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挿話: 漢の道

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 俺の名前は或民ヤマト。
 或民家の猫だ。
 はっきり言って、俺は「漢」だ。
 ある日、飼い主が言った。

 「ヤマト。お前は漢の中の漢というものを見せて来なさい。女だらけの世界はもういい! お前なら出来る」
 「にゃー」

 外に出されるようになった。

 しばらく前から、ご近所の人間が少なくなった。
 俺は漢を見せるために、すこし離れた大きな家によく行くようになった。
 そこにはいつも大抵人がいる。

 「あ! またヤマトがきたよー!」

 この家のちっちゃいメスの片割れが叫んだ。
 なぜか、俺が近づくとすぐに見つける。
 他の人間は、全然気づかないことも多いのに、不思議な奴らだ。

 「ほんとだ! ヤマトー!」

 ちょっと大きいメスが叫んだ。
 俺を見つけるといつも寄って来る。
 まったく面倒なメスだ。 

 「ルー! さっき焼いたササミ持ってきてー」
 「あれ、ロボのじゃん」
 「ちょっとだけだから!」
 「分かったー!]

 こいつらは、俺が「或民」の家のもんだと知っている。
 前にちっちゃいメス二人が俺を追いかけ、家を特定した。
 塀や屋根まで昇って逃げたのに、ちゃっかりついてきた。
 人間にしてはやるな!

 「はい! ヤマト、食べていいよ」

 ちょっと大きいメスが俺の口元に肉を近づける。
 俺は或民の家で出されたものしか食べない。
 そう決めている。
 俺の漢の「義理」というものだ。

 「ヤマトー、美味しい?」
 「ムシャムシャムシャ」

 美味しかった。
 いいササミだな。




 ちょっと大きいメスが俺を抱き上げた。
 慣れてやがる。
 俺は抵抗し、獰猛に吼えた。
 
 「あ、亜紀ちゃん。ゴロゴロいってるよ」
 「ゴロゴロゴロ」
 「気持ちいいんだね」

 何ということか、俺の咆哮に脅えもしない。
 大した奴らだ。
 俺は思い切り睨みつけてやった。
 
 「目を細めて気持ちよさそうだねー」
 「ルーも撫でてあげて」
 「うん」
 「ゴロゴロゴロ」

 俺はちっちゃいメスに、鋭い牙を剥いた。

 「あー! ルーの手を舐めてるよ」
 「ペロペロペロ」
 「「カワイー!」」




 俺を恐れたか、メス共は俺を放した。
 もうちょっと吼えさせて欲しかった。

 「タカさんが返って来たよ!」
 「タカさーん!」 

 大きな、身体に響く低音。
 あいつが帰って来た。
 あいつは俺と同じオスで、まあ俺には及ばないが、なかなかの「漢」だ。
 俺からメスたちが離れ、「漢」に駆け寄っていく。

 「タカさん、お帰りなさい!」
 「おう、ただいま。何で庭にいるんだ?」
 「ルーが見つけたんですよ。或民さんのお宅のヤマトが遊びに来たんです」
 「ああ、ヤマトか!」

 俺は離れて「漢」を見ていた。

 「おい! ヤマト!」

 「漢」が手招きしている。
 俺は威厳を以ってゆっくりと近づいて行った。

 「あ! 一生懸命に駆けて来ますよ」
 「カワイイな!」

 「漢」がしゃがみ込んで俺を迎える。
 俺は腹に強烈な頭突きを見舞ってやった。
 漢同士の手荒い挨拶だ。

 「あー、タカさんに頭をスリスリしてますー」
 「タカさん、動物にモテモテだよね!」
 「アハハハハ!」

 俺は漢を見せつけたので、家に戻った。

 「ヤマト! また来いよなー!」
 「「バイバーイ!」」




 翌日。
 俺はまたあの家に行った。
 今日は、でかい白い奴が外に出ていた。

 「「ヤマトー!」」

 ちっちゃいメスが二人揃っていた。
 ちょっと大きいメスもいる。
 でかい白い奴が俺を見ている。
 あいつはちょっと強い。
 やりあえば互角だろうが、まあお互いに益はない。
 俺は堂々と目を合わせた。

 「ロボ、中に入って。ほら、ヤマトが怖がってるじゃない」
 「ああ、ちっちゃくなって目を逸らしてるよ。可哀そうに」

 ちっちゃいメスの一人がでかい白い奴を中へ入れた。
 ふん、俺を恐れたか。

 「もう大丈夫だからねー、ヤマト」

 俺は身体に触らせてやった。
 ちょっと大きいメスが俺を抱きかかえる。

 「あー、オチンチンちっちゃいね!」

 お前のオッパイもちっちゃいだろう!

 「にゃ!」

 額を小突かれた。 

 「亜紀ちゃん、何すんの!」
 「カワイソーじゃん!」
 「いや、なんかバカにされた気がして」

 「「……」」




 この家の「漢」が出てきた。

 「あれ? ロボはいなくなっちゃったかぁ。ああ、ヤマトがいるからだな!」

 「漢」は、毛が立ったものにヒモをつけて手に持っていた。
 
 「じゃあ、ヤマト! お前やってみるか?」
 
 「漢」が毛が立ったものを俺の前に置いた。

 「にゃ?」

 目の前で毛が立ったものが動き出した!
 なんだ、これは!
 俺の中で何かが爆発した。

 「お! 喰いついたぞ!」
 「「「アハハハハハ!」」」

 少し引きずられたので、一旦離れる。
 「漢」がまた俺の前に置いた。
 動き出す!

 「「「「アハハハハハ!」」」」

 みんな、俺の獰猛さに驚いているようだ。
 漢を見せてやって良かった。




 「タカさん、ササミをあげていいですか?」
 「ダメだよ。ヤマトはちゃんと家でご飯をもらってるんだからな。ここで喰うようになったら、或民さんに申し訳ない」
 「そうですか」
 「ちょっと遊ぶくらいはいいけどな。エサはダメだ」
 「分かりましたー!」

 ちょっと大きなメスが、俺の前に何かをフリフリさせた。
 棒の先に、フサフサしたものが付いている。

 「ロボはあんまり好きじゃないけど、ヤマトはどうかなー?」

 よく分らんが、「必殺昇竜拳」を撃ち込んだ。
 メスごと破壊してしまうかもしれない。

 「あ! 猫パンチ出しましたよ!」
 「おう、カワイイなぁ」

 フリフリが動き回り、俺の背中に回った。
 俺はついに、禁断の技を見舞ってしまった。

 《暗黒蛇邪破撃》
 「ニャニャー!」

 空間ごと破砕する恐ろしい技だった。
 もう、二度とこいつらを見ることはないだろう。

 「今度は猫キックだぁ!」
 「アハハハハ!」

 ちっちゃいメスたちが、またでかい白い奴を外に出した。

 「タカさん! ロボが出たがってるから!」
 「おう、ヤマトにあんまり近づけるなよな。怖がるからな」

 でかい白い奴の尾が分かれた。

 「あ! ロボ、それはよせってぇ!」

 尾がパチパチいって、でかい白い奴の口から何かが出た。
 俺の頭上を通り過ぎていった。
 後ろで大きな音がする。

 「タカさん! なんですか、アレ!」
 「あ、ああ。アレな」
 「知らなかったですよ!」
 「うん、まあ、そういうことだ」
 「「「エェッーーー!!!」」」

 俺はその場で眠った。

 「あぁ! ヤマトが気を喪っちゃいましたよ!」
 「しょうがねぇな。ちょっと毛布を持って来てくれ。冷やさないように寝かせてやろう」




 起きると、柔らかい、温かいものの上で寝ていた。
 「漢」が傍にいた。

 「ああ、起きたか? 大丈夫か?」

 「漢」が、ミルクを俺の前に置いた。

 「悪かったな。これは詫びだ」

 俺はミルクを飲んだ。
 男は黒い水を飲んでいた。
 これは「漢」同士の酌み交わしだ。
 やはり、こいつはいい「漢」だ。

 「おい、ちゃんと帰れるか? もうやらせないから、また遊びに来いよな」

 お前とは親友になれそうだな。
 俺の力が欲しい時は、いつでも言えよな.

 「ニャウー!」
 「アハハハ、じゃあ、またな!」

 「漢」は家の中に入った。
 俺も或民家に戻った。





 「ヤマト、「漢」は見せて来たかな?」
 美しい飼い主が俺に微笑みながら言った。
 俺はいかに漢らしさを見せつけて来たかを語った。

 「ニャナナナ!」
 「え! そうなの!」
 「ニャウ!」
 「って、何言ってんのか分かんないんだけどさ」

 「……」

 俺はミルクのいい匂いを全身に舌で拡げた。
 きっと、美しい飼い主も満足してくれるだろう。


 「漢」の道は険しい。
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