上 下
582 / 2,840

門土

しおりを挟む
 聖を送って、俺はアメリカ大使館へ立ち寄った。
 響子と六花に会うためだ。
 病院へ寄り、手を良く洗った。
 響子に聖菌がついては大変だ。

 大使館でいつもの身体検査を受け、受付で待っていると部屋へ案内された。

 「タカトラー!」
 「石神先生!」
 二人が俺に抱き着いて来る。

 「おう、元気そうだな!」
 二人は泣いている。

 「もう大丈夫だ。全部終わったぞ」
 落ち着くまでしばらくかかった。
 俺は簡単に経緯をもう一度話した。

 「響子、よく我慢してくれたな」
 「うん。タカトラのためだもん」
 「六花もよく響子を守ってくれた」
 「はい」
 明日また迎えに来ると言って、部屋を出た。



 家に帰り、子どもたちが鰻が食べたいと言うので、出前を取る。

 「タカさん」
 「なんだ?」
 「聖さんのハンバーガーは、何が違ったのでしょうか?」
 亜紀ちゃんが鰻重を喰いながら聞いて来る。

 「亜紀ちゃんはハンバーガーをよく知らないんだよ」
 「バンズとのバランスが悪いって言ってましたよね?」
 「そうだ。かぶりついて一緒に味わうものだから、バランスが重要なんだよ」
 「なるほど」
 「一口にハンバーガーと言っても、物凄い種類があるんだ。だからある程度勉強しないと、ハンバーガーのバランスは分からないんだよな」

 「タカさんはバンズを燻製してましたよね」
 「そういうことだ。いい肉に比べて、バンズのパンが弱すぎだ。だからパンチを入れたということだな」
 「へぇー!」
 「たかがハンバーガーと言っても、組み合わせで無限に変わるんだよ。でも、どういう組み合わせがいいのかってなぁ。それはなかなかわからんものだ」
 「深いですねー」
 「そうだよ。最良だと思ってても、あとから違ったって分かることもある」
 「なるほどー!」




 
 食事を終えて、俺は地下に降りて独りでギターを弾いていた。
 亜紀ちゃんが入って来る。

 「一緒に聞いてていいですか?」
 俺は笑って入って来いと言った。
 何曲か弾いて、一休みする。
 亜紀ちゃんがコーヒーを淹れて来た。

 「タカさんがギターが上手い理由はこないだ聞きましたけど」
 「ああ」
 「ちょっと前に、栞さんがピアノを弾いて、二人で素敵な即興をしたじゃないですか」
 「ああ、やったな」

 「ああいうことも出来ちゃうんですね!」
 「面白いだろ?」
 「凄いです!」
 「貢さんに教えてもらってる時にな、ああいうことをちょっとやってたんだ」
 「え! 教えて下さい!」

 俺は語り出した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 貢さんは、幅広いジャンルで活躍していた。
 クラシックはもちろん、ジャズ、フュージョン、スパニッシュ、果ては俺にはバカにしていた歌謡曲まで。
 その中でも、ジャズで誘われることが多かった。
 だから俺も、ジャズギターを相当やらされた。

 「トラと同い年の奴がいる。ピアノだ」
 「へー」
 「俺の知り合いの子どもで、生まれた時から弾いてる」
 「へー」
 すりこぎで殴られた。

 「今度、会わせる」
 「はい!」
 俺は頭の横で指をくるくる回して答えた。

 

 貢さんに言われて、3駅隣の町まで行かされた。
 もちろんギターを抱えてだ。
 俺は駅前の交番で道を聞いて歩いた。

 「えーと、橘さんちー」

 やっと見つけた。
 大きな洋風の家だった。
 チャイムを押すと、俺と同じくらいの年の男の子が出てきた。

 「あ! 門土?」
 「誰だよ、お前?」
 「石神高虎です!」
 「え?」
 後ろから派手な女性が出てきた。

 「私が呼んだのよ。中に入ってもらって」
 「はい!」
 俺は靴を揃えてお邪魔した。
 長い廊下を歩き、広い部屋に通された。

 グランドピアノがある。

 ソファに座らされ、メイドさんが紅茶を持って来た。

 「こちらは石神高虎くん。西平さんのお弟子さんよ」
 「え! サイヘーさんの?」
 「石神くん。こちらは息子の門土。同じ中学一年生よ」
 「よろしく!」
 「こちらこそ」

 「さあ、早速だけど聴かせてちょうだい」
 「はい」
 俺は『アルハンブラの思い出』を弾いた。
 橘さんはじっと聴いていた。

 「最後まで聴いた……」
 門土が呟いた。

 「じゃあ、ブルーノートで適当に弾いて」
 「はい!」
 俺は最初は全音で奏でた。
 次第にリズムを刻んで行く。
 橘さんがピアノを弾き出した。
 俺に合わせてくれる。
 楽しくなってきた。
 俺は思い切り掻き鳴らし、次第にテンポを緩めて橘さんに譲る。
 橘さんは見事なソロを弾いた。
 また俺が加わり、盛り上がったところで橘さんが引いて、俺が締めた。

 「ふーん、分かったわ。門土をよろしくね」
 「はい?」
 橘さんが部屋を出て行った。

 「お前! すっげーよ! 母さんが最後まで弾いたぞ!」
 「え、当たり前じゃん?」
 「当たり前じゃないよ! 普通は最後まで聴かないし、まして一緒にピアノを弾くことだってないんだからな!」
 「そうなの?」
 「だって、橘弥生だぞ!」
 「ゲェッ!」

 俺も当然知っている。
 世界的なピアニストだ。




 俺と門土はすぐに仲良くなり、お互いに行きして一緒に演奏したり、音楽の話をするようになった。
 橘弥生と会うことは稀だった。

 門土のピアノは清く澄んでいい音だった。
 門土も俺のギターを気に入ってくれた。

 ある時、門土が貢さんの家に来て、俺の練習を見ていた。

 「トラ! また女のことでも考えてるのか!」
 「だって俺、中学生ですよ? 枯れちゃった貢さんと違って真っ盛りなんですから」
 貢さんがすりこぎを取り出した。
 いつもと違う。
 紐がついていた。
 
 「いちいちお前の傍まで行って殴るのは面倒だからな」
 「貢さん、それヌンチャクですよ! 死んじゃいますって!」
 殴られた。
 物凄く痛かった。

 「本気でやめて!」
 俺はすりこぎを奪った。
 
 「ほら! 血が出てますって!」
 貢さんに訴える。

 「ほんとか!」
 「本当に出てますよ、額から」
 門土が言った。

 「トラ! 病院へ行け!」
 「大丈夫ですよ。こんなのしょっちゅうです」
 奥さんが呼ばれ、タオルを渡された。
 汚れるからと、俺はハンカチで押さえた。

 「ほら、もう止まりました、アハハハハ!」
 「本当に止まってますよ!」 
 門土が驚いて言う。
 俺は奪ったすりこぎでブルース・リーの真似をする。

 「アチャーーー! アチャチャチャチャチャ!」

 「トラ、なんだそれは」
 「ブルース・リーですよ! 貢さん知らないんですか!」
 「知らん」
 「映画で有名じゃないですか!」
 「俺はメクラだぁ!」
 「ああ!」

 俺はヌンチャクのようにすりこぎの紐を振り回した。
 紐が抜けて、すりこぎが窓ガラスを割った。

 「トラぁー!」
 俺はすりこぎを拾って、貢さんに渡して殴られた。
 門土と奥さんが笑っていた。
 また血が吹いた。





 門土の家に行くと、いつも一緒にセッションをした。

 「じゃあ、トラ。ブルーノートで始めよう」
 「いいけどさ」
 「なんだよ?」
 「門土っていつもブルーノートな」
 「え!」

 「もしかして、他の知らないの?」
 「!!!!」

 いつもそうだった。
 でも、俺も嫌ではない。
 ブルーノートでセッションした。

 ある日、門土が言った。

 「俺さ、サイヘーさんのギターが好きなんだ」
 「ああ、分るわ」
 門土は貢さんを尊敬しきっていた。

 「前にさ、母さんとセッションしたことがあって、俺は舞台袖で聴かせてもらった」
 「へぇ!」
 「素晴らしかったなぁ! あの演奏は忘れられない!」
 「そうかよ。俺も聴きたかったな」

 「アンコールで即興をやってさ。サイヘーさんが「ブルーノートで」って言ったんだ」
 「おう!」
 「それがまた最高でな!」
 「そうかよ!」

 二人で盛り上がった。

 「トラが最初に母さんとブルーノートでやったろ?」
 「そうだったな」
 「あれも良かった!」
 
 門土がブルーノートでやりたがる理由が分かった。




 月に何度かだったが、俺たちはいつも楽しく演奏し、語った。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

こずえと梢

気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。 『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。 ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。 幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。 ※レディース・・・女性の暴走族 ※この物語はフィクションです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...