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オロチ、その熱愛

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 ゴールデンウィークが終わり、俺は平常の勤務に戻った。
 斎藤の頑張りは引き続き、一江も認めるようになっていった。

 「亜紀ちゃんに感謝ですね!」
 「そうなのか?」

 弟の斎藤誠二も勉強を頑張っているらしい。
 俺も亜紀ちゃんから、クラスの中でも伸びて来たと聞いている。
 たまに学食で一緒に食べているようだ。
 なんでかなぁ。




 木曜日に、家で夕飯を食べていると御堂から電話が来た。

 「おう! 元気か?」
 「ああ、みんな元気だよ。親父が石神に会いたがってる」
 「そうか。柳も元気だぞ! 替わるか?」
 「いや、いい。ちょっと相談があるんだ」
 「分かった、俺に任せろ!」
 「まだ何も話してないよ」

 御堂が笑った。

 「実はな、オロチのことなんだ」
 「オロチ?」
 「うん。先月くらいからな、どうも床下で暴れてるんだよ」
 「何? 大丈夫か?」
 「よく分からないんだ。苦しんでいる様子でもないんだけどな。何か訴えたいというか、そんな感じで日に何度か床を叩いている。それが最近ますます大きな音になってきてな」
 「そうなのか」
 「石神に相談したくて電話したんだ」
 「俺にもよく分からないけどなぁ」
 「申し訳ないが、一度様子を見に来てくれないか?」
 「分かった、週末に行こう。金曜は遅くまでオペが入っているので、土曜日に行くよ」
 「助かる! 本当に申し訳ない」
 「いいよ! お前の家のことなら何でもするからな!」

 俺は柳を連れて行くと言って電話を切った。
 一体何が起きているのか。
 考えても分からないので、俺は放置した。
 ロボと遊んだ。



 土曜日の朝6時。
 俺は柳と一緒にアヴェンタドールで御堂の家に向かった。
 一泊の予定なので、荷物は少ない。
 土産も叶匠寿庵の菓子折りだけだ。
 それとオロチのために、極上のシャトーブリアンを。

 柳には、状況を話している。

 「オロチ、どうしちゃったんですかね」
 「俺に聞かれてもなー」
 「石神さんにしか分かりませんよ」
 「おい、今週のオロチ当番はお前だろう!」
 「えぇー!」
 「お前は細いから、床下に潜れ」
 「無理ですよー!」

 「そうしなきゃ、オロチ当番日誌に書けないだろうが!」
 「無茶言わないで下さい!」
 「骨は拾ってやるぞ。ウンチの中だろうけどな」
 「絶対やめて下さいね!」

 途中のサービスエリアで、俺が作ったおにぎりを一緒に食べた。

 「あ! 美味しいです!」
 「これが柳の最後の飯かぁ」
 「石神さん!」

 「よく味わっておけよ」
 「……」
 
 俺の分の唐揚げも柳にやった。
 柳は俺を睨みながら、それを食べた。




 11時頃に御堂の家に着いた。
 柳が微笑んでいる。

 「柳、久しぶりだな」
 「そうですね!」

 柳が電話し、御堂家のみなさんがまた総出で出迎えてくれた。

 「石神、本当にすまない!」
 「いいって! ここに来るのはいつだって楽しみなんだ」

 中へ入り、座敷でお茶を頂いた。
 柳も嬉しそうだ。

 御堂に詳しい話を聞いた。
 毎朝の卵二個はちゃんと食べているらしい。

 「朝と晩に、床下を叩くんだ。今朝もあった。最近は畳が持ち上がるくらいの勢いなんだよ。どんどん強くなっている」
 「そうか」

 俺は別な部屋を見せてもらった。
 確かに畳みが持ち上がってズレている。
 根太を壊していないか心配なほどだった。

 「じゃあ、とにかく見に行こう!」

 オロチの土産のシャトーブリアンを俺が丁寧に焼いた。
 俺は御堂家のみなさんを引き連れて、いつもの軒下へ行った。
 卵の殻は回収されている。

 「おーい、オロチ! 遊びに来たぞー!」

 俺が叫ぶと、引き摺る音がしてきた。
 いつもよりも音が激しい気がする。
 みんなが緊張するのが伝わって来た。
 俺は手で、下がるように伝えた。

 オロチがでかい顔を見せる。
 俺に向かって、長い舌を何度も出し入れした。
 俺はその頭を抱え、撫でてやる。

 「おい、なんか最近暴れているんだって? どうしたんだよ」

 オロチは更に動き、全身を庭に出して来た。
 御堂家のみんなは、もっと後ろに下がる。
 俺はオロチの全身を見た。
 傷などは特に見つからない。

 すると、オロチが動き出し、俺を抱き締め(?)てきた。
 俺の周囲でとぐろを巻き、俺を締め付けて来る。

 「石神!」

 御堂が叫んだ。

 「大丈夫だ!」

 駆け寄ろうとする御堂を止めた。
 邪魔をすれば何をされるか分からないためだ。
 俺を締め付ける力は増していき、骨が軋むほどだった。

 俺は頭だけ出されて身動きが取れなくなった。
 
 オロチの大きな頭が俺の頭上にある。
 その口が開いた。
 舌が伸びて来て、俺の口の中に入った。
 豪快なディープキスだ。

 舌が俺の口の中でうごめき、外に出され顔中を舐められる。
 また舌が口に入れられた。
 その瞬間、舌を伝わって何かの液体が流し込まれた。
 思わず呑み込んだ。

 「石神ぃ!」

 御堂の声が聞こえた。
 もう、大丈夫だとは言えなかった。





 俺の意識が飛んだ。




 
 目覚めてブライトリングの時計を確認した。
 12時。
 暗いので深夜0時なのだろう。
 座敷に布団を敷かれ、寝ている。
 掛け布団は剥がれている。
 浴衣を着ているが、大きくはだけていた。
 下着も脱いでいる。

 夢を見ていた。
 着物姿の美しい女性との情交の営みだった。
 透けるような白い肌。
 少し冷たさを感じるその肌は、俺の燃えるような性欲に心地よかった。
 何度も女性に突き入れ、放った。
 十数度も続けられ、女性は満足そうに微笑んで去った。

 あまりに生々しい夢だったので、俺は咄嗟に股間やシーツを確認した。
 良かった、汚していない。

 俺の布団の上で、柳が寝ていた。
 
 「なんだ、こいつ?」

 よく見ると、部屋の障子が開け放たれ、縁側のガラス戸も全開だ。
 五月とはいえ、少し肌寒い。
 下着を履いて浴衣を整えてから柳を起こした。

 「おい、柳、起きろ」
 
 揺り動かすと柳が目を覚ました。

 「あ、石神さん! 大丈夫ですか?」
 「ばかやろー! 看病してる奴が寝ててどうする!」
 「すみません! でもちゃんと起きてたんですよ!」
 「ぐっすり寝てたじゃねぇか」
 「それが急に眠気が……」
 「使えねぇ!」
 「すみません」




 俺は柳に何があったのかを聞いた。

 「石神さんがオロチに巻かれちゃって。その後で舌を」
 「あー、その辺はいいから」
 「オロチが軒下に戻っていって、慌ててお父さんが石神さんを抱きかかえて運んだんです」
 「そうか」
 
 「そうしたら石神さんが「大丈夫だから寝かせろ」と言って」
 「そうなのか?」

 全然覚えていない。

 「だから様子を見ようってお父さんが。私がずっとついてるって言って」
 「グーグー寝てたってわけだな」
 「すいません」

 俺は部屋のことを聞いた。

 「柳、なんで戸を開けてるんだ?」
 「え! ああ! ちゃんと閉めてましたよ!」
 「?」

 柳が驚いていた。

 「柳」
 「はい、なんですか?」
 「お前、風呂に入って来いよ」
 「はい?」
 「ちょっとな、お前臭いぞ?」
 「エェッーーー!」

 柳は慌てて自分の匂いを嗅ぐ。
 起きてからずっと生臭い。
 柳が畳の匂いを嗅いだ。

 「石神さん、ここですよ!」
 
 俺も布団から出て、柳の示す畳を嗅いだ。
 確かに生臭い。
 あちこちを嗅ぐと、布団から縁側まで臭いが続いていた。

 「なんだこりゃ?」
 
 深夜だったが、風呂を借りた。
 柳も付いて来る。

 「やっぱお前も臭いのか」
 「違いますよ!」

 裸になった柳を嗅ぐが、柳は臭くない。

 「やめてくださいー」

 俺は笑って一緒に風呂に入った。

 「あ! お父さんに知らせないと!」
 「バカ! 今呼ぶんじゃねぇ!」

 湯船に一緒に浸かる。

 「石神さん、どうもないんですか?」
 「ああ、ちょっとだるいかな。でも問題ないと思うぞ」

 全身がだるかった。
 腰も鈍痛がある。
 そして、柳には言えなかったが、キンタマがちょっと痛い。
 その痛みには覚えがある。

 風呂から上がり、申し訳ないが台所を借りた。
 物凄い空腹だ。
 柳と来るときに食べたおにぎりが二個だけだった。
 柳にやった唐揚げが悔やまれるほどに腹が空いていた。
 柳に一応断り、卵を中心に食材を使わせてもらった。
 生卵を三つ呑み込んでから作った。

 目玉焼きを5枚。
 ニラの卵とじにベーコン。
 キノコ類を適当に淹れて味噌汁を作り、卵を落とした。

 柳も一緒に少し食べる。
 タンパク質中心の食事だった。

 柳が御堂を起こしに行った。



 「石神! 大丈夫なのか!」
 「ああ、迷惑をかけた。勝手に食事もいただいてしまったよ」
 「そんなことは構わない! 体調はどうなんだ?」
 「さっきまでだるかったんだけどな。もう大分いい。大丈夫そうだよ」
 「驚いたよ。お前が倒れて」
 「お前が担いでくれたんだってな。重かったろう?」
 「石神、お前」
 「アハハハハハ!」

 御堂は俺の様子を見て、一応安心した。

 「さっきまで起きていたんだがな。柳と交代しようと思ってたんだ」
 「そうなのか」
 「それが突然眠ってしまった」
 「ほら! やっぱりそうよ! みんな突然眠らされたの!」
 「柳、何言ってんだ」
 「だって! お父さんも椅子に座ったまま寝てたよね?」
 「うん」
 「ほら!」
 
 自分が眠りこけたのを誤魔化すなと言うと、柳が怒った。

 「私ちゃんと起きてたもん!」
 「お前、よだれまで出してたじゃん」
 「おとーさーん!」

 御堂が大笑いした。
 今日はもう寝ようということになった。

 「私、石神さんと一緒に寝る!」
 
 御堂と俺は笑って、早く布団を敷いて置けと言った。
 柳が駆け出して行く。




 「御堂、夢を見た」
 「どんな夢だ?」

 俺は夢の内容を話した。
 それと障子とガラス戸が全部開いていたこと。

 「そして部屋がやけに生臭かった」

 俺と御堂は黙って考えていた。

 「それとな。相当精子を放った。経験で分かるが、キンタマには一つも残ってねぇ」
 「!」

 「この痛みは覚えがある。女たち10人と朝までやりまくった時と同じだ」
 「石神!」
 「ああ、心配するな。布団には一滴も零してねぇ」

 御堂がまた大笑いした。

 「それはどうでもいいけど。でも、じゃあ」
 「ああ、ちょっと信じがたいがな」
 「石神、お前は本当に」
 
 柳が布団を敷いたと呼びに来た。
 御堂と一緒に部屋へ行った。

 「ああ、確かにまだ少し臭うね」
 「そうだろう?」

 俺がぴったりとくっついた布団を離すと柳が「あー!」と言った。

 「御堂、今日は柳に何もしねぇ。安心してくれ」

 御堂がまた大笑いした。

 


 翌朝。
 オロチは暴れなかった。

 朝食を頂き、軒下へ行った。
 また御堂家全員が来る。
 正巳さんが散弾銃を持ってこようとするので止めた。

 「御堂家の守り神でしょう」
 「いや、石神さんの方が大事だ。もしもの時には音で驚くかもしれん」
 「大丈夫ですから」

 俺が呼ぶと、オロチが顔を出して来た。
 舌を出して俺の顔を舐めまわす。
 俺は笑って頭を撫でてやった。
 あの部屋に篭った匂いがした。


  

 昼食を頂き、俺と柳は御堂家を出た。

 「石神さん、何があったんでしょうね?」
 「あー、お前は寝てろよ」
 「えー! お話しましょうよ!

 「雄しべと雌しべがな」
 「なんですか?」
 「まー、そんな話だ」
 「なんなんですかー!」







 家に帰り、蛇の繁殖期を調べた。
 大体5月から6月にかけて交尾するようだ。

 「へー」

 俺は深く考えるのをやめた。
 ロボがしきりに俺の匂いを嗅いでいた。
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