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挿話:「でぃあぶろ」な亜紀ちゃん

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 「ねぇ、斎藤君。学食に付き合って」
 「え!」

 亜紀は斎藤誠二の机の前で手を合わせた。

 「ね?」
 「わ、分かりました!」

 一度は惚れた女だった。
 しかし、今はそのために同道するのではない。

 あれは半年前……。






 放課後に体育館の裏に行く亜紀を、斎藤が見かけた。
 誰かに告白されるのだろうか。
 もしかして、それを受けたりはしないか。
 石神に諦めるように諭されて、一度は身を退いた。
 しかし、それが性欲だったとしても、亜紀を求める気持ちは無くならない。
 そして石神からは、その気持ちは消す必要がないことも告げられている。
 密かに、亜紀の後を追った。
 姿が見えないように、池の脇の草むらに身を潜めた。

 「石神、あんたちょっと調子こいてない?」

 髪を脱色した長身(亜紀よりも低い)の女と、グレーのメッシュを入れた太った女が亜紀の前後にいる。
 他にも、一目で不良と分かる女が三人、亜紀を囲んでいる。

 「お前よ、あたしの彼氏に色目使ったらしいじゃん?」
 「ちょっとツラぁいいからって、お前何様よ!」

 思わず覗き込んだ斎藤誠二は、亜紀の身体がブレたように見えた。
 次の瞬間、前後の女が身体を曲げて膝を折った。

 「「「!」」」

 他の三人の女が動こうとしたのは分かる。
 しかし、またその女たちが仰向けに倒れた。
 そして亜紀が一人ずつ顔に拳を入れていく。
 見る見る、女たちの顔が変わっていく。

 「おい、うっとうしいな。他に文句がある奴はいるのか?」
 「ひ、ひいへ」
 「お前ら、明日の昼に学食に来い」
 「は、はひ」
 「あ、それと、お前ら階段から落ちたのな?」
 「へ?」

 亜紀がまた一人ずつ殴った。

 「階段から落ちた、言ってみろ」
 「はひ! はいはんははおひは!」
 「よし! じゃあ明日な。逃げたら追い込むからな!」
 「はひ!」
 「屋上から自殺は嫌だよな?」
 「へ! はひ!」

 亜紀がこちらへ来るので、斎藤は池に隠れた。

 「あ、今度ここの鯉を捕まえてみるかな。お父さんも食べたしなー」

 斎藤の顔を鯉が突くので、もう死ぬかと思った。
 幸い、亜紀は池に近づかずに去った。
 びしょ濡れのままで帰ったが、苦にはならなかった。




 翌日、斎藤は学食で異様な光景を見ていた。
 昨日の5人の不良たちが亜紀のテーブルの前に立っている。
 みんな顔に包帯と湿布を充てている。
 見えている部分が変色している。
 一人が何度も配膳口とテーブルを行き来していた。
 みんなが見ている。
 昼休みの半分が過ぎた頃。

 「よし! 片付けろ!」

 不良たちが一斉に振り向き、テーブルの大量の食器を運び始めた。
 



 ある朝7時半。

 「てめぇ! なんでタカさんは昨日先に風呂に入ったんだよー!」

 長身の不良が蹴られた。
 机を飛ばしながら、教室の半ばまで吹っ飛ぶ。

 「スイマセンッシタ!」
 「おい、お前何笑ってんだ?」
 「いえ! 笑ってません!」
 「てめぇのツラは分かりにくいんだよ!」

 デブの女が腹を殴られ何かを吐いた。
 慌てて他の女が雑巾で拭く。

 誰よりも早く登校して勉強しようとした斎藤誠二は、地獄のような光景を見た。

 「そうだ、お前、あたしが電話した時にトイレに入ってたな?」
 「い、いえ! すみませんでした!」
 「トイレであたしの電話を受けるんじゃねぇ!」
 「はい!」
 「途中で千切って出ろ!」
 「分かりました!」

 どうやら、亜紀がむしゃくしゃしていたので、早朝に呼び出されたらしい。
 いい時間になるまで、斎藤誠二は隣の教室の掃除ロッカーに身を潜めた。
 ちょっと涙が出た。
 モップがやたらと臭かった。




 ある下校途中。
 駅前の繁華街で、男たちに囲まれた亜紀を見つけた。

 「あれは!」

 そのまま全員がゲーセンに入る。
 1分後。
 ゲーセンから激しい火が噴いた。
 すると中から血まみれの男たちが次々と路上に放り出される。
 誰も動かない。
 
 「きゃー」

 亜紀がそう言って、男たちを踏み越えて走り去った。

 「……」

 遅れて、泣き叫んで逃げ出す男女が出てきた。



 ある下校途中。

 「亜紀さんだ」

 前を歩く亜紀を見つけた。

 「ひったくりだよー!」

 老婆が叫び、その前50メートルを原付バイクが走って行く。
 亜紀の姿が消えた。
 その1秒後、原付バイクが四散した。
 乗っていた若い男がそのまま尻から地面に落ちて滑る。
 その横に亜紀が立っていた。

 「え?」

 バイクの男の胸がへこんだ。
 前のめりに倒れる。
 老婆にバッグを渡す。

 「はい、これ」
 「あ、ありがとう……」

 亜紀はニッコリと笑って去った。
 救急車と警察が来た。

 「犯人の原付が逃走中に事故を起こした模様。犯人は胸を強打して重症……」
 
 絶対そうじゃないと、斎藤誠二は思った。




 ある痴漢が亜紀の後ろから抱き着こうとした瞬間に、車道に吹っ飛んでトラックにはねられた。
 飛び出したネコを撥ねそうになった自転車が、次の瞬間に亜紀の肩に抱えられていた。
 工事中のビルで、亜紀の上に鉄骨が落ちて来て、次の瞬間に工事中のビルごと崩壊した。
 2500円で食べ放題の焼肉店が、亜紀と双子によって喰い尽くされた。
 その後で、ファミレスになった。
 しつこく亜紀を勧誘していた運動部の連中が次々と入院した。

 「い、いや、階段から落ちたんだから。絶対そうだから」

 斎藤誠二が一人の友人の見舞いに行くと、そう言って震えていた。

 徐々に亜紀に近づく人間がいなくなり、亜紀は独りでいることが多くなった。
 学食は事前に連絡が欲しいと亜紀に懇願した。 
 




 「ねぇ、斎藤くん!」
 「は、はい!」
 「夕べ、タカさんと遅くまで飲んでたから、今日はお弁当が無いのよ」
 「そ、そうなんですか」
 「さっき思い出したの! だから斎藤くんが学食で注文してね?」
 「わ、分かりました」

 そんなのが通用するわけない。
 しかし、断るという選択肢はなかった。

 「ところで、前によく一緒だった三年生の人たちは?」
 「ああ、みんな転校しちゃった。なんでかなぁ」
 「あはは」

 斎藤は、何とか笑ってみせた。
 学食で亜紀の言う通りにしたが、後で担任から散々注意された。

 「石神のことだからしょうがないけどな。でも学食の人たちも大変なんだ」
 「はい、すみませんでした」

 亜紀には一切の御咎めは無かった。




 二年に進級し、斎藤誠二は二組になった。
 ホッとした。
 そのうち亜紀の傍に、いつも柿崎真夜がいるようになった。
 最初は真夜が脅えていたが、そのうちによく二人で笑っている姿を見かけるようになった。





 斎藤誠二は、なんだかよく分からなかったが、それがちょっと嬉しかった。
 相変わらず、石神亜紀は美しい。
 久しぶりに、そう思った。
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