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トラ&亜紀:異世界転生 Ⅸ

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 翌朝、広場の俺たちの家の前に獣人たちが集まって来た。
 村には虎人族を中心に、猫人族、それに若干の兎人族や犬人族もいる。
 俺と亜紀ちゃんで食糧を配る。
 冷蔵庫などは無いので、一日分だ。
 量はたっぷりとある。
 野菜や塩コショウの調味料も分けた。
 みんなが口々に礼を言って持ち帰る。
 
 俺が言ったことに従い、病人や怪我人も連れて来た。
 俺たちの家で治療を施す。
 肺アスペルギルスの患者はイレーヌさんよりも、みんな症状は軽い。
 怪我人は足に壊疽を起こしている者もいて、切断を覚悟していた。
 しかし、「エクストラ・ハイヒール」ですべて完治した。

 「タカさんはやっぱりお医者様ですね!」

 亜紀ちゃんが嬉しそうに言う。

 「そうだよな」

 みんな泣きながら礼を言ってくる。

 「こんなにしてもらっても、何もお返しできなくて」
 「俺は前に獣人の国で大変に世話になったんだ。こんなこと、恩返しにならないよ」
 「そうなんですか?」
 「ああ。信じてはもらえないかもしれないけどな。千年前にロボという女王に世話になったんだ」
 
 「え! トラ様!」
 「おお、知ってんのか? そうだ、俺は石神高虎という名前なんだ。今は娘が呼ぶから「タカさん」だけどな」
 
 夕方までに、村人全員に知れ渡った。
 別に構わない。
 本当に世話になったのだ。
 俺と亜紀ちゃんは自分たちの食事を終え、ルーとハーの家に行った。
 イレーヌさんは元気になっていたが、まだ体力が無いので寝ている。
 俺は食糧を渡しながら、ルーとハーにイレーヌさんの食事の作り方を教える。
 イレーヌさんの容態を確認した。

 「明後日には普通の食事でいいと思うぞ。一緒に食べろ」
 「「ワァー!」」

 元々獣人族、特に虎人族は体力が強い。
 しっかり食べれば、すぐに元に戻るだろう。
 俺と亜紀ちゃんは俺たちが持って来た茶を振る舞った。
 この世界での高級紅茶だ。

 


 「イレーヌさんはすぐに元気になるけど、今後生活はどうするかな?」
 「はい。村の畑や何かの作業をやりながら何とかします」
 「そうか」

 貧しい村だ。
 見たところ畑もそう広くはない。
 主に狩で生活していたと思われる。
 この家は他の家よりも造りが良い。
 恐らく、狩人だったイレーヌさんの旦那さんが村を支えていたことが関わっている。
 
 「村に、他に狩人は?」
 「あと3人いますが、夫がリーダーでした。だから今はあまり獲物が獲れずに」
 「あのね。もし良ければだけど、ルーとハーに俺が狩を仕込んでもいいかな?」
 「え?」

 「昨日森で二人を見た。恐ろしい魔獣と一生懸命に戦おうとしていた。流石は虎人族の子だと思ったよ」
 「ありがとうございます。でも、まだ幼くて狩にはとても」
 「大丈夫だよ。ハーは俺の娘と同じくらいだ。強いぞー、あいつらは!」
 「そうなんですか?」
 「ああ、双子なんだけどな。片方で人族の軍隊と対抗できるほど強い」
 「え!」

 「特殊な拳法があるんだ。それを教えるよ」
 「でも、何も知らない子たちですので」
 「うちのルーとハーもそうだった!」
 「あの」
 「大丈夫だ。この辺の魔獣なら絶対に負けない人間にするよ。俺に任せろ!」
 
 イレーヌさんは俺の手を握り、お願いしますと言った。

 「きっと旦那さんは立派な狩人だったんだろう。だから村の人もイレーヌさんたちの面倒も見てくれたんだろう」
 「はい、本当に感謝しています」
 「だから他にも栄養が足りない人間も出た。そこまでして助けてくれたんだ」
 「ええ」
 「また今度はルーとハーが村を助ける。俺がそうしてやる」
 「ありがとうございます!」

 


 翌日、俺たちはルーとハーを連れて森に入った。
 「花岡」の基礎の動作を教えていく。
 元々身体能力の高い種族だ。
 すぐに基礎を覚え、その日のうちに「螺旋花」が使えるようになった。
 もちろん、日本にいるルーとハーが「花岡」を数学的に解析し、理論を構築したお陰だ。
 太い木を簡単に吹っ飛ばす力に、二人が驚く。

 「これでブラックベアとも戦えるな!」
 「「うん!」」
 
 笑顔を見て、双子を思い出した。
 「花岡」の全ての技は教えない。
 大抵の魔獣を駆逐できる程度だ。

 「螺旋花」「仁王花」「絶花」「龍刀」「槍雷」「轟雷」それと「虚震花」だ。
 二週間で、それらをマスターした。
 もうドラゴンが来ても大丈夫だ。
 俺か亜紀ちゃんがついて実際の狩をさせた。
 次々と大物を仕留める。
 「仁王花」を使ってそれらを持ち帰るのだが、毎回門番の男に驚かれた。

 すぐに他の三人の狩人が認め、五人で出掛けるようになる。
 「サーチ」は獣人族は使えないので、獲物の追跡の技術などはこれから学ぶだろう。
 何にせよ、俺たちが供出しなくても、村の食糧事情は良くなった。



 ルーとハーは狩をしていない間に、よく俺と亜紀ちゃんの家に遊びに来た。
 懐いてくれているのは確かだが、珍しい食事を楽しみにしていた。

 「なんか、そっくりですよね」

 亜紀ちゃんは二人が来ると、嬉しそうに笑って料理を作った。
 ルーとハーは村の周辺の木々を倒し、畑を拡張できるようにした。
 木材は、また村の家を大きく出来るだろう。
 月に一度来る行商人に、ルーとハーが斃した魔獣の素材を渡し、多くの生活必需品を得る。
 
 「へぇー、いい狩人が育ったんですね!」
 「そうだ。次はもっといろいろ持って来てくれ」

 行商人と村長はお互い嬉しそうに笑って語った。
 数か月、俺たちは村にいた。
 本当はもっと早く旅立とうと思っていたが、気のいい連中との楽しい付き合いに、つい長引いた。
 俺と亜紀ちゃんは村の外に作った温泉に浸かりながら、そろそろかと話していた。
 獣人族は風呂に入らない。
 自浄作用で清潔を保つのと、油分が皮膚を保護する性質が強いためだ。
 たまに川で洗う程度だった。
 人族とは違う。

 「ちょっとのんびりしましたよね」
 「そうだな。でもそろそろ行かないと」
 「魔王なんてどうでも良くなっちゃいましたー」
 「おいおい」

 俺たちは笑った。
 確かに、こういう暮らしも悪くはない。
 
 「このまま村にいてもいいんじゃないですか?」
 「ダメだ。俺たちは帰るんだからな」
 「あっちにも大事な人間がいますしねー」
 「そういうことだ」

 俺と亜紀ちゃんはルーとハーが行かないような遠方に行って、強大な魔獣を狩って行った。
 基本的に魔獣は縄張りを持っている。
 だが、時折そこを出ることもある。
 村に危険を及ぼす可能性のあるものを、どんどん狩りつくして行く。
 それも大体終わった。

 「もう、この村でやることは無いよ」
 「そうですねー」

 亜紀ちゃんは立ち上がり、月光に美しい裸身を晒した。
 
 「あ、子作り!」
 「ねぇよ!」
 「アハハハハ!」




 俺たちは翌朝、村長の家に別れを告げに行った。

 「そうですか。本当に残念です」
 「俺たちもだ。もっと早く出るはずが、みんなといるのが楽しくて、長居をしてしまった」

 村長は伝承を語り出した。

 「遥かな昔。獣人の国に二人の人族の男が来た。魔王を斃し、国を救ってくれた。その後、魔人や魔獣を狩り、侵略する人族やエルフ族からも守って下さった」
 「そんなこともあったかな」
 
 「女王ロボは「トラ」と結ばれ、他の大勢の女たちも「トラ」に愛されました」
 「タカさん!」

 「伝承だ、伝承!」
 「絶対ヤッタんでしょう!」
 「伝承は尾ひれが付くものだぁ!」

 「今も首都トランシルヴァニアには、「トラ」の血を引く王族と多くの子孫がいます」
 「やっぱぁぁぁーー!」

 「亜紀ちゃん、やっぱここにいようか」
 「絶対確かめてやるぅ!」

 「「トラ」様は、伝承の通り、本当に素晴らしいお方でした」
 「そんなことはねぇよ」





 俺たちは大掛かりな送別会を開かれ、二日後に旅立った。
 ルーとハーは送別会の時からずっと泣いていた。

 「お母さんと村を大事にしろよ」
 「「うん!」」

 俺と亜紀ちゃんは、フワフワの毛に包まれた身体を抱き締めた。
 亜紀ちゃんも泣いた。




 俺たちはその日のうちにティボー王国首都トランシルヴァニアに到着した。
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