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優しいオジチャン。 Ⅱ

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 あまりにも大きな家だった。
 門構えからして違う。
 パパの家もそこそこ大きな家だけど、全然ここと比べたら小さい。
 しかも、なんだか拡張してる?
 元々の大きな敷地を囲う塀が、途中から新たに伸びてるよ?

 門の表札には「石神」としか無い。

 医者らしいけど、相当なお金持ちだ。
 俺のパパは地主だが、もっと桁違いだ。
 固定資産税、大変だろうなー。



 どういう人なのか知りたい。
 俺はパパの所有のアパートの家賃で、普通のサラリーマン以上の生活ができてる。
 住んでるのは、そのアパートの一室だけど、まあまあ広い。
 4LDKの大家部屋だ。
 月に100万円ていどの収入。
 いいだろう?

 でも、この石神さんって人は全然違うぞ。
 娘さんを下さいって言っても、多分聞いてもらえない。
 どんな人なんだろう。
 俺は御近所に聞いてみようと思った。

 お向かいさん。
 あれ、外人さんか?
 ええと、レイチェル・コシノさん。
 インターホンを押した。
 いらっしゃらない。

 そのお隣は……あれ、表札がないや。

 おかしかった。
 石神さんの周辺は、表札が無い家ばかりだ。
 インターホンにも応答がない。
 幾つかは、どこかの会社の所有のようだった。

 やっと一軒、表札が出ていた。

 ええと、「花岡」さんだ。
 ここも結構広いお宅だ。
 やっぱりインターホンには誰も出なかった。
 少し離れた場所に「佐藤」さんもあった。
 インターホンを押したら返事があった。

 「おいで……おいで……おいで……」

 ちょっと気持ち悪い人みたいなので、帰った。





 俺は仕方なく、あの天使ちゃんたちが買い物をしていた肉屋へ行った。

 「あの、石神さんってご存知ですか?」
 「あー、あのお医者様の!」
 「はいはい! 近所に引っ越す予定なんですが、どういう人かと」
 「ああ! 何しろカッコイイ人だよね。身長も高くて、なんていうの、イケメン? 芸能人にもあんな人はいないよ」
 「そうなんですか」
 「それに礼儀正しいしねぇ! 子どもたちと一緒に買いに来ることもあるし。子どもも随分と懐いてるよね」
 「へぇー」

 「前はうちでバンバン買ってくれてたんだけどねぇ。最近はあんまし。お客さん、良かったらまたうちでって石神先生に言って下さいよ」
 「はい、ありがとうございました」

 いい人っぽい。



 俺は毎日、天使ちゃんたちと一緒に、石神さんの家まで行った。
 もっと仲良くしたい。
 でも、どうすれば。
 ずっと石神さんの家を見ながら考えていた。

 トラックが来た。
 ああ、建築資材を運んでいるのか。

 「あ!」
 俺は開いた門でトラックを誘導している人に叫んだ。

 「僕をここで働かせてくださいー!」
 「あんちゃん、誰?」
 「お願いします! ここで僕を働かせて!」
 「おい、ちょっと待ってろ」

 男の人はトラックを誘導し、中へ入れた。
 
 「ちょっと監督呼んでくっから待ってろ」
 「はい!」

 現場監督の人が来た。

 「ここで働きたいの?」
 「はい! よろしく!」
 「でも、どこの誰か知らない人はなー」
 「履歴書書いてきます!」
 「そういう問題じゃないんだよね」
 「そこを何とか!」

 「じゃあ、6時頃にまた来て。石神さんに聞いてみないと」
 「分かりました!

 自分の勇気を褒めてやりたい。
 俺は、ここでずっと傍で天使ちゃんたちと一緒にいられる。
 そしてそのうちに、仲良くなって。
 一緒にお風呂に入っちゃったりしてぇ!

 「ワハハハハハ!」

 歩いている人たちに、指をさされた。




 その日の5時半頃に、門の前で立っていた。
 物凄い車が前に止まった。
 真っ赤なスポーツカーだ。

 「ああ、すいません。車を入れるんでちょっと離れてもらえますか?」
 窓を開けて、カッコいいサングラスをした人が言った。
 俺は頭を下げて離れた。
 車が中へ入って行く。

 ガレージに入れる音がする。
 その男の人が、また門の前に戻って来た。
 サングラスを外している。
 長身だ!
 凄いイケメンだ!
 高そうなスーツだ!

 「うちに御用ですか?」

 物凄い丁寧な人だ!

 「はい。こちらの工事現場で働きたくて。現場監督さんが、6時にまた来いと」
 「それで、今の時間から待ってたんですか?」
 「はい!」
 「ああ、悪かった。家に入って下さい」

 優しい人だ!


 俺は玄関に入れられ、応接室へ通された。
 ネコが男の人にじゃれついている。
 あの毛の生えた子が来た。

 「タカさん、お帰りなさい。その方は?」
 「ああ、東雲が呼んだらしいんだ。うちの現場で働きたいんだって」
 「そうなんですか」
 「コーヒーを淹れてくれ。ああ、コーヒーでいいですか?」
 「は、はい!」

 毛の生えた子が持って来た。
 物凄く美味しい。
 男の人は、石神さんと自己紹介してくれた。
 間違いなく、この家の御主人だろう。

 電話をされた。

 「おい、東雲! お前が呼んだ方がもう来てるぞ!」
 あの現場監督さんだろう。
 叱られているようだ。

 すぐに東雲さんが来た。

 「申し訳ありません!」
 「ああ、いいよ。事情を説明してくれ」
 「はい! 今日の三時頃にこの人が来て、うちで働きたいと」
 「中へ入って来たのか?」
 「いいえ、丁度運送のトラックを入れている時で。誘導してた小松が声を掛けられました」
 「そうか」

 「自分の一存ではと思い、石神さんが帰られる頃にまた来てくれと」
 「お前が遅れんじゃねぇ!」
 「すみません!」

 石神さんは、インターホンでまた誰か呼んだ。
 なんと、あの双子の天使ちゃんたちが来たぁー!
 俺は緊張しまくった。

 「「あ!」」
 「どうした?」

 天使ちゃんたちが、石神さんの耳に両側から小声で話してる。
 カワイイー!

 「そんなことがあったのかよ。それでこの人は?」
 「うん、問題ないよ」
 「優しいよ」
 
 「そうか」

 「ええと、お名前を伺ってなかったね」
 「はい! 灰寺亜蘭と申します!」
 「ああ、灰寺さん。どうも娘たちがあなたにご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ない」
 「はい?」

 「良かったら、うちで働いて下さい。その前に、お詫びをお渡ししないと」
 石神さんはまたインターホンで話した。
 分厚い封筒をくれた。

 「これをお納め下さい」
 俺が封筒を開けると、帯封をした一万円札が三つ入っていた。

 「えぇー!」

 「東雲! この人を使ってあげてくれ」
 「はい!」
 「いつから来れるかな?」
 「はい! 明日からお願いします!」
 「じゃあ、宜しくお願いします」

 石神さんは、立って深々と俺に頭を下げられた。
 なんて人だろう。

 「詳しいことは、この東雲に聞いて下さい」
 「はい! ありがとうございました!」

 石神さんは双子天使ちゃんと一緒に部屋を出られ、俺は東雲さんと少し話をした。



 「現場の経験は?」
 「はい! 初めてです!」
 「そうなのかよ。じゃあ、最初は追廻からだな。体力は大丈夫かい?」
 「はい! 愛がありますので!」
 「ああ? まあいいや。明日は9時に来てくれ。ああ、作業着はこっちで用意するかぁ」
 「宜しくお願いします!」



 翌朝9時前に門の所にいると、東雲さんが中へ入れてくれた。
 俺は一応履歴書を書いてきて、それを渡した。

 「まあ、あのルーさんとハーさんが大丈夫って言った人だからな」
 「はい?」
 「じゃあ、あんちゃん、みんなを紹介するよ」
 「はい!」



 スッゲェ怖い人たちだった。
 何人かの人が、袖口や首元に刺青が見えていた。
 
 「てっめぇらぁー! 今日も石神さんのために! 命かけて作っぞぉー!」
 「オォォォォーーーゥ!!!」

 「おおーう」




 その日の午前中に倒れた。
 東雲さんが、今日は帰れと言った。

 「石神さんに言われたから、あんちゃんの面倒はちゃんと見るからな」

 怖いけど、すっごい優しい人だった。
 俺は涙が出た。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「東雲ぇ、あの若いのはどうだったよ?」
 「へぇ、午前中に倒れやがって。しょうがないんで、そのまま帰しました」
 「そうかぁ。まあ、頼りねぇがたいだったもんなぁ」
 「まだ、続けさせますか?」
 「ああ。ちょっとなぁ、ハーが暴走してぶっ飛ばしちゃったらしいんだよ」
 「えぇ! よく生きてましたね!」

 「流石に加減してるよ。でも20メートルも吹っ飛んで、救急車で運ばれたってよ」
 「あちゃー」
 「ご本人は覚えてねぇようだけどな。でもだからって、もう邪険にはできねぇよ」
 「確かにです」
 「まあ、本人の気が済むまでな。悪い男じゃないのは確かだ」
 「はい、分かりました」

 「ちょっと楽な作業をなるべく回してくれ」
 「はっ!」

 俺は電話を切った。
 公安でも「業」でもないのは分かってる。
 しかし、なんでうちに来たがるのか。
 亜紀ちゃんかレイあたりに一目惚れか。






 まあ、何の危険もねぇけどな。
 何にしても、優しそうな奴だった。

 ああいうのは、嫌いじゃない。
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