもしねぇんだが」
 「アハハハ」

 レイは最初の突き出しの筑前煮を食べ、優しい味だと言った。

 「俺も面白そうだから見に行ったんだよ」
 「そうなんですか」
 「ああ、やっぱり可愛かったよなー、響子」
 「うん、タカトラがいるんでびっくりしちゃった」




 六花からの報告で、土曜日は毎週散歩に出ることを知っていた。
 時間も夜の10時前後だ。
 毎回、ナースステーションに響子が報告するから分かっている。
 いつも行く自販機の場所で、響子を待っていた。
 好物のイチゴミルクを買うのだ。

 「タカトラ!」
 「よう! 買っといたぞ」

 響子は俺に抱き着いて来た。
 一緒にベンチに座って、響子はイチゴミルクを飲み、一緒に散歩した。




 「それでいいことがありましたか?」
 
 「ああ、ハーの流し忘れたウンコを見た」
 「え!」
 「丁度見たいと思ってたからな!」
 「アハハハハハ! ああ、あの時ですか」

 俺は病院から戻って、夜中に全員を叩き起こし集合させた。

 「石神さんが怒ってみんなを起こして」
 「そうだよ。ロボだって砂をかけるんだからなぁ」

 最初の焼き物が来た。
 モモ、ネギ間、つくね、それに響子が好きな銀杏だ。
 響子が嬉しそうな顔をする。

 「あ、美味しいですね!」

 レイも喜んだ。

 「そうだろう。レイの口にも合って良かったよ」
 「普通の調理と違いますね」
 「ああ、炭火で丁寧に焼くんだ。それに、このタレの美味さよな。ここの大将は腕がいいんだよ」
 「なるほど。焼き方と、タレを付けるタイミングがいいと」
 「お! レイは流石だな!」

 「外国の方に褒めて頂くと嬉しいですね」

 大将が言った。

 「今大使館で働いているんだけどな。まだ日本の文化には疎いところもあるけど、ちゃんと分かる人間なんだよ」
 「そうですか!」
 「響子なんか納豆も喰うもんな」
 「うん! 好きだよ!」

 小さな豆腐が出て、口をリセットされた。

 野菜の焼き物が出る。
 ナス、シシトウ、エリンギ、パプリカなどだ。
 そして炊き込みご飯と鳥出汁の野菜スープ。
 スープは様々な野菜をみじん切りにしている。
 漬物も付く。

 最後にみんなで好きな物を焼いてもらう。
 響子は銀杏。
 俺とレイはモモとネギ間を二本ずつ焼いてもらった。



 響子を病院へ送り、俺とレイは家には戻らずに羽田空港へ行った。
 コーヒーを三つ買い、展望デッキへ行った。

 「レイ、夕飯は足りたか?」
 「はい! とても美味しかったです」
 「まあ、俺もそうなんだけど、どうも最近満腹の加減が分からないんだよな」
 「アハハハハハ!」

 「俺は子どもの頃にいつも腹を空かせていたんだ。だから好きなだけ喰えるようになって、結構大食いになったとは思っていたんだけどな」
 「はい」
 「あいつらを見たら、もうなぁ」
 「そうですね」

 レイが可笑しそうに笑う。

 「レイはどんな子どもだったんだ?」
 「私ですか?」

 レイは夜の空港を眺めながら思い出しているようだった。

 「うちの両親は父親が大学教授で、母は日本語学校の教師だったんです」
 「そうか。じゃあレイが頭がいいわけだ」
 「そんなことは。でも勉強は頑張りましたよね」
 「ふーん」

 「私はごく普通の家だったんですけど、ハイスクールの時に事故で両親が」
 「ああ」
 「遺産は結構あったんですが、何しろ13歳でしたから」
 「ああ! 飛び級か!」
 「はい。資産的には大丈夫だったんですが、精神的には相当参りましたね」
 「そうか、そうだろうな」

 レイはコーヒーを口にし、ずっと夜景を見ていた。
 俺はレイの美しい横顔を見つめていた。

 「そんな時に助けてくれたのが静江様だったんです」
 「え?」
 「父がロックハートの仕事をしていたんですね。流体工学の専門家で、ロックハートの造船部門の仕事を受けていたんです。その関係でうちの両親のことが静江様の耳に入り、屋敷に呼んで下さったんですよ」
 「そうだったのか」

 「「ロックハートのために尽くしてくれた人間を見捨てはしない」。そう私に言いました。そして独りでは寂しいだろうと、私を屋敷に住まわせてくれたんです」
 
 レイは俺を見て微笑んだ。

 「私は本当に静江様に助けていただいたんです。一生忘れません。その後で大学を出て、私は海軍の研究機関に勤めるようになったんですが、そこで失敗してしまって」
 「ああ」

 「また私を静江様が呼んで下さって。そのままロックハートで働くようになったんです」
 「ロックハートでは造船部門だったのか?」
 「はい、最初は。お子さんたちに乗ってもらった「セブンスター」は、私が開発に携わりました」
 「あの無茶苦茶な船はレイが作ったのか!」
 「無茶苦茶は酷いですよ!」
 「だって、ジェットエンジンで航行するなんてなぁ」
 「いいじゃないですか、あれが一番速いんですから」

 俺たちは笑った。

 「そう言えば、セブンスターって北斗七星に関係しているのか?」
 「はい! 流石石神さんはよく気付きましたね!」
 「まあ、日本人ならな。タバコかそっちだ」
 「?」

 俺はタバコの銘柄だと言った。

 「ああ、そうなんですか。母が「北斗」という名前でしたので」
 「そうか」
 「父は婿養子になったんです。母と結婚する条件だったようで」
 「あ? おい、もしかしてお母さんの実家ってコシノ重工か?」
 「はい。今はもうありませんが」

 コシノ重工は戦前の海軍の造船所の人間が興した会社だったが、世界的な海運不況によって倒産した。
 それまではタンカーや大型船舶の大手の一つだった。

 「母は自由な人で、アメリカに移住したんです。そして父と知り合い結婚して。父は元はコシノ重工の仕事もしていたそうです」
 「そうだったか」
 「ああ、オリヴィア先生は母に日本語を教わったんですよ」
 「まじか!」

 俺は人間の不思議な縁を感じた。

 「実はな、俺はコシノ重工にお世話になったことがあるんだよ」
 「え!」




 俺はレイに話した。 
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