上 下
561 / 2,840

双子式「サバイバル・キャンプ」 Ⅲ

しおりを挟む
 丹沢山中。
 午後10時。

 「さすがに、もう食べられないかな」
 ハーが満足げに言う。

 「食べたよねー」
 ルー。

 「私ももうダメ」
 栞。

 「帰りたいよー」
 チンコ野郎。


 
 「じゃあ、そろそろ寝る?」
 「栞ちゃん、何言ってんの! 夜はこれからだよ!」
 ルーが栞を睨んで言う。

 「でも、あと何をやるの?」
 「忘れたの? 私たちはサバイバルをしに来たんだよ」
 「そうだけど、もう食事もしたし、服も作ったし」
 「それは最低限のこと! 満ち足りた後に人間がすることは?」
 「うーん、なんだろう」

 「それはね、「遊ぶ」の!」
 「!」

 「この真っ暗な山を自由に駆け巡って、私たちは野生に戻るのよ!」
 「そうか!」
 人間から離れた。



 「皇紀ちゃん!」
 「なに?」
 「火の番と、寝床を作って!」
 「分かったよ」
 皇紀は妹たちのお願いに弱い。
 
 「じゃあ、行くよ!」
 「「おう!」」
 ルーの号令で、栞とハーが駆け出す。

 「あー、誘われなくて良かった」
 皇紀は周囲を見渡した。
 累々と動物の骨が散乱している。
 穴を掘って、そこに埋めていく。

 「寝床かー」
 材料を探しに行った。




 「ヒャッハー!」
 三人は山を駆け巡った。
 時々木の幹にぶつかるが、へし折りながら進んだ。
 ぶつかるたびに、みんなで笑った。
 笑いながらまた疾走した。

 「楽しー!」
 栞が叫ぶ。

 「さあ、ペースを上げるよ!」
 ハーが言う。

 「あたしたち、夜の支配者よー!」
 ルーが興奮している。





 小林直樹は人生に絶望していた。
 頑張って東京の有名美術大学を卒業したが、それが彼の頂点だった。
 高知から出て来て必死に頑張った。
 しかし、卒業後に、何も待ってはいなかった。

 同輩たちは、なんとか就職をした。
 小林も、やっとのことで小さな家具メーカーに職を得たが、日本画科を出た小林に、デザインなどの仕事はない。
 毎日営業で足を棒のようにして周り、まったく受注は取れなかった。
 小さな会社で、無能な人間を雇う余裕はない。
 ある日、解雇を言い渡された。
 寮を追い出され、安い給料で貯金も無かった小林は途方に暮れた。


 「俺には何もないんだ」


 小林は死ぬつもりで丹沢の山に入った。
 誰にも知られずに死のう。
 そう思っていた。
 小さなリュックが小林の唯一の荷物だった。
 そこに、遺書とカップ酒、そしてロープだけを入れていた。

 登山道から外れ、適当に林を潜った。
 少し開けた場所に大きな木があり、そこに決めた。
 夜になり、カップ酒を飲んだ。
 酒は強い方ではない。
 一つを空けると、もう酩酊してきた。

 「ああ、気分がいいな」

 口でそう言ったが、心は暗かった。
 両親へ宛てた遺書を取り出した。

 「そうか、町で送れば良かった」
 ここでは誰も見つけてくれないことに気付いた。
 一瞬、一度引き返そうかとも思ったがやめた。

 「知らない方がいいだろうよ」
 そう呟いた。
 太い枝にかけたロープを見つめた。
 二本目の酒を開いた時、遠くで大きな音が響いた。

 「なんだろう?」
 これから死ぬ自分が、恐ろしさを感じた。
 また大きな音がする。
 さっきよりも近い。
 木がへし折られるような、バキバキ、ドーンという音。

 「なに?」




 突然、自分が選んだ木に何かがぶつかって、へし折れた。
 一抱えもある木だった。

 「ギャー!」

 「あ、誰かいるよ!」
 肩に大きなイノシシの首をつけた女の子が言った。

 「誰よ、あんた?」
 同じくらいの身長の女の子が自分に問う。
 やはりイノシシの首。
 反対側に、ウサギの生首も見えた。

 「やめなさい! 怖がってるじゃない」
 長身の女性。
 クマの頭を乗せている。
 両肩にイノシシとシカの生首。
 胸にはコウモリが貼りついている。
 こいつが一番怖かった。

 小林は恐怖に震えた。
 喰われるのか。
 そんな死に方だけは嫌だった。

 「あ、ロープだ!」
 小さな女の子の一人が言った。

 「お酒飲んでたの?」
 「あなた、死ぬつもりだったのね」
 長身の女性が近づいて来た。
 近くで顔を見ると、美しい。
 胸が大きい。
 コウモリが羨ましい。
 小さな女の子に蹴られた。
 二回転くらいした。

 「いいかー! さんしたぁー! 生きるって言うのはなぁ、痛いんだぁー! 分かったかぁ!」
 「は、はい!」
 小林は思わず正座して応えた。

 「痛がりながら生きろぉー!」
 「はい!」
 女の子にビンタされた。
 痛みが気持ちいいと思った。

 「シャキッとしろ! お前は生きろ!」
 長身の女性が「もうそのくらいでね」と言った。
 女性が下に向かって手を振った。
 突然、麓までの道筋が出来た。
 驚いたどころではなかった。

 「お前はこの道を通って降りて生きろ! お前の知らない道は、お前を違う人間にしてやる!」
 意味はよく分からなかった。
 
 「カルメル山へ行け!」
 「はい!」
 女の子二人がちょっとセリフが違うとか話し合っていた。

 「じゃあ、これあげるね」
 女の子の一人から、ウサギの生首をもらった。
 小林は歩き出した。
 もう迷いは無かった。
 超常の存在が自分を生かしてくれた。

 「ゴーゴーゴー!」
 女の子の掛け声で、道を駆け下りた。
 涙を流しながら。




 後に小林直樹は、ペンネーム「猪鹿コウモリ」という漫画家になり、「異世界丹沢ゴーゴー」という作品で大ヒットを飛ばした。
 丹沢に異世界への扉があり、そこで繰り広げられる超日常が多くのファンを獲得した。
 1000万部を超える売り上げで、小林は大金持ちになった。
 しかし名声に奢ることなく、小林は作品を書き続けた。
 直木賞を取った。

 小林は、毎朝ウサギの首に手を合わせた。
 結婚した美しい妻は、それがどういう意味かを知らなかった。
 でも、きっと夫にとって大切なことなのだろうと思っていた。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 俺と亜紀ちゃんは昼食を食べ、栞と子どもたちを迎えに行った。

 「おい、また連絡つかねぇぞ」
 「大丈夫ですよ。あそこはきっと圏外なんです」
 「こないだは、そんなこと話しててとんでもねぇことになってたじゃないか」
 「今度は大丈夫ですよ! タカさんにあんなに怒られたんですから。それに栞さんがいますからね」
 「まあ、そうだな!」
 待ち合わせは三時だ。

 待ち合わせ場所が近くなった。
 遠目に、数人の影が見える。

 「あ! ちゃんといますよ」
 「良かったなぁ」
 「楽しんで来ましたかね?」
 「きっとそうだろうよ」
 どんどん近づいて来る。
 
 「手振ってますよ」
 「そうだなぁ」
 どんどん近づいて来る。

 「おい、なんだありゃ?」
 「……」

 全裸に近い。
 獣の皮を着ている。
 肩にイノシシやシカの頭がぶら下がってる。
 胸にコウモリがはりついているのが見えた。
 頭にクマの首をのっけてる物凄い奴がいる。



 「「「タカさーん!」」」
 「石神くーん!」




 俺はアクセルを踏み込んで、猛スピードで通り越した。
 異様な土人たちが喚きながら必死に追いかけて来た。


 





 めっちゃ怖かった。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

こずえと梢

気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。 『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。 ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。 幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。 ※レディース・・・女性の暴走族 ※この物語はフィクションです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...