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缶コーヒー

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 「船田さん、元気でいるといいですね」

 亜紀ちゃんが呟いた。

 「本当にな」
 「それから連絡は?」
 「いや、ない。俺もあの店には行かなくなったし、会社の人に聞くこともないしな」
 「そうですかぁ」

 暗い話をしてしまった。
 俺はどうも、そういう話をしてしまう。
 思い浮かぶのが、まずそういうものなので、自分でもどうしようもない。
 別に、誰かに聞かせて暗くさせたいわけでもないのだが。

 俺は別な話をした。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 学生時代の弓道部の同輩で駿河という男がいた。
 弓道部内で俺と馬が合い、時々飲みに行ったりもした。
 御堂や山中、それに奈津江や栞以外にそういうことをする人間は何人かいた。
 駿河は御堂たちを除く中で、親しい関係だった。
 優しい奴で、後輩の面倒見がいい。
 弓道部内でも、その優しさで慕われていた。
 子猫を拾って、アパートでこっそり育てていた。
 大家に見つかって出て行けと言われたが、弓道部のみんなが大家に交渉し、なんとか許してもらった。
 子猫は後輩の一人が引き受けた。

 「こんなに大勢の人に大事にされてる人ならね」

 大家はそう言って笑って許してくれた。
 その後、また子猫を拾った。
 どうにも放っておけない奴だった。
 大家に見つかった。

 「もういいよ」

 大家はしっかり世話してくれるなら、と許してくれた。
 



 卒業後も連絡を取り合っていた。
 しかし、駿河の就職した証券会社は倒産した。
 大手の証券会社だったので、日本中が震撼した。
 ああいう大企業も倒産するのかと、多くの人が驚き不安を抱いた。
 突然の倒産であったので、駿河はいきなり路頭に迷った。
 俺はニュースで知ってすぐに連絡し、会おうと言った。
 駿河の住んでいた、千葉県八千代市のマンションへ行く。



 「大変だったな」
 「うん、俺も驚いたままだよ」
 「次の宛はあるのか?」
 「いや、まだなぁ。これから何とか探すよ」

 酒を飲みに行こうと言ったが、金がないからと断られた。
 俺が奢ると言ったが、それも断られた。

 「今誰かにご馳走になると、自分が本当にダメな奴になったような気になるから」
 「そうか! じゃあ酒を買って、外で飲もう!」
 「え?」

 「俺が酒を買うから、お前はつまみを頼む」
 「ありがとう、石神」



 俺たちは酒屋で酒とつまみを買った。
 酒は安いウイスキーにし、つまみも店でぶら下がっている安いものだ。
 二人で二千円も出さなかった。
 紙コップは店の人がサービスでくれた。

 「行こうか!」

 俺は駿河と一緒に歩き出した。
 部屋で飲むよりも、外の方がいい。
 俺はそう思って適当な場所を探した。
 何となく、丘に上がる道を歩いた。
 12月に入っており、夜は結構寒かった。

 丘の上の公園で飲んだ。
 酔いが回ると、駿河はようやく愚痴をこぼした。
 俺の前では、気を遣って元気な振りをしていたことは分かっていた。

 「石神、俺は頑張って東大まで行ったのに、どうしてなんだよ」
 
 駿河は涙を流した。

 「駿河、俺がいる。お前がどうにもならなくても、必ず何とかするよ」
 「石神……」
 「大丈夫だ。お前は大丈夫だよ。また思い切りやれよ」

 「ああ」

 しばらく話して、駿河はスッキリしたようだった。
 俺たちは帰ろうということになった。




 「おい、駿河! この木が有名な御神木だぁ!」
 
 俺が途中にあった木を指さした。

 「樹齢800万年だからな」
 「おい、それにしちゃ随分細いじゃないか」
 「あ、ああ。100万年前にダイエットに成功した」

 「ワハハハハハ!」

 「糖分を控えたんだな」

 「ワハハハハハ!」

 「手を合わせておけ! きっといいことがあるぞ!」

 駿河が笑った。
 手を合わせて「お願いします!」と言った。
 俺は帰り道に、そうやって駿河を笑わせた。
 駿河が立ち止まった。

 「石神、ちょっと待ってくれ」
 「どうした?」

 安い酒で悪酔いしたのかと思った。
 俺たちは1リットルのウイスキーを飲み干していた。
 捨てる場所が無かったので、俺がレジ袋に入れ、つまみのゴミなども持っていた。

 「大丈夫か?」
 「石神、これって花じゃないか?」

 駿河が地面を指さしている。

 「ああ、そうだな」
 「誰かが死んだのかな?」
 「そうじゃないか」

 駿河はじっと見ていた。

 「なんか、可愛そうだな」
 
 駿河がそう言った。
 枯れかけた花束の近くに、誰かがゴミ捨て場かと思ったのか。
 結構な空き缶やタバコの吸い殻、菓子のビニール袋などが落ちている。
 駿河がゴミを拾い始めた。

 「おい」

 俺が声を掛けても、駿河は黙々とやる。
 俺も手伝った。
 ゴミは俺が持っていたレジ袋に入れていく。
 綺麗になった。

 「ごめんなさい、何も持ってなくて。この花はもうちょっと置いていきますね」
  
 駿河がそう言った。
 花はまだ幾分か色を遺していた。
 俺が周辺で椿を見つけたので、幾本か手折って駿河に渡した。

 「ありがとう、石神」
 「いや、お前には負けるわ」

 駿河は微笑んで、椿を置いた。
 二人で手を合わせた。
 帰ろうとすると、駿河が振り返った。
 しばらく後ろを見つめ、暗い道に向かって笑って手を振った。

 「どうした?」
 「いや、なんでもない」

 俺たちは駿河のマンションへ行き、俺は一晩泊めてもらった。

 


 その翌週、駿河から連絡が来た。

 「石神! 〇〇証券で採用が決まったよ!」
 「おい! 良かったなぁ!」
 「ああ、それも信じられないいい待遇なんだ! 俺も驚いているよ!」
 「おし! また飲もう!」
 「ああ!」

 しばらく駿河の待遇などを聞いた。
 本当にあり得ない給料と共に、幹部候補として扱ってもらえるそうだ。

 「本当に良かったなぁ」
 「ああ、あの人のお陰かもな」
 「ん? 誰だ?」
 「お前が飲みに誘ってくれた時、一緒に途中で掃除しただろ?」
 「あ、ああ」
 「あの時、綺麗な女の人が、ありがとうって言ってくれた」
 「何?」
 「お前には見えなかったようだからな。あの時は話さなかったけど」

 駿河には霊感のようなものがあったらしい。
 初めて聞いた。

 「お前にもありがとうって言ってたぞ」
 「そうなのか?」

 俺が御神木のお陰だというと、駿河が大笑いした。
 俺はよく分からないので、とにかく飲もうと約束し、電話を切った。
 その日、帰り道で100円玉を拾った。
 駿河の話を思い出した。

 




 俺は大笑いして、先で見つけたワンコインの自動販売機でコーヒーを買った。

 「ありがとうございます!」

 そう言って、ありがたく頂いた。 
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