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KYOKO DREAMIN Ⅲ

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 スペインのアルハンブラ近くの荒れ地。
 EUの中でも軍事力の低いスペインは、早々に国土のほとんどを喪っていた。
 「虎」の軍は、生存者を探して決死の捜索活動を続けていた。





 「部隊長! 囲まれています!」
 「至急「虎の穴」に連絡! 「バイオノイド200体と交戦中」と知らせろ!」
 皇紀システムの通信は、いかなる障害も突破して行く。
 しかし。

 「部隊長、これはアカンですわ」
 「おい!」
 「最速のホーク・レディが来てくれるにしても、どうしたって10分はかかる。それまでうちらはもちませんって」
 「ふん、だからどうした」
 「へ?」
 「バイオノイド200体なんて、見過ごしていいもんじゃねぇ。知らせられた俺たちは「よくやった」って「虎」の旦那から褒めて頂ける」
 「ハハ、部隊長! あんた変わってますなぁ!」
 「どなたがいらっしゃるのかは分らんが、ほんのちょっとでも手間を減らすぞ」
 「へい!」

 「なあ」
 「なんですのん! 気合入れたとこですのに!」」
 「前に「虎」の旦那がおっしゃってたそうだ」
 「へ?」
 「俺たちを必ずヴァルハラに連れてってくれるんだってなぁ」
 「はあ。それでそのヴァルハラってなんです?」
 「ああ、俺も知らねぇ!」
 「ワッハハハハ!」

 「みんな! 気合を入れろ! 一緒に死ぬぞ!」
 「「「「「「「「「「オーーウ!」」」」」」」」」

 「闇月花」を使っていた隊員の力が尽きた。
 バイオノイドたちが一斉に向かってくる。
 「カサンドラ」を握り、男たちは敵に飛び込んでいく。
 黒い体液と赤い血しぶきが舞った。







 亜紀は数分前に終わった戦場に舞い降りた。
 「業」のバイオノイドは200体。
 最期の通信にあった通りだった。
 対する「虎」の兵士は僅か10名。
 生存者捜索の巡回中に接敵した彼らは、勇敢に戦った。
 そのことが、ありありと見える戦場だった。

 「虎の穴」に応援要請が来て、亜紀が14分で到着した。
 しかし、既に「虎」の兵士は全滅していた。  



 岩にもたれかかっている日本人の男がいた。
 亜紀が近づくと、知っている顔だった。
 名前は憶えていないが、何度か一緒にアラスカの「虎の穴」の拠点で飲んだことがある。
 千万組の組員だった男だ。

 「亜紀さん」
 驚くべきことに、下半身を喪い内臓が零れている状態で、男の意識があった。
 しかし、間もなく死ぬ。
 数々の戦場を経て、亜紀にはそれが分かっていた。
 瀕死の状態でも、男の手にはまだ「カサンドラ」を握られていた。

 「て、敵は?」
 「安心して下さい。すべて私が破壊しました」
 男が笑った。

 「やっぱり亜紀さんは強ぇや」

 亜紀は男の顔を拭ってやった。
 太い眉。
 思い出した。
 川尻という名前だったと思う。

 「川尻さん」
 「え、俺の名前を憶えていて下さったんですか!」






 一緒に飲んだ時に、亜紀のことを好きだと言った。
 自分は「虎」のものだと言うと、残念がっていた。

 「飲み比べで勝ったら、一オッパイいいですよ」
 「え?」
 「一回オッパイに触ってもいいですって」
 「ほんとですか!」

 全然相手にならなかった。
 早々に川尻は潰れた。

 「あー、来週から地獄のヨーロッパ戦線だから」
 「だから?」
 「死ぬ前に亜紀さんのオッパイをってねぇ」
 「ウフフ、生きて戻ってまた飲みましょうよ」
 「ちげぇねぇ!」
 眠った川尻は、仲間の男たちが運んでいった。

 「こいつ! 亜紀の姉さんと口なんか利きやがって」
 「おう、すまきにして外に放り出すか!」

 「大事に運んであげてください」
 「「はい!」」

 亜紀はバーラウンジを出た。
 
 「おい、声かけてもらったぞ!」
 「おう、一応こいつのお陰か!」

 後ろの会話を聞いて、亜紀は微笑んだ。





 「ああ、一回亜紀さんのオッパイを見たかったなぁ」
 「いいですよ」

 「ほんとですか!」
 男は小さな息でやっとそう言った。

 亜紀はハーネスを外し、戦闘服を脱いだ。
 下着を外し、胸を男に見せた。

 「ああ、本当に!」

 「川尻さん、止めは必要ですか?」
 「ええ、お願いします」

 亜紀は男の額に手を当てた。

 「ああ、俺は千万組に入って良かった。お陰で「虎」の旦那の下で死ねるんです。それに最後は亜紀さんの手で」

 亜紀は男の頭部を霧に変えた。





 亜紀は「虎の穴」に戦闘終了の報告をした。

 「斥候隊は全滅です」
 「そう。残念ね」
 本部の一江がそう言った。
 亜紀は集めたドッグタグの名前を読み上げた。

 「あまり武装していない人たちだったのね」
 「はい、でもみんな勇敢に戦ってましたよ。私が到着した時には、バイオノイドは半分に減ってましたから」
 嘘だった。10%も斃せていなかった。

 「じゃあ、三階級特進で。ご遺族にも十分な補償を手続するわ」
 「お願いします」

 「亜紀ちゃん」
 「はい」
 
 「辛いだろうけど」
 「いいえ」

 「今、カサンドラの改良を急いでいるの」
 「はい、知ってます」

 「それに広域殲滅のドラグニールも」
 「はい、知ってます」

 「亜紀ちゃん」

 「一江さん! 急いで作ってあげて下さい、お願いします!」
 亜紀の声で、一江は亜紀が泣いていることを感じた。

 「亜紀ちゃん」

 「本当にみんな一生懸命に戦っているんです!」
 「分かってる、亜紀ちゃん」

 「知ってる人でした! 川尻さん! 私なんかのことを好きだなんて!」
 「亜紀ちゃん、落ち着いて」

 「私、また殺しちゃった! この手で!」
 「亜紀ちゃん!」



 亜紀は「絶花」を使った。
 気持ちが落ち着いて来る。

 「一江さん、すみませんでした」
 「いいの、亜紀ちゃん。全部あたしが不甲斐ないからなの!」

 「いいえ。私はタカさんのために戦うんだって決めたんだもん」
 「亜紀ちゃん」
 一江が泣いていることが、亜紀に伝わって来る。

 「一江さん、私もう少し周辺を見回ってみます」
 「うん、気を付けてね」
 「はい!」


 10分後、「虎」が来た。
 恐らく一江から連絡が行って、来てくれたのだろうと思った。
 忙しい中、自分を心配してくれている。


 二人で地上に降りる。

 「亜紀ちゃん」
 「タカさーん!」

 亜紀は「虎」に抱き着いた。

 「辛い思いをさせているな」
 「そんなこと! 私、自分で決めたんですから」
 「でも、亜紀ちゃんがこんなにも泣いている」
 「いいんです。私はタカさんのために、どこまでも戦うんです」

 「二人でどこかへ行ってしまいたいな」
 「虎」がそう言うと、亜紀はやっと泣き止んだ。

 「タカさん! じゃあ早くどこでも行けるようにしましょうよ!」




 二人は笑いながら「虎の穴」へ戻った。









 「アキ……」

 「あれ、響子。泣いてるのか?」
 俺は目覚めた響子に声をかけた。
 六花も心配そうに見ている。

 「アキがね、頑張ってるの。でも悲しいの」
 「アキって、亜紀ちゃんのことか?」
 「そうだけど…………アレ?」
 「怖い夢を見たか」
 「うん、怖いんだけど、悲しくて。でも何だか思い出せないや」

 俺は響子の頭を撫でた。
 六花が優しくウェットティッシュで響子の涙を拭った。

 「俺たちがいるんだから、何があっても大丈夫だぞ」
 「うん!」

 響子が明るく笑った。
  
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