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貢さん

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 九月最後の木曜日。
 俺もオペをこなして忙しい日々に戻った。
 体調は問題ない。
 むしろ良い。
 痩せてはいるが。
 多くの人から、若返ったとも言われる。

 休み明けに院長に挨拶に行った時も。

 「石神、大丈夫か?」
 「申し訳ありませんでした。本当に大変なお手数をお掛けしまして」
 「いや、それはいいんだ。お前のためならばいつでも何でもする」
 「ありがとうございます」
 「そうじゃなくてだな。お前、ちょっと変わったぞ?」
 「ええ、こんなにみっともなく痩せちゃって」
 「そうじゃない! 俺が言っているのはお前の「光」だ」
 「え?」

 「真っ赤な火柱なのは変わらん。だけどな、それが一層鮮やかになったぞ」
 「そうなんで?」
 「ああ。まるでなぁ」
 「はい」
 「いや、何でもねぇ。しばらくはゆっくりしろ」
 「はあ、すいませんでした」

 ろくに礼も言えなかった。




 夜の9時ごろに自宅へ帰ると、亜紀ちゃんが待っていた。
 もちろん、その前にロボの熱烈歓迎アタックがある。
 俺が弱っていたことが分かるのだろう。
 だから出掛ける(狩に出る)ことを心配しているのだ。

 「おう、ただいま!」
 「おかえりなさい!」
 「他の三人は?」
 「もう部屋に入ってますよ」
 「そうか」

 「何か召し上がりますか?」
 「弁当を喰って来たからいいや。あ、いや、ちょっと茶漬けでも食べようかな」
 「すぐに作りますね!」

 亜紀ちゃんがキッチンに立った。
 ご飯を確認し、西京漬けの鯛を冷蔵庫から出す。
 少し炙っている間に野沢菜を刻み始めた。
 手際よくなった。

 「ねぇタカさん!」
 「あんだよ」
 「もう私、すっかり奥さんですよね!」
 「ああ、いざって時にはステアーAUGでぶっ殺しまくるってなぁ」
 「アハハハハ!」
 明るい。
 
 今の日本人ではない。
 大事なものを守るために戦う人間だ。
 人殺しがどうこうなんて眼中にない。
 俺の素晴らしい相棒になった。
 奥さんじゃねぇが。


 亜紀ちゃんが盛り付けて持って来た。
 俺の前でお茶を注ぐ。
 うちの茶漬けは番茶だ。
 俺が啜っていると、横で顎を手に乗せてニコニコ見ている。

 「なんだよ、奥さん」
 「べつにー」
 「気持ち悪いな」
 「お食事でしょー、次はお風呂でしょー、そーしたらあ・た・し! ヒャー!」
 「お前だったことはねぇだろう」
 
 亜紀ちゃんが笑っている。
 上機嫌だ。




 「ああ、顕さんが退院するからな。今度の土曜日はみんなで顕さんの家の掃除に行くぞ」
 「はーい!」
 「来週はうちにお招きして退院祝いと、顕さんの大きなプロジェクトのお祝いだ」
 「はいはい」

 俺は茶漬けを食べ終わった。
 亜紀ちゃんが食器を持って行き、コーヒーを淹れる。
 タイミングが一つ遅い。
 別に指摘しねぇが。
 自分の分と一緒に持って来た。

 「それでタカさん」
 「あんだよ」
 「土曜の夕方から、皇紀と双子がキャンプに行くって」
 「おい、今度は本当だろうなぁ」

 「大丈夫ですよ。栞さんも一緒ですから」
 「それならいいけどよ。なんで栞が行くんだ?」
 「なんか、興味あるらしいですよ、キャンプとか」
 「そうなのか?」
 まあ、それならいいが。

 「じゃあ、俺も一緒に行くかな」
 「ダメですよ! タカさんはしばらく大人しくしててください」
 「亜紀ちゃんは一緒じゃなくていいのか?」
 「私はタカさんのお世話です!」

 「別に、鷹とか呼ぶからいいぞ?」
 「タカさんのヘンタイ!」
 「お前、親に向かって!」
 「あたしがやるんですー!」

 泣きまねをしやがる。
 まあ、亜紀ちゃんのご機嫌な理由は分かった。
 また俺と二人でべったりしたいのだろう。
 それこそ夫婦のように。
 夫婦がどんなもんかも知らんが。
 俺は足元のロボを撫でた。

 俺が着替えを持って風呂に行くと、当然のように入って来た。
 すっかり一緒に入る流れになってしまった。
 まだ来客があると遠慮するが。
 でも千両の別荘では一緒に入った。
 桜がちょっと勘違いしているかもしれん。



 いつものようにお互いの背中と髪を洗い合う。
 亜紀ちゃんの背中を見て思う。
 俺の背中を預けられる女になった。
 それは夫婦以上の繋がりではないかとも思う。
 この小さな綺麗な背中の子が、俺を襲う連中を薙ぎ払うのだ。

 「おい」
 「はい」

 「そろそろ脇の処理をしとけよ」
 亜紀ちゃんが振り向く。

 「タカさんのヘンタイ!」
 俺は笑って湯船に入った。
 亜紀ちゃんは俺をチラチラみながら剃刀を使っていた。
 湯船に入って来る。
 俺に脇を見せる。
 指でOKマークを作った。




 
 「ねえ、タカさん」
 「なんだよ」
 「何か歌って下さいよ」
 「あー」
 「何でもいいですからー」
 俺は因幡晃の『わかって下さい』を歌った。

 「いい歌ですね」
 「そうだろう?」
 「後でギターを弾いて下さい」
 「お前、今日は甘えるなぁ」
 「エヘヘヘ」

 「タカさん、なんであんなにギターが上手いんですか?」
 「俺なんか全然だよ」
 「ウソですよ! 私あんなに弾く人知りません」
 「そりゃ、ギタリストを知らないだけだろう!」
 「アハハハ」

 「でも本当に上手いですよ」
 「だから全然だって」
 「一杯練習したんですよね?」
 「まあな」
 「誰かに教わったんですか?」
 「そうだ」
 「有名なギタリストとか!」
 「そうだよ」

 「え! ほんとですか!」
 亜紀ちゃんが思わず立ち上がり、黒いものが俺の目の前に来る。
 見えてるから座れと言った。

 「まあ、有名かは人によるけど、レコードも出したプロの人だったよ」
 「へぇー!」





 俺は貢さんのことを話してやった。
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