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門土 Ⅲ

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 「聞くんじゃなかったですー」
 亜紀ちゃんがまた泣いた。

 「亜紀ちゃんが聞きたいって言ったんじゃないか」
 「最初に悲しい話だって教えて下さい」
 「俺が今セッションをしてねぇんだから。だったらしてた相手はもういねぇ、ということだ」
 「そんなのー!」

 俺は笑いながら抱き締めてやった。



 「門土さんは、やっぱり悲観して、絶望して死んだんですかね」
 「俺はそうは思いたくないな」
 「どういうことですか?」
 「あいつはやり切って死んだ。燃え尽きたんだよ。もうこの世でやるべきことが無くなったからオサラバしたってな」
 「そうなんですか?」

 俺は立ち上がり、自分の部屋から門土の譜面を持って来た。
 亜紀ちゃんに見せた。

 「これな、実は俺と橘弥生とで、最初にセッションした時のものなんだ」
 「え! ギターの曲って……」

 俺は亜紀ちゃんのために譜面を追ってやった。

 「最初はギター・ソロな。ここまでだ。ここから、ほら、ピアノが始まるだろ?」
 「ああ!」
 「門土はこれを譜面に残した。一度きりで終わったはずの音楽を、ずっと残そうとしたんだ」
 「橘さんは、最初しか見ないでギターだと言ったんですか?」

 「そうじゃないよ。当然最後まで見ているさ。あの時の曲だってこともちゃんと分っただろうよ」
 「じゃあ、どうして」
 「門土が俺のためにやったことを分かったからさ。あの出会いが俺たちの全てだったってな。あいつは最後にピアノが弾けなくなったけど、俺と門土の人生はそれで良かった」
 「そんな」

 「そういう人生だったけど、俺たちは何度でもあの最初の時間に戻れる。そこから最後まで行けるんだ。それが「永遠」ってことだ」
 「ニーチェの「永劫回帰」……」
 俺は亜紀ちゃんの頭を撫でてやる。

 「音楽は虚空に消える。その時だけの芸術だ。だから素晴らしいんだよ。それを譜面に残す、録音する。そうすることでまた聴ける。でも、消え去るものなんだ。何百回聞いても、何百回消える。そういうものだな」
 「はい」
 「門土はあいつの最高の人生の出発を、その思い出を残した。俺は立派な人生だと思うよ」
 「そうですね!」

 「最高なんだから、それ以上はいらない。俺はそう思う」
 「はい」




 「さあ、夕飯を作るか!」
 「はい!」
 「今日は、まあ、肉か!」
 「はい!」

 今日は豚と鶏の生姜焼きだった。
 調理を始めるとロボが唸った。
 いい匂いのせいだろう。
 俺は笑ってロボに鶏の胸肉を焼いてやる。
 自分のものだと分かるのか、俺の足にずっと身体をこすりつけていた。

 食事を終え、亜紀ちゃんと風呂に入る。

 「これだけしょっちゅう入ってると、山中も諦めて許してくれねぇかな」
 「いえ、カンカンですよ」
 「意地悪言うなよー」
 「アハハハハ」

 「山中もギターをやってたんだ」
 「へー、そうなんですか!」
 「御堂はヴァイオリンだろ?」
 「上手いですよね」
 「三人でやろうってことになってな」
 「え!」

 「でも山中ってコードがやっとでな」
 「うーん、そんな気はしてました」
 「その一回でセッションは終わったな」
 「アハハハハ」

 「家では弾いてたか?」
 「いいえ。一度も聴いたことありません」
 「奥さんはピアノが出来たはずだぞ」
 「ほんとですか!」
 「まあ、あの家だと置き場所も無かったからなぁ」

 「じゃあ、私たちも音楽の才能がありますかね?」
 「あ?」
 「ひどいですよ! おかーさーん!」
 「アハハハハ」

 暑くなったか、亜紀ちゃんが湯船の縁に座る。

 「まあ、歌はそこそこで、リズム感は優秀だな」
 「そうですか!」
 「あとはひたすら練習だ」
 「そうですよね」


 「じゃあ、私はギターをやる!」
 「そうか」
 「やりますからね!」
 「がんばれー」
 
 「教えて下さいよ!」
 「やだよ、めんどくせぇ」

 「おとーさーん!」
 「おう、呼べ呼べ」

 その時、ハーが俺に電話だと呼びに来た。

 「誰からだ?」
 「御堂さんです!」
 俺はダッシュで風呂を出た。
 身体も拭かないで、脱衣所の電話に出る。

 「おう!」
 『こんばんはー!』
 柳だった。

 「ばかやろー! 御堂だっていうから急いで出たのに」
 『いいじゃないですか!』
 「オチンチン剥き出しで来たんだぞ!」
 『早く仕舞って下さい!』
 「裸だぁ!」

 風呂に入っていたと説明した。

 『すみません。じゃあ、後で折り返して下さい』
 「おい! 御堂を出せ!」
 電話が切れた。
 亜紀ちゃんが上がって来る。
 
 「あいつ! 切りやがったぁ!」
 亜紀ちゃんが俺の身体を拭いてくれる。

 「まあまあ」
 俺は怒りでオチンチンを振り回した。




 リヴィングで御堂に電話する。
 亜紀ちゃんがコーヒーを淹れてくれる。

 「おう!」
 『さっきは悪かったね。お風呂だったんだって?』
 「いや、もう上がったから大丈夫だ」
 『柳に電話を奪われてね』
 「あいつ!」

 御堂が笑っている。

 『それで、再来週あたりに休みが取れそうなんだ』
 「ほんとか!」
 『ああ。金曜の晩からお邪魔してもいいかな?』
 「もちろんだ! ああ、楽しみだなぁ!」
 『僕もだよ。じゃあ、詳しい時間はまた連絡する』
 「おう! 待ってるよ」

 俺たちはしばらく近況を話した。
 一連の危ない話はしない。
 柳が電話の向こうで騒ぎ出した。
 御堂が笑いながら電話を替わった。

 『柳ですー!』
 「にゃー」
 俺は電話を切った。




 「おい! 再来週に御堂が来るぞ!」
 子どもたちが笑顔で俺を見た。

 「タカさん、良かったですね!」
 「うん!」
 俺は最高の機嫌だった。

 「あ、お前は御堂を知らないよな!」
 俺はロボに一生懸命に御堂のことを話した。
 ロボは黙って聞いていたが、そのうちあくびをした。

 「よし! ロボも理解したな!」
 子どもたちが笑って見ていた。

 「今日はみんなで寝るか!」
 「「「「はーい!」」」」





 ハーが自分のベッドを抱えて、俺の部屋に入れた。
 俺は御堂が来たら何をするのかを延々と語った。
 亜紀ちゃんに「早く寝ろ! 御堂キチガイ!」と怒られた。


 みんなが笑った。
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