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柳のお仕事 Ⅱ

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 鍵を開けて玄関から上がる。
 柳は言われずとも、きちんと靴を揃えた。
 ある人が言った。
 
 《大きな声で挨拶が出来、靴を揃えて家に上がることが出来れば、それで教育は完了だ》

 至言と思う。
 相手との礼儀と、独りでの身嗜み。
 それを端的に表わしている。

 俺は柳を連れて、部屋の窓を開けていく。
 まずは空気の入れ替えだ。
 次いで水道をすべて流し、排水の詰まりを防ぐ。
 一度一階の戸締りをし、外へ出た。

 「奈津江の墓へ行こう」
 「はい!」

 歩いて15分ほどだ。
 寺の手前の花屋で花を買う。
 墓に供えると言えば、見繕ってもらえるが、今日は俺が選んで買った。
 線香は家から持って来ている。
 高尾山の甘茶香だ。
 最初に本殿に詣でから、墓所に向かう。
 二人で墓を掃除し、花を活けた。
 
 「素敵なお花ですね!」
 「今日はちょっとな。たまにはいいだろう」

 生け花のように飾った。
 桜の枝があったので、それが入って見栄えがいい。
 線香に火を点けて経を上げた。



 「奈津江、今日は新しい家族を連れて来たんだ。お前も知っている親友の御堂の娘で柳と言うんだ」
 「柳です。奈津江さん、初めまして」

 柳が挨拶した。

 「4月からうちに一緒に住んでるんだ。こいつも東大の医学部なんだよ」

 俺は柳についていろいろと話した。

 「まあ、御堂の娘だからいい奴だぞ。御堂ほどじゃねぇけどな!」
 「アハハハハ」
 「オッパイが綺麗なんだよ。まあ、奈津江ほどじゃねぇけどな!」
 「石神さん!」

 線香が燃え尽きるまで、楽しく話した。

 「じゃあ、また来るよ。ああ、今後はお前の家とここは、この柳に任せるつもりだからな。足りないことがあったら、化けて出てくれ」
 「石神さん?」

 「柳、お前に任せる。もちろん俺も時々来るけどな。世話をしてくれないか」
 「でも、奈津江さんの家とお墓は」
 「なんだよ?」
 「石神さんにとって、とても大事なものじゃ」
 「当たり前だろう?」
 「だったら、私なんて……」

 柳が戸惑っている。

 「大事だからお前に任せたいんだろう」
 「え!」
 「お前なら、本当に大切にしてくれる。だからだぞ?」
 「石神さん!」

 柳が泣き出した。

 「おい、嫌なのか?」
 「とんでもないです! ありがとうございます!」
 「ならいいけどよ」
 
 「私! 一生懸命にやりますから!」
 柳が涙を拭いて言った。

 「そんなに気合入れなくてもいいよ。普通にやってくれよ」
 「いいえ! 頑張りますから!」
 「そうか、宜しくお願いします」
 「はい!」

 俺が頭を下げると、柳は更に深く頭を下げた。




 俺たちは顕さんの家に戻り、また一階の風入れをしながら、コーヒーを飲んだ。
 即席のドリップ式のものを用意している。

 「石神さん、本当にありがとうございます!」

 柳が言う。

 「柳にもうちでの役目を、何かやらせるつもりだったんだけどな」
 「はい」
 「まあ、今後も家事は一通り覚えてくれ。自分の部屋の掃除と週に一度の洗濯の手伝い。それに夕飯の手伝いな」
 「はい」
 「それと、柳の専任の仕事がここだ。掃除は月に一度でいいからな。双子に手伝わせるが、お前が責任者だ」
 「はい! 私一人でも大丈夫ですよ?」
 「いや、広いから大変だよ。庭の草むしりとかもあるしな。そういう場合はもっと人数をかける」
 「ありがとうございます」

 「あと、月にもう一度、風入れと水回りを頼む。今日やったことだ。掃除はその時はいらない。ああ、防犯的な意味もあるからな。侵入者がいなかったかとかな」
 「分かりました」

 「あの、石神さん」
 「なんだ?」
 「何度も聞くのはあれなんですが、どうして私に任せてくれるんですか?」
 「さっきも言ったじゃないか。お前なら大切にしてくれるからだって」
 「でも、亜紀ちゃんとかもっと」
 「亜紀ちゃんもそうだろうけど、お前の方が大事にしてくれるよ」
 「え! どうしてですか?」

 「別に亜紀ちゃんがダメだということじゃない。性格の違いと言うかな」
 「はい?」

 柳が俺を見ている。

 「亜紀ちゃんは何でも決めて実行したがるんだ。それはそれでいいんだよ。でもな、ここは他人の家であり、他人の墓だ」
 「はぁ」
 「柳は俺に聞いてからやる。必ずな。だからだよ」
 「そうですか?」

 「おっかなびっくりと悪い言い方をすればな。でも、他人のものはそのくらいがいい。大切なものだから、念のために一応確認しようと考えるのがお前だ」
 「はぁ」
 「自分の性格はなかなか自分では分からないよ。だって、自分ではそれが良いと思ってやるんだからな」
 「そうですね」

 柳はまだ腑に落ちて無い。

 「亜紀ちゃんと前に来た時な。あいつ、奈津江のベッドで横になってやがった」
 「アハハハハ」
 「別にいいんだよ。布団は干しているしな。汚れた服でもない」
 「はい、そうですね」
 「でもな。汚したり壊したりしなくても、大事なものと思えばしない。そうだろう?」
 「はい。分かります」

 「もちろん、亜紀ちゃんだって俺に対する茶目っ気だよ。毎回そんなことをするわけじゃない。だから叱りもしないよな。でもなぁ、その微妙なところなんだよ、柳に任せたいというのは」
 「はい!」
 「お前は俺の大事なものだと徹頭徹尾考えてくれる。他人様のものだという意識は絶対に無くさない。俺はだから柳に頼みたいんだ」

 「良く分かりました!」

 「管理の仕方は後で教える。墓参りはさっきの通りだ。どうだ、やってくれるか?」
 「任せて下さい!」

 柳は嬉しそうに笑った。
 コーヒーを飲んで片付け、俺は柳に掃除の仕方を教えた。
 その後で、近隣に挨拶に行く。
 柳が維持管理をすると紹介した。
 他人が出入りすると、近所の人も心配する。

 顕さんの家に戻ると、綺麗な蝶が飛んで来た。
 アオスジアゲハだった。
 しばらく俺たちの上を舞い、柳の頭に止まった。

 「あ」

 柳が手を上げると、また舞い上がり、どこかへ消えた。





 俺たちは笑って家に入り、戸締りをして帰った。
 6時頃になり、既に夕飯の支度は出来ていた。
 レイも戻っている。
 六花と響子もいた。

 俺は食事の席で、柳に顕さんの家の管理を任せると告げた。

 「もちろん掃除はみんなでな。柳を手伝ってやってくれ」
 「「「「はい!」」」」
 「みなさん! 宜しくお願いします!」
 「「「「はーい!」」」」

 柳が嬉しそうに笑っている。

 「リュウ! 良かったね!」

 響子が言うと、柳が涙を零した。
 
 「え!」

 響子が驚く。

 「響子、これで柳もうちの奴隷になったんだ。こき使われてタイヘンになるんだよ」
 「ダメだよ、タカトラ! リュウは私のお世話係にして! リュウ、一緒に遊ぼう?」
 「おい、仕事が増えたな」
 「いいえ、喜んで!」

 柳が泣きながら笑った。

 「響子、私のお仕事ぉー」

 六花が言い、みんなで笑った。




 「柳は車の運転が出来るな?」
 「はい、春休みに免許を取りました」
 「じゃあ、車を買わないとなぁ」
 「え!」
 「俺が選んでやろう」
 「ありがとうございます!」

 「柳! 絶対やめた方がいい!」

 レイが叫んだ。
 みんなが笑う。
 亜紀ちゃんが柳に、シボレー・コルベットはレイが俺に頼んだと話した。
 
 「石神さん、自分で探しますね」
 「遠慮すんなよ」
 「試しに、どういうものを?」
 「丁度手に入れた装甲車があってよ」
 「もう結構です!」
 「そうなの?」

 俺は笑って、何人か乗れるものを探せと言った。
 掃除に行くのに、4、5人乗ることもあるだろう。

 「この石神家の雰囲気を壊すなよ?」
 「ハードル上げないで下さい!」
 「失格の場合は装甲車な」
 「!」

 レイが手伝うと言った。








 一ヶ月後、柳はトヨタの「アルファード」を中古で買った。
 俺が金を出すと言うと、遠慮して中古車にしたのだ。

 「おし! じゃあまずはシャコタンにするかぁ!」

 柳とレイが泣いて「やめてくれ」と言った。
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