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怪物の影

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 月曜日。

 「ほらよ!」
 一江が俺に先週の報告書を投げて来た。
 腕を組んで俺を睨んでいる。
 俺は拾って一江の顔にビンタした。

 「上機嫌じゃないんですかぁー!」
 「バカなのかてめぇは!」
 窓から部下たちを見ると、「お給料を上げて下さい」「女を紹介して下さい」「亜紀ちゃんと結婚したい」「殴らないで下さい」などと、プラカードを持っていた。
 俺は親指を立てて、首を掻き切る仕草を見せた。

 「ヒィッ!」

 全員がプラカードを捨てた。




 俺は午前中のオペを終え、六花と昼食に出た。
 今日は近所の魚の美味い店だ。
 俺は赤魚の煮物を頼み、生卵から納豆へ変更する。
 六花も同じようにした。
 店主が椀に吸い物を淹れてくれる。
 千切りの油揚げだけだが、魚の出汁が濃厚に出ていて美味い。
 
 「土曜日に、御堂を連れて、また沼津の寿司屋に行くんだ」
 「そうなんですか」
 「栞も連れて行くんだけど、お前も一緒に来ないか?」 
 「いいんですか?」
 「もちろんだ」
 六花は嬉しそうだ。

 「あの、響子は無理でしょうか?」
 「そうだなぁ」
 「私が面倒見ます」
 「体力は大分ついてきたけどなぁ。ハマーだけど、どう思う?」
 「大丈夫だと思います」
 「そうか、じゃあ連れてくか」
 特別移動車ほどではないが、俺のハマーはサスペンションがいい。
 それに大型車特有の揺れの少なさもある。

 



 水曜日の夕方、アビゲイルから呼ばれた。
 仕事を終えてから、アメリカ大使館へ赴く。
 俺は入り口でアビゲイルからもらった身分証明書を提示した。
 面倒な検査を受けずにスムーズに中へ入れてもらえる。

 受付でアビゲイルが待っていた。
 豪華なソファセットのある部屋へ通された。
 女性がカプチーノを運んでくる。
 俺のカップは大きい。
 俺の好みを分かっている。

 「わざわざ済まない、イシガミ」
 「いや、あの輸送の件か?」
 「そうなんだが、君も一度会っているレイチェル・コシノが来週に来るんだ」
 「ああ、レイか! 彼女が責任者なのか?」
 「運搬の責任者は別にいるが、レイは総監督的な立場かな」
 「そうなのか。若いのにすごいな」
 「レイは特別だ。シズエの信頼が篤く、実際仕事の能力も高い。ロックハートの中枢にいる一人だ」
 「へぇー」

 レイの経歴を簡単に教えてもらった。
 日系人で大学はMITの機械工学だそうだ。
 他にも幾つかの大学で博士号を取っている。

 「シズエが子どもの頃から面倒を見るようになって、そのうちにうちで働くようになったんだ」
 恐らく静江さんの能力なのだろう。

 「レイにはうちの双子が随分と世話になった。俺も歓迎させてもらうよ」
 「よろしく頼む」
 「向こうに着くまでは双子が護衛に加わる」
 「アキはどうなんだ?」
 「そこまでは必要ないだろう」
 「でも、シズエはできればアキも一緒に来て欲しいと言っているんだ」
 「そうなのか!」

 静江さんがそう言うのならば考えねばならない。
 何かが見えているのかもしれない。

 「静江さんは何か言っていたか?」
 「アキがいれば安心だと言っていた」
 「そうか」
 「分かった。亜紀ちゃんにも頼んでみるよ」
 「宜しくたのむ。どうも大変な世の中になったな」

 俺は笑って握手をし、別れた。




 木曜日。
 俺はマリーンのジェイと会った。
 赤坂の料亭を予約した。

 「おい、タイガー。まさかワリカンだなんて言わないよな」
 「大丈夫だ、お前の奢りだ」
 「冗談じゃねぇ! 俺はリョーテイの金額を知ってるぞ!」
 「分かった。じゃあこの次は頼む」
 「ああ、バーガーだからな」

 俺たちは真剣に話し合った。

 「静江さんが亜紀ちゃんの出撃を要請した」
 「それは、敵が来るってことか?」
 「ああ。それも尋常じゃない相手だ」
 「お前の娘たちが強いのは知っているが」
 「多分、相当な敵だ。通常戦力ではない」
 「どういうことだ?」
 ジェイは俺たちの市街戦しか知らない。
 丹沢での訓練も見せているが、本来の力は隠したままだ。

 「通常戦力での攻撃ならば、お前たちマリーンで十分だ。ミサイルなら別だけどな」
 「そうじゃない相手なのか?」
 「亜紀ちゃんは山を吹っ飛ばす」
 「!」
 「双子もミサイル程度ならば対応できる。でも、それでも間に合わないかもしれない戦力ということだ」
 「一体どんなバケモノが!」

 「分からん。でも、今の俺たちには想像もつかないんだろうよ」
 「うーん」




 鈴の音が聴こえた。
 密会もできるように、部屋に近づくのを知らせる気遣いだ。
 俺たちは運ばれた料理を喰い、しばらく堪能した。
 料理が下げられ、つまみと酒を置いて店の人間は出て行った。

 「ジェイ、「ヴァーミリオン」については何か分かったか?」
 「まだだ。でもNSAあたりが囲んでいることは分かった」
 「軍の方ではどうなんだ」
 「まだ分からない。陸軍あたりと検討はつけているけどな。以前から機械化兵団の構想はあったからな」
 「そうか、引き続き頼む」
 「分かった」

 「ターナー少将はお元気か?」
 「ああ。タイガーに送られたサプリを気に入っているよ。なんだか若返ったようだと」
 「そうか」
 俺は「α」と「オロチ」の粉末をごく少量含んだ飴を送っていた。
 まだターナー少将には死んでもらうわけにはいかない。
 ジェイにも渡している。

 俺たちは料亭を別々に出て別れた。


 

 家に帰ると、ロボが駆け寄って来る。
 俺は笑って抱き上げて階段を上った。

 「夕飯は大丈夫ですか?」
 亜紀ちゃんが聞いて来る。

 「ああ。ジェイと食べたからな。コーヒーだけくれ」
 「はい!」
 亜紀ちゃんは自分の分も淹れて座った。

 「亜紀ちゃん、頼みがあるんだが」
 「はい! なんでもどうぞ!」
 「来月、双子がロックハートに荷物を渡しに行くのは知っているな」
 「はい」
 「亜紀ちゃんにも一緒について行って欲しいんだ」
 「え、分かりました」

 「静江さんが何か感じているらしい」
 「それって」

 「亜紀ちゃんが必要なほどの相手だ。でも、静江さんは亜紀ちゃんがいれば安心だと言っていたそうだ」
 「そうですか。じゃあ、一緒に行きますね!」
 亜紀ちゃんは明るく笑って、そう言ってくれた。

 「荷物なんかどうでもいい。亜紀ちゃん自身と双子を守ってくれ」
 「はい!」
 「必ず帰って来てくれ」
 「タカさん、何言ってんですかー! 当たり前じゃないですか」
 「そうだったな」
 俺も一緒に笑って上に上がった。
 亜紀ちゃんの部屋から勝手に下着と寝間着を持って降りた。
 それを見て亜紀ちゃんが喜んだ。
 一緒に風呂に入る。

 「いよいよ明日ですねー」
 「言うな! 寝れなくなるじゃねぇか」
 「アハハハハ!」





 娘たちが危険な目に遭う。
 それが分かっていても、俺は送り出すしかない。
 俺は亜紀ちゃんを抱き寄せてキスをした。

 それくらいしか、俺に出来ることは無かった。

 怪物の影が見えたからと、逃げるわけにはいかない。
 俺たちは前に進むことしか出来ない。
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