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皇紀とミユキ

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 東京駅から上越新幹線に乗った。
 高崎駅まで1時間もかからない。
 タカさんはグリーン車を用意すると言ったが、断った。
 東京駅から上越新幹線に乗った。
 高崎駅まで1時間もかからない。
 タカさんはグリーン車を用意すると言ったが、断った。

 「折角初めての一人旅なんだから、贅沢しろよ」
 「いいですよ。たった50分程度なんですから」
 タカさんはいつでも僕たちのためを考えている。
 僕たちが楽しく、喜ぶようなことを。
 土曜日で、しかも四連休。
 タカさんは「だから下りは空いているだろう」と言っていた。
 その通りだった。
 タカさんはやっぱスゴイ。

 高崎で新幹線を降りた。
 タクシー乗り場で、乗り込んだタクシーの運転手さんに行き先の《花岡畜産研究所》の名と住所を告げた。

 「珍しいね。お父さんとか勤めてるの?」
 「いいえ、見学のようなもので」
 「あそこ、そんなことやってるんだ」
 通りかかったことが何度かあるらしい。
 駅前は東京と同じように開けているが、5分も走ると、もう畑と山ばかりだ。
 蓮花さんの研究所は、山間にある。




 「あそこだけどね。あ、もう誰か待ってるよ」
 運転手さんはそう言ってタクシーを正門前で停めた。
 蓮花さんは着物ではなく、白衣を着ていた。
 僕が料金を払おうとすると、蓮花さんが運転手さんにお金を渡した。

 「このような服でお出迎えして申し訳ございません」
 僕にはよく分からないが、蓮花さんのいつもの着物は、正装のようなものらしい。
 今日はタクシーで行くと伝えていたので、不審がられないように、白衣なのだろう。

 「いいえ。僕なんかのために却って気を遣わせてしまってすいません」
 そう言うと、蓮花さんは微笑んで「こちらへ」と言った。

 



 本館の中へ入り、僕のために用意された部屋へ案内された。
 
 「お召替えの着物も用意しましたが、普通の服の方がよろしいですか?」
 「え、着物があるんですか!」
 タカさんが蓮花さんにいただいたという着物を持っている。

 「はい。皇紀様がよろしければとご用意いたしました」
 「是非! ああでも着方が分かりません」
 「わたくしがお手伝いいたします」
 そう言って、蓮花さんはベッドの脇に畳まれた着物を取り出した。
 恥ずかしかったが下着姿になった。
 蓮花さんは上も脱いで下さいと言った。
 後ろから襦袢というものを羽織らされた。
 温かかった。
 蓮花さんがすべてやってくれ、僕は生まれて初めて着物を着た。
 腰の帯が締め付けて背筋が伸びる感じがする。

 「歩いてみて下さい」
 歩くと裾が足に絡まる。

「普段よりも小幅に。慣れれば普通に歩けますよ」
 そうか、だから蓮花さんの動作は美しいのか。
 僕は嬉しくなった。
 蓮花さんはタカさんの着物で歩く姿が美しいのだと言った。
 また、僕の目標が一つ増えた。

 紺地の着物の柄は、月と多くの小さな白いバラだった。
 蓮花さんは僕を部屋の大きな鏡の前に連れて行き、背中を見せてくれた。
 大きな甲冑が描かれていた。

 「皇紀様は誰よりもお優しい。ですから「守る方」ですので」
 僕は蓮花さんにお礼を言った。
 僕はそうだ。
 みんなを守りたいのだ。





 昼食をご馳走になった。
 和食で、幾つもの器が出た。
 どれも美味しかった。

 食後に、蓮花さんと打ち合わせをした。
 食堂とは別の、大きなテーブルのある部屋だった。
 多分、防諜システムがあるのだろう。
 窓がなく、ドアがやけに分厚い。

 数時間に渡って、二人で話し合った。
 中でも時間をかけたのは「IVA(イーヴァ)」についてだ。
 人工的に「虚震花」を生じる兵器。
 中枢の周波数の組み合わせは、タカさんと僕、そしてルーとハーの四人だけしか知らない。
 蓮花さんにも伝えたいが、タカさんが言うには、これでも多すぎるということだった。
 そのために、中枢の回路は僕たちで供給するしかない。
 蓮花さんが紅茶を淹れてくれた。

 「取り敢えずはここまでにいたしましょう。一度研究所内を見ていただき、また後程」
 「はい、よろしくお願いします」
 「では、まずは「IVA」を」
 「あの、できればでいいんですが、ミユキさんにお会いできませんか?」
 蓮花さんは少し驚かれたが、僕に美しい笑顔を見せた。

 「皇紀様、感謝いたします」
 そう言って深々と頭を下げられた。

 「いいえ! 僕は何も」
 微笑んで部屋を出て行かれた。
 ミユキさんに会うための、何かの用意があるのだろう。
 そう思っていたら、蓮花さんはケーキを持って来られた。
 メロンのショートケーキだ。

 「申し訳ございません。茶請けもお出しせずに」
 既にクッキーなどが出ていた。
 蓮花さんは、クッキーの皿の前に、ケーキを置いた。
 微笑んでいた。
 ケーキはとても美味しかった。





 エレベーターを乗り継いで、ミユキさんの部屋へ行った。
 ミユキさんは、立って僕たちを待っていた。
 僕が部屋に入ると、深々と頭を下げた。

 「皇紀です、初めまして。タカさんに聞いて、ずっとお会いしたいと思っていました」
 「ミユキと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
 部屋には小さなテーブルがあり、蓮花さんに導かれた。
 僕と蓮花さんが向かい合わせに。
 二人の横に、ミユキさんが座った。

 「皇紀様はこちらへ来て、真っ先にお前に会いたいと仰いました」
 「さようでございますか。ありがとうございます」
 「いえ、今回こちらへ来た一番の目的がミユキさんに会いたかったことです」
 「それは」
 ミユキさんは少し驚かれたようだ。
 目を大きく見開いている。

 「前にミユキさんたちを見たんです。申し訳ありません、僕はタカさんのように上手く言えない。その、ミユキさんたちはまるで生きていないようでした」
 「はい、存じております。あの者にそうされたことも思い出しております」
 「僕は泣いてタカさんに言ったんです。こんなひどいことは絶対に許せないって」
 「はい」

 「タカさんも同じ怒りと悲しみがあったと思うんです。蓮花さんも。だからこうしてミユキさんを甦らせることを考えていた」
 「はい、石神様はわたくしの最大の恩人です」
 ミユキさんが涙を零した。
 ここまで人間的な感情を持っているとは思わなかった。
 タカさんと蓮花さんに感謝した。

 「この前、タカさんが教えてくれました。ミユキさんが生き返ったと」
 「それは!」
 「とても嬉しそうに僕に教えてくれたんです。僕も本当に嬉しくて」
 「ああ!」
 「あなたが元気になって下さって、僕たちは本当に嬉しいんです。ミユキさん、頑張ってくれてありがとうございました」
 ミユキさんは一層の涙を流した。
 何も無かった壁に、タカさんの姿が映った。
 等身大のタカさんの映像だ。
 優しく微笑んでいる。

 「ミユキ、落ち着けよ」
 タカさんの声でそう言った。

 「石神様、いいのです。泣かせてやって下さい」
 蓮花さんがそう言うと、タカさんの映像が消えた。
 AIの判断だろう。
 ミユキさんが一定の興奮状態になると、センサーで感知してああやって鎮める行動をする。
 ミユキさんには、まだこういった制御が必要なのだ。

 ミユキさんは自分が思い出した記憶について少し話した。
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