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皇紀とミユキ Ⅱ

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 ミユキさんの話が終わった。
 驚くべき内容だったが、僕は一つのことに感動していた。

 「やっぱ、タカさんは最高だ!」
 蓮花さんがそっと泣いていた。
 僕に涙を見せまいと、「お茶をお持ちします」と立ち上がって出て行った。

 「ミユキさん、コーチャンというのは?」
 「わたくしの弟の幸次です。思い出しました」
 自分の名が皇紀で、コーチャンと重なるとは言えなかった。
 蓮花さんがコーヒーを持って来た。
 僕がブラックで飲むのを見て、微笑んでいた。




 「あ、そうだ。ミユキさんに持って来たものがあるんです。こういうのって、いつお渡しすればいいのか分からなくて」
 「御遠慮なく、いつでもどうぞ。それで何を?」
 ポケットから小さな袱紗を取り出した。

 「これ、シロツメクサの種なんです。ミユキさんが好きな花だって聞いて」
 ミユキの顔が輝いた。

 「わざわざわたくしのために、これを?」
 「あの、少しですみません。鉢植えでできるようにって思って。もしかしたらミユキさんはあまり外にも出られないかもって」
 ミユキさんが立ち上がって、恭しくシロツメクサの種を受け取った。
 両手を重ねて僕の手を握った。

 「ありがとうございます。きっと大切にいたします」
 「そんな、僕ってこういうのをどうするのか分かってないんで。タカさんみたいに上手く出来ないんです。でも喜んでもらえたら嬉しいです」
 「ありがとうございます」
 ミユキさんは席に戻り、袱紗をそっとテーブルに置いた。

 「後で鉢を用意しましょう」
 蓮花さんがそう言って、微笑んでいた。

 「ミユキ、後程皇紀様に訓練の成果をお見せしなさい」
 「はい、かしこまりました」
 僕は蓮花さんと他の施設を見て回った。






 素晴らしい夕食の後で、ミユキさんの成果を見せてもらった。
 僕が設計した「闇月花」発生装置だった。
 厚さ50センチの鋼鉄の壁を守るようになっている。

 「ミユキ、やりなさい」
 
 ミユキさんが壁に向かって駆け出し、渾身のパンチを入れた。
 鋼鉄の壁が大きくしなり、中心に10センチの穴が空いた。
 その周囲の壁が2メートルに渡ってへこんでいる。

 「凄いですよ、ミユキさん!」

 僕は駆け寄ってミユキさんの手を握った。
 ミユキさんはうっすらと汗をかいていて、笑って僕を見た。

 「蓮花さん、すごいですね! これなら「花岡」を使う相手でも近接戦なら戦えるんじゃないでしょうか」
 「いえ、皇紀様。他の技がまだまだですし、それに先日六花様は直径1メートルの大きな穴を空けられました。あれでもまだ全力ではなかったかと思います」
 「そうですか。でも六花さんは特別ですからね」
 「そうでございました」
 蓮花さんが微笑みながら言った。
 僕がミユキさんを元気づけようとしていたことが分かっているのだろう。

 「皇紀様、よろしければ少しミユキと組み手をしていただけませんか?」
 「それはいいですけど、僕は兄弟の中で一番弱いんですよ?」
 「ウフフ、それでもいいのです。誰かと戦うことで、ミユキの訓練にもなりますから」
 いつも独りでやっているのだろう。
 だったら、弱い僕でも役立つのかもしれない。
 僕はコンバットスーツに着替えて、ミユキさんの待つ訓練場へ移動した。

 「さあ、始めましょう」

 ミユキさんがジャブを放って来る。
 なかなか速い。
 僕はステップで全部かわした。
 ミユキさんも足を使ってくる。
 ジャブがステップでは捌けなくなり、手を使っていく。
 ハイキックが来た。
 しゃがんで避けながら、高速で抜ける足にフックを放つ。
 振り抜く方向へ力が加わったせいで、ミユキさんの態勢が崩れた。
 僕も中段蹴りを放ち、ミユキさんの横腹に入った。
 ミユキさんが吹っ飛ぶ。
 起き上がって、また僕に向かって来た。
 ミユキさんは薄っすらと笑っていた。

 僕の前に立ち、身長差を利用した上からのパンチを降り注ぐ。
 まるで空爆のようだった。
 僕は手で捌きながら後退し、前蹴りで腹を蹴った。
 岩のように硬い腹筋に阻まれた。
 そのまま蹴り足を前に落としながら、前転し頭頂に蹴りを入れる。
 上手く決まった。
 ミユキさんが膝をつく。

 「大丈夫ですか!」
 脳震盪だ。
 ミユキさんは笑いながら手を振った。

 「大丈夫です。少しこのまま」
 「もうここまでにしましょう」
 「はい、不甲斐なく申し訳ございません」
 僕はミユキさんを横にした。

 「皇紀様はお強いですね」
 「そんなことは。でも姉や妹たちとやってますからね」
 「そうですか」
 「姉はバケモノみたいに強くて、妹たちは双子で狡猾な攻め方をしますから」
 ミユキさんが笑った。

 「いつかその御姉妹とも戦ってみたいです」
 「妹たちはともかく、姉はやめておいた方がいいですよ」
 「どうしてでしょうか」
 「スイッチが入っちゃうと悪魔になるんですよ。いつも山でもやり過ぎで」
 「山?」
 「ああ、タカさんが「花岡」の練習用に山を買ったんです。そこで姉が暴れるといつも死人がでかけて」
 ミユキさんが可笑しそうに笑った。

 「ミユキさん、笑いますけどね。本当に怖いんですって」
 「でも皇紀様は御無事でいらっしゃいますね」
 「ミユキ、皇紀様は防御に関しては抜きん出ておられるのです」
 「そうなのですか」
 「いえ、弱いから逃げるのが上手いだけですよ」
 「道理で、どうやっても崩せませんでした」
 「アハハハ」

 ミユキさんが動けるようになり、今日はここまでとなった。

 「また明日にでも組み手をしていただけますか?」
 「ええ、喜んで! 僕が帰るまで毎日やりましょう」
 「ありがとうございます」






 僕は蓮花さんに風呂に案内された。
 背中を流すと言う蓮花さんを断った。
 恥ずかしい。
 風呂から上がると、食堂へ案内された。

 蓮花さんが熱燗を持って来られる。
 ソーセージと豆腐も出された。
 ネギやショウガ、ワサビなどの薬味もある。

 「少しお酒はいかがですか?」
 「あまり飲んだことはないんですが、いただきます」
 「熱燗にして、アルコールを飛ばしております。それほど御酔いにはならないかと」
 僕はお猪口に注がれた日本酒を一口含む。
 独特の芳香が鼻に抜けた。

 「僕はあまりお酒は強くないそうです」
 「そうなのですか? どなたが?」
 「ああ、タカさんです。僕は父に似ているからきっと弱いぞって」
 蓮花さんが声を出して笑った。

 「申し訳ございません。石神様がおっしゃるのなら、そうなのでしょう」
 「僕はタカさんと一緒に飲みたいんですけどね」
 「少しずつ飲めば良いののです。一緒の酒量を召し上がる必要はありません」
 「あ、そうですよね!」

 「石神様は大変お強い」
 「姉もです。タカさんは「バカみたいに飲む」って言ってました」
 「アハハハハ」

 「あ、蓮花さんも飲みましょうよ。僕は少しでいいですから」
 「ありがとうございます」
 蓮花さんは一度出て、自分のお猪口を持って来た。
 僕はそれにお酒を注ぐ。

 「いただきます」
 美しい所作で、お酒を一気に煽った。
 僕はすぐに注いだ。

 「このソーセージ、美味しいですね!」
 皮はパリパリで、噛むと肉汁が溢れてくる。
 それが濃厚な旨味を持っていた。

 「ありがとうございます。ここで作っているものです」
 「そうなんですか!」
 「ここは畜産研究所ですから」
 「あー、そうでしたね!」
 二人で笑った。




 僕はタカさんや姉、妹たちの話をし、蓮花さんがずっと笑って下さった。
 楽しい夜を過ごした。
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