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君たちに幸あれ!

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 六花は遊ばない。
 ほとんどの時間が病院と自分のマンションだ。
 それと、石神との逢瀬。
 基本的に土日と祝祭日が休みだが、休みの間に響子に会いに行くことも多い。
 六花の時間は、主に響子だ。

 あとは食事の買い物。
 最近は石神に言われて、よく自炊するようになった。
 石神の教えてくれたレシピで作ると、美味しいものが出来る。
 ニコニコして食べた。

 服は、すでに膨大にある。
 だから買い物もしない。
 化粧品や日用品をたまに買いに行く。
 化粧品はいいものを使っているので、銀座のデパートだ。

 あともう一つだけ。
 六花は定期的にDVDを買いに、神保町に行く。
 唯一の趣味の買い物だ。
 
 『大人のDVD専門店・ヌケタロウ』

 8階のビル全体が売り場だ。
 フロアごとに、ジャンル分けがある。
 上のフロアほど、ニッチになっている。
 自動ドアにはフィルムが貼られ、中は見えない。
 しっかりとした目的意識がなければ、中に入らない。

 二度ほど、石神と来た。

 「あー、あの時は楽しかったな」

 一人呟く六花。

 二人で全部のフロアを回り、丹念にパッケージを見て楽しく話した。

 「おい、六花! これすげぇぞ!」
 「あ! ギャングバンですね!」
 「おお、48時間二穴だってよ!」
 「すごいですね!」
 「買いだな!」
 「ですね!」

 「これ、ちょっと響子に似てません?」
 「おお!」
 「買いですね!」
 「だな!」




 今日は独りだ。
 それもまたいい。
 新たな夢の空間を求めて、六花は最上階へ向かった。

 最上階は、「誰が買うの、これ?」という作品が集められている。
 オーナーかバイヤーはきっと凄い人だ。
 
 「今日もじっくり拝見します、師匠!」

 小声で叫び、六花は降りたエレベーター前で密かに頭を下げた。

 《店長オススメ!》

 六花はまっすぐに、その棚へ向かう。
 途中にはスカトロを超える物凄い作品が並んでいる。

 「あとで見るからね」

 そう声を掛けて突き進んだ。

 「あ!」

 またいる。
 時々、自分が最も愛する棚の前で全作品に目を通している男。

 いつもスーツだ。
 石神ほどではないが、高級そうなスーツ。
 一応は着ているというだけの、その辺のサラリーマンとは違う。

 髪が少し長い。
 ゆるやかにウェーブのかかった髪は、前に少し流れ、サイドで後ろに回っている。
 身長は175センチほどで、六花と同じくらいだ。
 痩せている。

 「ほんの少し、石神先生の雰囲気がある」

 六花はそう思っていた。
 知的で優しそうな雰囲気。
 見ているのはエロDVDだが、不思議と淫猥な感じはない。
 むしろ、欲情ではない目的でここにいるかのようだ。
 そんなはずはないのだが。

 本当は独りでじっくりと見たいが、この男は長い。
 待っているわけにもいかない。

 六花は男の隣に並んだ。


 「おや?」
 男が言った。
 六花も男を見る。

 「これは珍しい。あなたも「エロ光線」の方なんですね」
 「はい?」

 「失敬。ここはお互いに口を利かないのがマナーだとは分かっているのですが。僕の大学からの友人も「エロ光線」の人なもんで、つい珍しくて」
 「そうなんですか」

 ナンパではない。
 六花は歩いているとよく声を掛けられる。
 以前は意味が分からなかったが、石神のお陰で、自分が他人には美しく見えるらしいことは分かって来た。

 しかし、目の前の男は違う。
 自分を誘っているのではないことが分かった。
 本当に口にした通りなのだろう。
 ある意味、純真な人間だと感じた。
 言葉の意味は分からなかったが。

 「前にも何度かお見掛けしましたが」
 「はい、時々やって来ます」
 「そうですか。それは良いことだ」

 六花は笑った。
 本当にいい人なのだろうと思った。

 「私もお見掛けしてました。他の人とは違う、何か研究者のような」
 「おお! あなたは素晴らしい人ですね! 僕はずっとこういう映像を研究しているのですよ!」
 「そうなんですか」
 男は大層喜んだ。

 「大学の友人の勧めもあって、家には大きな書庫も備え付けたんです。もう数百万本を超えるコレクションになりました」
 「すごいですね!」
 「いや、まだまだです。Eの領域はあまりにも広大無辺だ」
 「そうなんですか」
 蜘蛛娘ではない。

 「でも、あなたもこのフロアまでいらっしゃるなんて、相当ですね」
 「私がお付き合いしている方を喜ばせたくて」
 「そうですか。それはお幸せに」
 「ありがとうございます」

 二人は会話を終わり、お互いに棚を漁った。
 無心でチェックしていると、偶然に同じタイトルを取ろうとして手がぶつかった。

 「すみません、どうぞ」
 「いえ、私こそ。お先にどうぞ」

 譲り合い、二人で笑った。
 六花が先に観させてもらった。
 優しい人だ。

 「お付き合いされている方も、こういうものがお好きなんですか?」
 「はい。何でも学生時代に知り合った方が、素晴らしいコレクターとのことで。毎月送って来てくれるらしいですよ」
 「え、そうなんですか。実は僕も親友に送ったりしているんですよ」
 「そうですか! 世の中には優しい方が多いんですね」
 「まったくです」

 「「アハハハハ」」

 また二人で無言で見ていった。
 
 六花は選んだDVDをカゴに入れていく。
 男も既に、大量のタイトルを入れていた。

 六花は男に会釈し、ニッチなジャンルの棚に移った。

 電話が鳴った。

 「あ、石神先生! え、ツーリングですか! 行きますよ、絶対! ああ、でも今神保町のあの店にいるんです。だから1時間後なら。はい、ええ。今日も一杯買いましたから、一緒に観ましょうね!」

 「石神!」
 男が小さく呟いた。
 当然、六花は気付いていない。

 「はい。もう買いましたから大丈夫ですよ。急いで帰りますから!」

 電話を終えた。
 男の所へ行き、挨拶した。

 「今日はお話できて楽しかったです。またいつか」
 「こちらこそ。彼氏さんと楽しんで下さい」
 「はい!」

 六花は輝くような笑顔で、一階のレジに向かった。

 「こんな偶然がね。どうりで「エロ光線」が弾けているはずだ」

 男も優しい笑顔を浮かべ、六花を見送った。








 「今月はなんだかなぁ」
 石神は、届いたいつもの石動コレクションを見て思った。

 「なんだかみんな、六花に似てるような気がするなぁ」
 10枚のパッケージを眺めた。

 「まあ、あいつは大好きだからいいか!」





 《親友へ 今回は君の幸せを祈りながら選んだよ。君たちの「エロ光線」に幸あれ!》
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