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『マリーゴールドの女』 Ⅳ

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 『マリーゴールドの女』は一ヶ月の公演予定が三ヶ月に延長された。
 チケットが異常に売れたせいだ。
 最初の一ヶ月の公演の土日と祝日は三日で完売した。
 他の平日もどんどん埋まって、一週間で全て売れた。
 延長の期間も、どんどん売れている。

 俺の病院関係者が多い。
 ナースたちは交代で休むので、平日のチケットも買っていた。
 そして、評判が評判を呼び、雪だるま式に増えて行ったようだ。
 一江のサイトや、あいつのSNSなどの効果も大きい。

 恐らく、最初の公演の評判がまた良ければ、爆発的なヒットになるだろう。
 公演前のチケットの売れ行きとしては、劇団最高を記録した。




 俺たちは、初回の土曜日の5時半のこけら落としの公演に行く。
 院長夫妻や一江たち部下も一緒だ。
 座席は違うが、あいつらも結構いい席を取った。
 院長夫妻は子どもたちと交換しようかとも思ったが、必要なさそうだ。

 子どもたちが楽しみにしていると伝えると、緑子がゲネプロの見学に誘ってくれた。
 しかし、舞台でちゃんと見せたいと断った。
 これ以上、迷惑はかけられん。



 三月中旬の土曜日。
 俺はハマーを出し、鷹や響子や六花をピックアップして出掛けた。
 六本木の劇場へ向かう。
 レイが自分まで行っていいのかと最初は遠慮した。

 「レイは家族だぞ」

 そう言うと、泣きそうになっていた。



 専用駐車場にハマーを停め、劇場の入り口に行く。
 俺が響子を抱えている。
 既に多くの人が並んでいた。

 「石神せんせいー!」
 うちのナースたちが多い。
 俺は手を振って笑顔を見せた。
 まあ、楽しんで欲しい。

 響子がチケットを見せると、係の人間に案内された。
 最前列の5席と、二列目の5席だった。
 俺が最前列の真ん中に座り、響子と亜紀ちゃんが両側に。
 その左右に身長の低い双子を座らせた。
 栞、六花、鷹、レイ、皇紀を二列目に座らせる。

 一江や院長たちは、広い通路を前にした六列目に座っていた。
 俺は院長夫妻に挨拶に行った。

 「今日はわざわざ、すみません」
 「いや、俺も楽しみなんだ。お前が脚本を書いたんだって?」
 「若気の至りですよ。冗談で書いたものが偶然に」
 「あら、そんなことを言って。石神さんはロマンチストだから、素敵なお芝居なんでしょ?」
 静子さんがそう言ったので、俺は恥ずかしかった。

 「終わったら、レストランを貸し切っているんで、是非いらして下さい」
 「ああ、寄らせてもらうよ」

 「部長! ハンカチ一杯持って来ましたから!」
 一江が言った。

 「お前のお陰で、大盛況だ。ありがとうな」
 「え!」
 「なんだよ?」
 「今、もしかしてお礼を言われました?」
 俺は一江の頭を軽く小突いた。

 「感謝してるよ、本当にな」
 「へぇー!」

 笑って席に戻った。
 
 響子がウズウズしている。
 なかなか外で映画や観劇などはできないからだ。
 見ると、亜紀ちゃんも双子も待ちきれない表情だ。
 演劇は初めてのはずだ。
 双子と皇紀は花束を持っている。
 まあ、皇紀が持っているのは、亜紀ちゃんが渡すものだが。

 ブザーが鳴り、会場が暗くなった。
 響子が俺の手を握った。

 いよいよ、舞台が始まる。




 ステラ(緑子)の父親アイザック・ハワードが亡くなるシーンから始まる。
 アメリカで花の出荷元として、投機的なブームもあり、一代で財を成した。
 一人娘のステラは、莫大な遺産を手にする。

 しかしステラは花を育てることには関心があっても、経営そのものには疎かった。
 徐々に父親の土地は他人の手に渡って行く。
 
 ある時、ステラの家に青年が現われる。
 銀行家であった青年クリストファーは、花の投機で失敗し、多額の借金を背負っていた。
 その借金の返済のために、ステラを利用しようと考えていた。
 ステラはクリストファーのためにマリーゴールドの花畑を作り、投機市場で成功していく。
 ステラのマリーゴールドは、非常に評判が良く、高値で取引されていった。
 傾いたステラの家も、再興した。
 
 ささやかなパーティで愛を告白する二人。
 二人は結婚し、一緒に暮らし始めた。
 二人には子どもが出来ず、ある日道で死に掛けていた少年アンソニーを引き取った。
 クリストファーは嫌がったが、ステラは少年を懸命に介護し、少年はステラに深い感謝を捧げる。

 しかし、クリストファーは、あるパーティで出会った女性マーガレットに一目惚れしてしまう。
 相手は鉄道で財を成した財閥の娘だった。
 ステラとの生活とマーガレットへの恋心の間で揺れるクリストファー。
 そして二人の関係を知ったステラは、ショックで声を喪ってしまう。
 それでも、ステラはクリストファーを信じて献身的に尽くし、マリーゴールドを育て続けた。
 傷心のステラを、少年アンソニーが懸命に支える。

 やがてクリストファーは、財閥の娘に子どもができたことを知る。
 ステラとの素朴な生活に倦んでいたクリストファーは、マーガレットに唆され、ステラの全財産を売り払う。
    
 突然に弁護士から伝えられた事実に、ステラは呆然とする。
 声にならない声で、泣き叫ぶ。

 アンソニーに支えられ、小さな荷物だけで家を出る二人。

 目の前に広がるマリーゴールドの花畑を見て、涙を流す。


 「ステラ! 僕はここにちゃんといるよ!」
 ステラはアンソニーを抱き締めた。

 「ステラ! 結婚しよう! 僕はステラの傍に一生いるよ!」
 ステラは驚き、アンソニーから一歩離れる。

 「離れないで、ステラ! もしも僕が嫌いなら、そのまま走って行って!」
 ステラはもう一度アンソニーに抱き着く。

 「離れないわ! 私は離れないわ!」
 「ステラ! 声が戻った!」

 「そう! 私は全て取り戻したわ!」

 二人はそのまま旅に出た。
 半年後、アラスカの大地に立った。

 「アンソニー、ここでマリーゴールドを育てましょう」
 「ここでいいの?」
 「ここにするの! 私はここで死ぬの!」
 「僕も一緒だよ!」

 二人は広い平原に走って行った。
 
 数年後、「ステラゴールド」という新しい品種の美しい花が、アメリカ中に咲くようになった。



 
 幕が閉じた。
 再び幕が開き、緑子を中心とした出演者たちが舞台に並んだ。
 みんな立ち上がって、盛大な拍手を送っていた。
 俺は花束を持って行くように亜紀ちゃんと双子を見たが、三人とも大泣きしている。

 笑いながら、呼びかけた。

 「おい、亜紀ちゃん! 花を持って行け!」
 亜紀ちゃんが俺を見て、皇紀から花を受け取った。
 双子の手を引いて、舞台に近づく。
 緑子に、脇の階段から上がれと示された。

 「石神!」
 俺を手招いている。
 仕方なく、俺も舞台に上がった。

 俳優たちが手招いて、俺たちを中央の緑子の脇に立たせた。
 マイクが緑子に渡される。

 観客に礼を述べ、他の役者やスタッフを労った後で、俺たちの紹介をした。

 「この素敵な舞台を書いてくれた、親友! 石神高虎です!」
 盛大な拍手が沸く。

 「そして、石神の可愛らしいお子さんたちにも、どうか拍手を!」
 亜紀ちゃんと双子がポーズを決めた。

 「なにそれ!」
 「「「マリーゴールドの女!」」」

 「アハハハハハ!」

 緑子が大笑いした。
 主だった役者にマイクが回され、それぞれに挨拶をした。
 また緑子にマイクが戻る。

 「では! 引き続き舞台の応援を宜しくお願い申し上げますー」

 「せーの!」
 亜紀ちゃんたちを手招いた。

 「「「「マリーゴールドの女!」」」」

 会場が拍手と大爆笑に包まれた。
 フラッシュが数多く閃く。
 しばらく、四人でポーズを決めていた。

 出演者たちも笑っていた。





 観客が帰って行く中で、俺たちは緑子の楽屋に呼ばれた。
 大勢で行くのも迷惑だろうと、亜紀ちゃんと双子と皇紀だけを連れて行った。
 他の人間には、ロビーで待っていてもらう。

 「石神、本当にありがとう」
 まだ舞台衣装の緑子が言った。

 「いや、何もな。でも、いい舞台だったぞ」
 「そう、ありがとう」

 「緑子さん! 感動しました!」
 「すごかったよ! 緑子さん素敵だった!」
 「最後のシーンは忘れません! 良かったぁ!」

 口々に、亜紀ちゃんたちも感動を伝えた。

 「ありがとうね! あの「マリーゴールドの女!」は最高だった! アハハハハハ!」
 「緑子、もし忙しくなかったら、俺たちは店を借りてるんだ。一緒に食事でもどうだ?」
 「え! 行く行く!」

 「じゃあ、待ってるから来てくれよ」
 「うん! ありがとう!」

 「お前、「ありがとう」って言い過ぎだぞ」
 「えー! だって本当にそうなんだもん」
 「そうかよ。じゃあ、また後でな」



 俺たちはロビーへ行き、みんなで移動した。
 院長夫妻を乗せたので、若干定員オーバーだった。
 皇紀を荷台に寝かせた。
 ベンチシートに座った亜紀ちゃんと双子が床の皇紀を蹴る。

 「おい、今日はいい服来てんだから靴で蹴るな!」

 亜紀ちゃんたちは靴を脱いで蹴った。

 「……」

 車の中では、みんなが舞台が良かったと言っている。

 「石神先生が書いたんですよね!」
 鷹が言った。

 「元はそうだけど、プロが全部書き換えてちゃんとしたいい芝居にしてくれたんだよ」
 「それはウソですね!」
 「本当だって!」
 「じゃあ、後で緑子さんに聞いてみます」
 「やめて、鷹ちゃん」
 「アハハハハハ!」

 響子が六花の膝で、一生懸命に話している。
 六花がニコニコと笑いながら聞いていた。

 「石神、本当に良かったぞ」
 院長が後ろのシートで言った。

 「だから、役者さんたちと、台本を書き直してくれた人たちのせいですって」
 「いや、お前は凄い。俺は感動した」
 「もういいですって」

 


 イタリアン・レストランに着いて、みんなを降ろした。
 俺のことは、もうやめて欲しい。
 早く緑子に来て欲しかった。
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