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トラ&亜紀:異世界転生 XⅡ

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 俺は三日をかけて、30の地区の収容場所を回った。
 患者の数が多く、また消毒する家も多かったせいだ。
 寝る間も無い。

 その間に、5000人程がまた死んだ。

 幸い、他の町や村の感染はそれほどでもなかった。
 5か所の町で発病が発見されたので、俺はそちらも回る予定だ。
 その町では既に患者の隔離が手配されている。


 

 首都内では俺の指示が行き渡り、新たな感染者の収容施設も決まった。
 病気が治ることが周知され、発熱などの症状が出た場合は、迅速に集まるようになっている。
 隠していれば死ぬことが分かっているので、感染拡大はいずれ沈静化へ向かうだろう。

 「じゃあ、これから町を回るからな」
 「はい、よろしくお願いします!」

 選任された感染対策の役人が、俺を見送りに来た。
 
 「タカさん、お気を付けて」
 「ああ、亜紀ちゃんもな」
 「ネズミ、多いですよー!」
 「アハハハハ! まあ東京程じゃないさ」
 「そーですけどー」

 首都なので下水道があるが、各戸でもいるだろうし、飲食店は大変だ。

 「魔王探しどころじゃないですね」
 「そうだな。でも、絶対に終息させるからな。その後だ」
 「はい! でも前の村は気楽で良かったですね」
 「ああ。しょうがないさ」
 「前の時みたいに、来たら魔王が襲ってれば良かったですよね!」
 「まったくだな」

 俺は出発した。
 飛んで行くので、移動の時間はそれほどでもない。
 案内役を一人抱える。
 若い猫人族のトラヤールという男だ。
 子孫かー。



 「まずは一番離れた町に案内してくれ」

 トラヤールが指で方向を示す。
 最初は驚いていたが、すぐに慣れてくれる。

 「すごいですね!」
 「そうかよ」

 俺は笑って、少しスピードを上げた。
 10分ほどで着く。
 最大時速は200キロくらいだが、高空を飛ぶので実感は薄いだろう。
 町の全員が集まって来る。
 俺が収容場所で治療している間、トラヤールは町の人間に症状が出た場合の行動を説明する。
 そして俺の出した食糧を配布して行った。

 一日5カ所の町を回った。

 まだ周辺の町ではそれほどの感染者はいない。
 遠方の町村の調査も進めているが、まだ首都の感染でほぼ収まっているようだ。
 この世界は地球とは違う。
 人の移動がずっと少ない。
 移動は魔獣との遭遇もあるので、必要な場合以外はしないのだ。




 一週間で町の巡回を終え、俺は首都トランシルヴァニアへ戻った。

 「タカさーん!」

 空中から降りる俺を見つけ、亜紀ちゃんが手を振る。
 収容施設の前だ。
 俺と亜紀ちゃんのために用意された家に入る。
 商人の家らしいが、接収した。
 亜紀ちゃんが淹れたコーヒーを飲みながら、対策役人に首都の状況を聞く。

 「まだ感染者はいますが、徐々に減少しています」

 それでも、3万人が犠牲になった。
 



 俺は収容施設で治療を行ない、家に戻った。
 流石に疲れていた。

 「お疲れ様でした」
 「ああ、大分疲れたな」

 亜紀ちゃんと風呂に入った。
 王宮から用意されたようだ。
 板を巡らした湯船を急造したらしい。
 ただの箱なので、庭に置いている。
 
 「落ち着いたら魔王ですね!」
 「そうだな」

 亜紀ちゃんが嬉しそうだ。
 早くバトルがしたいらしい。

 「でも、ペストなんて驚きですよね」
 「そうだよなぁ。あって不思議じゃねぇけど、聞いたらこんなのは初めてらしいぞ」
 「そうなんですか」
 「誰も知らなかった。突然だったらしいよ」
 「じゃあ、大変でしたよね。治療法も分からないままどんどん死んで」
 「ああ、恐ろしい病気だ。地球でもヨーロッパで猛威を振るったからな」
 「ちょっと知ってます」
 
 「細菌の概念が無い時代には、悪魔が起こした風で拡がると思われたこともあったんだよな」
 「そういうのも分かりますね」
 「何しろ感染の拡大が異常だったしな。だからネズミが媒介したんじゃないと言う学者もいるんだ」
 「悪魔かもしれないですよねぇ」

 「ん?」

 「どうしたんですか?」
 「俺たちが獣人の国に来たのって、数か月前だよな?」
 「はい、そうですね」

 「前回は、俺と聖がこの国に来たら魔王が来た」
 「そうですね」

 「「あ?」」




 「羽虫!」
 俺は空中に叫んだ。

 「出て来い! 羽虫!」

 湯船の前の空間が光る。

 「何よ、呼んだ?」
 「お前、毎回出発はエルフの里の近くの森だよな?」
 「そうだけど」
 「そこからエルフの里に行って、次は人族のアイザックだな」
 「そうよね」

 「次は人族の王都クライスラーだ」
 「ほんとにね」

 「最後は獣人の国に行く、と」
 「ワンパターンだけどね」

 「おい」
 「はい?」
 「獣人の国に着くと魔王が来るって設定か?」
 「そうだけど?」

 「もちろん、今回もか?」
 「当たり前じゃない」

 俺は羽虫に「螺旋花」をぶち込んだ。
 羽が落ちて、羽虫は湯に沈んだ。

 「あにすんのよー!」
 「ふざけんな! 最初から教えろ!」
 「そんなの無理よ!」
 「なんでだよ!」

 「そういうことになってるから」

 亜紀ちゃんも「螺旋花」をぶち込む。
 生えかかっていた羽がまた抜け落ちた。

 「やめてよー! 暴力親子!」
 「じゃあ、今回はこのペスト菌が魔王なのか!」
 「そうよ!」

 異世界史上最小の魔王だろうなぁ。

 「感染が終息したら、俺たちは帰れるんだな!」
 「そうするわよ!」

 もう怒る気も失せた。
 羽虫に消えろと言い、俺たちはまた風呂に浸かった。

 「なんだかなぁ」
 「そうですねぇ」

 俺と亜紀ちゃんは長い溜息を吐く。

 「タカさん」
 「あんだ?」
 「もうバトルは無い、ということで」
 「そうだなー」

 「早く終わらせて帰りましょー」
 「おう」



 俺たちは「ウマヘビ」焼肉を食べ、酒を飲んで寝た。
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