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シェフ ロドリゲス

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 俺の名前は、セバスチャン・ロドリゲス。
 ロックハート家の総料理長(CHEF)だ。

 ロックハート家の方々には、随分とよくしていただいている。
 有名ホテルのフランス料理レストランでスーシェフ(副料理長)をやっていた俺はロックハート家に引き抜かれた。
 破格の条件だった。
 仕事は、ご家族の方々の三食の食事。
 それと使用人200名ほどの食事。
 来客への食事。
 また、時折開かれるパーティでの料理。
 大変な時も多いが、非常に遣り甲斐のある仕事だった。
 それは、ご家族の方々が、いつも自分の料理を美味しいと褒めてくれるからだ。

 「ロドリゲス、あなたのお料理でいつも楽しく過ごせます」
 ある日、シズエ様がそうおっしゃった。

 「義父やアルや響子も、あなたのお料理を楽しみにしていますよ」
 「そうですか。ありがたいことです」

 その後、シズエ様はことあるごとに使用人からも絶賛されていると伝えてくれる。
 使用人への賄は、別な料理人たちにやらせている。
 メニューは俺を通すが、ほとんど俺は関わったことがない。
 シズエ様の御言葉を聞いて、俺はたまに味を確認し、指導するようになった。
 特にソーシエ(ソース担当)とロティシエール(肉料理担当)への指示が増えた。
 シズエ様から、一層評判を聞く機会が増えた。
 本当に、評判をちゃんと聞いて、俺に教えてくれているのだ。





 あるパーティで、トゥルナン(雑用・手伝い係)の一人が高熱を出していることに気付いた。
 体調不良や病気の場合は、事前に申告することになっている。
 そのトゥルナンは、あちこちで手伝いをしていた。
 俺はシズエ様に報告し、今日は料理を提供できないと告げた。
 シズエ様は微笑んで俺の報告を聞いていた。

 「ロドリゲス、よく気付いてくれました。早速手配いたしましょう」
 「シズエ様!」
 「良いのです。あなたのお陰で危機を脱することが出来ました」
 俺は伝手を辿り、なんとかパーティの料理を用意した。
 全員で、厨房を徹底的に消毒し、掃除した。
 広い厨房なので、朝までかかった。

 俺は処分、最悪は解雇を覚悟した。
 当然のことだ。
 いつまでもその話が出なかったので、シズエ様に伺いに行った。

 「あの、先日のパーティでの不始末、申し訳ありませんでした」
 「ああ、あれですか」
 「何か処分を下していただきたく、参りました」
 「それは、もう済んでいますよ?」
 「はい?」
 「私は夜を徹して厨房全体の消毒を命じようとしました。もちろんあなたにもその監督を命じるつもりでした」
 「それは、当然のことです」

 「私が見に行くと、あなたはそれは必死に指示をなさっていました。時折反発されていたようですが、あなたは指示を曲げることはなかった。あの姿に感動いたしました」
 「見ていらっしゃったんですか」
 「はい。ロックハート家の最も重要な部門ですからね」
 「!」

 「ロックハートは様々な事業を展開しています。でも、私は人の繋がりが最も大切だと思っています。信頼と友好。それがロックハートの発展を支える基盤です。うちへご招待する方々に、最大のおもてなしをする料理部門は、中でも最重要です」
 「シズエ様……」
 「ロドリゲス、いつも本当にありがとう。あなたが来てくれて、ロックハートは安泰です」

 俺は思わずシズエ様の手を握り、膝まづいた。
 涙が出た。
 何十年ぶりに泣いた。



 俺は問題のトゥルナンを解雇するつもりだった。
 しかし、シズエ様がそれを止めた。

 「なぜですか? 解雇は当然の処分で、むしろ賠償を請求する問題です」
 「あなたの言うことはもっともです。しかし、彼を遺して彼の顔を見るたびに、みんな自己申告を忘れないと私は思います」
 「それは!」
 「誰にでも失敗はあります。でも重要なことは、その失敗を繰り返さない、対処の方法を知る、そういうことだと私は思います」
 「しかし……」

 「ロドリゲス、私はね、あなたたちや他の使用人も、家族だと思っているのですよ」
 「!」
 「あなたは子どもが失敗したら、家を放り出しますか?」
 「シズエ様……」
 「彼に失敗を償わせ、失敗を乗り越えさせなさい。それがあなたの仕事です」
 「かしこまりました!」

 俺は厨房の人間全員を集め、シズエ様の御言葉を伝えた。
 全員が気を引き締め、一層仕事に邁進するようになった。
 執事長にも話した。
 彼も感動していた。





 しばらく前に、シズエ様の友人のお子さんたちが来ると聞いた。
 
 「ロドリゲス、お子さんたちは、とても食べる方たちです」
 「そうなのですか」
 「ステーキが特に好物です」
 「はい、分かりました」
 「ロドリゲス、それであなたはどれだけのステーキを用意するつもりですか?」
 「は、はい。よく召し上がるということなので、2ポンド程ご用意しようかと」

 「アハハハハ!」
 シズエ様が笑われた。
 そんなに笑われるのは、初めて見た。

 「ロドリゲス、そうですよね。普通はそう思います。でもね、あの双子ちゃんは違うの。そうねぇ、30ポンドは用意して。それと追加があるかもしれないから、あと10ポンドもね」
 「シズエ様! それはいくらなんでも」
 「まあ、言う通りになさい。あなたも面白いものが見られますよ」

 言われた通りに用意した。

 俺は驚いた。
 20ポンドがたちまち消え、途中で追加を急がせた。
 なんとか40ポンドをお待たせせずに出せた。
 シズエ様に呼ばれ、俺は小さな双子に会った。
 二人はニコニコして、揃って俺に頭を下げた。
 
 「ロドリゲス、あなたのステーキと料理がとても美味しかったと言ってますよ」
 「そ、それはよろしゅうございました」
 「タカさんの次に美味しかった!」
 双子の一人が言った。
 シズエ様が通訳して下さった。
 TAKASANというのは、日本の有名な料理人なのだろう。
 二人は俺の両手を取り、一緒に写真を撮って欲しいと言った。

 「あのね、実はまだ食べられるの」
 「でもね、あんまし他人の家で食べるなって、タカさんに言われているの」
 シズエ様がまた通訳して下さった。
 俺は大笑いした。
 可愛らしい双子を大好きになった。



 先日、シズエ様からまたあの双子が来ると伝えられた。
 双子の姉と兄も来るそうだ。
 俺はとても楽しみにした。
 姉も兄も、東洋人の美しい顔をしていた。
 最初に、わざわざ厨房に来て、「It’s my pleasure to meet you.」と姉が言った。
 妹たちが以前に大変よくしてもらってと言う。
 綺麗な英語だった。
 丁寧な、育ちの良い人間だと思った。

 シズエ様に、前もっていつでも料理を提供しますと言っておいた。
 シズエ様は笑って、ありがとうと言われた。

 実際、子どもたちはよく食べた。
 俺は200ポンドのステーキを用意していたが、間に合わないと思った。
 しかし、不思議なことに、ぴったりと、それで収まった。
 シズエ様が後で教えてくれた。
 事前に肉の量を宣言しておくと、そこまでで収まるそうだ。

 「でも、自分たちが食べた量が分かるのですか?」
 「はい。何しろ、肉食の専門家ですから」
 そう言って、シズエ様は笑われた。
 子どもたちが来て、シズエ様も楽しそうだった。



 二日目。
 夕飯を出した後で、子どもたちが来た。
 食器の後片付けをするのだと言う。
 そんな客は今までにいない。
 シズエ様の許可も得ているとのことなので、俺も洗い場に案内した。
 子どもの遊びの一つかと思っていた。
 違った。
 プロの俺たち以上に、彼らは上手く、丁寧だった。
 呆然と見ている料理人たちから鍋やフライパンなどの調理器具も奪って、みんな洗ってしまった。
 しかも、非常に早かった。
 俺が礼を言おうとすると、床を磨きだした。
 俺たちは大笑いし、小さな素敵な日本人を大絶賛した。
 明日からの料理に、一層腕を振るおうと思った。


 数日後の昼食の後で、三姉妹が厨房に来た。

 「何か召し上がりたいものがありますか?」
 俺がそう尋ねると、姉が厨房の一部を貸して欲しいと言った。
 普通は当然断るのだが、俺は笑って許した。
 オーブンを使うようだ。
 見ていると、クッキーを焼くらしい。

 「クッキーならパティシエにやらせますが」
 「いいえ、自分たちでやりたいので」

 俺は興味を持って傍で見ていた。
 エプロンに日本の文字が刺繍してある。
 俺が尋ねると、意味を教えてくれた。

 「私のが「The Gluttony Queen」、妹たちのは「The Piranha older Sister & younger Sister」です」

 俺はまた大笑いした。
 最高の客だ。


 大量のクッキーが焼き上がった。
 俺は味見をして良いか聞いた。
 食べて見たかった。


 「いいえ、これは皆さんのために焼いたんです。とても良くしていただいたので」
 「!」
 何枚かの大皿にクッキーを乗せて行った。

 「他の掃除なんかをしてくれた方々にもお渡しします」
 俺は運ぼうとする三人を引き留めた。
 執事長を呼んだ。
 姉の話を伝えた。
 
 「ありがとうございます。これはわたくしがお預かりし、必ず全員に配ります」
 執事長は丁寧に挨拶し、そう言った。
 姉妹は深く頭を下げて出て行った。
 クッキーはとても美味しかった。
 みんなで喜んで頂いた。




 子どもたちが帰った後、俺はシズエ様に話しに行った。

 「とても素敵なお子さんたちでした」
 俺はしてもらったことを、改めてシズエ様に報告し、楽しい日々だったと御伝えした。

 「またいしゃっしゃって頂きたいものです」
 シズエ様は嬉しそうに微笑んでいた。

 「ロドリゲス、大丈夫ですよ。またいらっしゃいます」
 「そうですか! 楽しみです!」





 俺は料理人になって良かったと思った。
 人生での楽しみが出来た。 
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