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六花、風邪。

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 木曜日。
 六花が風邪をひいた。
 朝から体調が悪いと俺に報告し、響子に近づかないようにした。

 「石神先生、申し訳ありません」
 「いいよ。誰だって風邪くらいひくさ」
 どうも、食堂でうつされたらしい。
 隣に座った仲のいいナースが風邪だったようだ。

 「今後は気を付けろよ。お前は特別な患者を担当してるんだからな」
 「はい」
 「今日はもう帰れ。俺が手配しておく」
 「申し訳ありません」

 「食欲はあるか?」
 「それが何も食べたくなくて」
 
 熱は38度程度だ。
 普段病気をしない人間は、結構熱に弱い。

 「無理に喰わなくてもいい。消化で体力を落とすからな。風呂にゆっくり浸かって寝てろ。俺が何か持って行ってやろう」
 「ほんとですか!」
 「ああ、何か食べたいものはあるか?」
 「ぷ、プリンをお願いします!」
 「子どもかよ!」
 俺は笑って作ってやると約束した。

 「食べなくてもいいけど、水分は心がけて摂れよな」
 「はい」
 六花は帰った。
 フラついていた。
 大分辛そうだ。



 
 俺は響子の部屋へ行った。

 「響子」
 「六花は大丈夫?」
 「ああ。ちょっと寝れば治るだろうよ」
 「そう」
 響子は心配そうだ。
 普段明るい六花が体調を崩すのは、見ていて辛いのだろう。

 「俺が後で見舞いに行くよ」
 「うん、お願いね」
 「ほら、響子の「いたいのいたいの」って。あれをやってくれ。届けるぞ」
 「タカトラ。ああいうのは迷信よ」
 響子は俺をバカにしたような目で見る。

 「お前! 成長したな!」
 「ウフフ。私も毛が生えるようになったからね!」
 「でも、ケポリン抜けちゃったじゃん」
 
 「ケポリーン!」
 響子が悲しそうに叫び、俺は笑った。

 「また生えて来てくれるもん!」
 「そうか」
 俺は響子を膝の上に乗せた。

 「でもな、本当にお前のおまじないは痛くなくなるんだぞ?」
 「ほんとに!」
 「ああ。嘘みたいだけどな。お前にはどうやらそういう力があるらしい」
 「やったぁー!」

 「だから六花に届けさせてくれ」
 「うん!」
 響子はおまじないを唱えた。
 まあ、やっぱり子どもだ。
 後でまた来ると言い、俺は仕事に戻った。




 夕方。
 仕事を上がり、六花のマンションへ行く。
 合鍵をもらっているので、連絡しないまま部屋に入った。
 電話で起こしたくはない。
 ちょっと心配したが、恐ろしいことは別にやっておらず、大人しくベッドで寝ていた。
 俺は非接触型の体温計で熱を測る。
 37.2度だった。
 大分良くなっている。
 ベッドの脇に座り、しばらく、六花の美しい寝顔を眺めた。
 化粧を落としても、六花は燦然と輝いている。

 俺は額の髪を上げてやる。
 六花が目を覚ました。
 慌てて枕元のマスクを付ける。

 「気分はどうだ?」
 「石神先生。はい、大分良くなりました」
 「風呂に入ったか?」
 「はい。おっしゃる通りに」
 昔は高熱の時には入浴しない方がいいとも言われた。
 しかしそれは間違いで、免疫機構は身体を温めることで活性化する。
 元々、熱を出すのはそういう仕組みを助ける身体のシステムなのだ。

 「お風呂を上がってすぐに寝ました」
 「そうか」
 俺がプリンを食べるかと聞くと、嬉しそうに笑って食べると言った。

 「あ、でもマスクを外さないと」
 「俺は大丈夫だよ」
 笑って気にするなと言った。
 六花の身体を持ち上げ、上半身を立たせる。
 二つの枕を腰に宛がう。
 一つは俺用だ。

 プリンとスプーンを渡してやる。

 「まだ4つあるからな。冷蔵庫にしまうから、好きに食べてくれ」
 「ありがとうございます」
 六花はプリンを一口食べ、幸せそうな顔をした。

 「美味しいです!」
 「そうか」
 ゆっくり食べろと言った。

 「私、滅多に病気はしないんですが」
 「そうだな」
 「前に中学を卒業して運送会社で働いていて」
 「そうだったな」

 「クリスマス前にたくさんの荷物の配達をしてたんです」

 六花は俺に話してくれた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

   


 「じゃあ、六花ちゃん。今日は雪だけど大丈夫かい?」
 運送会社の社長がそう言った。

 「はい! 必ず全部お届けしますから!」
 「じゃあ頼むよ」
 六花は2トントラックのチェーンを確認し、出発した。

 結構道は積もり始めている。
 幹線道路はいいが、横道に入ると時折タイヤが滑った。
 安全運転でスピードを落としながら進んだ。

 対向車が来た。
 トラックを止め、道を譲った。
 しかし、対向車が横滑りし、六花のトラックにぶつかった。
 スピードは出していないので、怪我は無かったが、トラックが用水路にタイヤを落とした。
 配線が切れたか、エンジンも止まった。
 対向車の運転手が出て来て、平謝りするのを六花は大丈夫だと答えた。
 まだ荷物は多くある。
 応援は頼めない。
 みんなクリスマス前の大量の荷物をそれぞれ配送している。

 六花はジャンバーを着て、荷物を自分の足で運び始めた。
 雪が強くなっていった。

 

 「総長!」
 声を掛けられた。
 「紅六花」の一員だった。

 「おう!」
 「どうしたんですか、総長!」
 「ああ、トラックが事故ってな。残った荷物を運んでるんだ」
 「そんな! 大雪ですよ!」
 「しょうがない。この荷物を待ってる方々がいるんだ」
 「自分も手伝います!」
 「いいよ。お前も忙しいんだろう?」
 「そんなもの! 総長のことがいっとう大事です」
 彼女は電話で仲間に連絡した。

 「おい、よせって!」
 「総長こそ止めないで下さい! 総長はあたしらが困ってたらどうすんですか!」
 「そ、それは」
 「みんな来ますよ! すぐに来ますって! なんたって総長がお困りだ!」
 本当に大勢の仲間が集まった。
 60人は来た。
 すぐに来てくれた。

 「総長! 荷物の指示を下さい!」
 タケが叫んだ。

 「俺たちはトラックを引き上げます!」
 よしこが笑顔で言った。
 六花は涙を抑えながら、タケに荷物の行き先を頼んでいった。
 数十人の女たちが荷物を抱えて、走って行った。
 もう、車は使えないほど雪が積もっていた。

 六花も泣きながら荷物を運んだ。
 どの家も、こんな雪の中をと感謝してくれた。
 何とか夜までにすべての荷物が届いた。
 みんなに礼を言い、六花は歩いて会社に戻った。


 「六花ちゃん! 心配してたんだ!」
 社長と奥さんが遅いのに待っていてくれた。

 「この雪でみんな立ち往生だ。荷物は明日以降に配るように指示している」
 「そうだったんですか」
 「六花ちゃんのトラックは?」
 六花は事故のことを話し、申し訳ないと謝った。

 「そりゃ相手のせいなんだろう? トラックは鍵さえかかってればいいよ。後からみんなで荷物を回収しよう」
 「ああ、社長。荷物は全部届けられました」
 「何!」
 「仲間が手伝ってくれて。もうトラックは空です」
 「六花ちゃん! みんなトラックは置いて帰ってるんだよ?」
 「でも、クリスマスでみんな楽しみにしてるだろうと思って」
 「バカ! まったく六花ちゃんは」
 凍えそうに寒かった。
 しかし、心だけは温かかった。

 その晩、アパートで高熱を出した。
 タケが様子を見に来て、六花が倒れているのを発見した。
 病院へ運び、肺炎を起こしかけていたことが分かった。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「あの時は、本当にタケたちに助けてもらって」
 「お前はバカだろう?」
 「はい!」

 六花は明るく笑った。
 最高の笑顔だった。

 「三日間入院しました。あれがただ一度の入院です」
 「そうかよ」
 「タケたちが毎日来てくれて」
 「ああ」
 「社長や仕事の先輩たちも来てくれて」
 「そうか」
 「申し訳ないんですけど、嬉しかったなー」
 「そうだな」

 俺がプリンをもう一個喰うかと聞いたら、笑顔で頷いた。

 「うつると困るからみんなは来させられないけどな」
 「はい!」
 「俺は毎日来てやるよ」
 「ほんとですか!」

 「明日は何か食べたいものはあるか?」
 「オチンチンが」

 「お前! もう元気だな!」
 「はい!」

 俺は笑ってキッチンで粥を作った。
 梅干しと焼き鮭を小皿に乗せ、冷蔵庫に仕舞った。

 「粥を作ったからな。目が覚めて食べたければ温めろ」
 「すいません」




 俺はオチンチンを出して振って見せて、食べたければ早く良くなれと言った。
 六花が手を合わせて拝んだ。  
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