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ミユキ Ⅴ

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 6時ごろに目が覚めた。
 六花は隣で寝ている。
 微笑んでいる。
 良い夢を見ているといい。
 俺はそっとベッドを抜け出し、コンバットスーツに着替えてミユキに会いに行った。
 歩いていると、蓮花が追いかけて来た。

 「おはようございます。随分とお早いですね」
 「なんだ、起こしてしまったか?
 恐らく、俺が部屋を出ると蓮花に知らせるシステムがあるのだろう。

 「いいえ。朝食の支度をいたしますし」
 「ミユキの部屋へ行こうと思っているんだ」
 「御一緒します。今車いすを」
 「いらない。俺が一人で歩いていくから、お前は美味い朝食を頼む。ああ、ミユキの分もな」
 「かしこまりました」
 部屋へ行くと、ミユキは既に起きており、ドアの向こうで床に座って待っていた。
 俺が入ると頭を下げる。

 「なんだ、お前の寝顔を見ようと思っていたのに」
 「畏れ多いことでございます」
 「起きているのなら、ちょっと組み手の相手をしてくれないか?」
 「御身に障るのでは」
 「大丈夫だ。軽く流すだけだから」
 「かしこまりました」
 俺の服を見て、蓮花は止めなかった。
 復調を確認しているのだろう。
 俺の体調は良かった。

 ミユキの案内で、広い体育館のような場所へ行く。
 床は硬い。
 準備運動もなく、俺はミユキと対峙し、駆け寄った。
 フルパワーではないが、顔面にパンチを放つ。
 それをミユキはスェイバックでかわし、横に回り込んで右ストレートを打って来る。
 俺は前に出てかわすと同時に、後ろ回し蹴りを放った。
 ミユキは、それを左手で受け、俺の足に絡み取られて地面に突っ伏した。
 左肘を極められ、ミユキはタップした。

 15分ほど、組み手をした。
 ミユキは全身に汗をかいている。

 「参りました。身体が完全ではない石神様に、ここまで届かないとは」
 「いや、なかなかいい動きだった。今後も鍛錬してくれ」
 「はい」
 一緒にシャワーを浴び、着物に着替えてから食堂へ行った。
 ミユキは短パンにタンクトップのままだ。
 蓮花が野菜ジュースを持って来る。
 ミユキと一緒に飲んだ。



 六花が蓮花に連れられて来た。
 四人で朝食を食べた。
 今朝は洋食だ。

 薄味のラザニア。
 コーンポタージュ。
 バターロール。
 蜂蜜がけの野菜サラダ。
 燻製のタマゴと羊肉。
 
 どれも美味かった。

 ミユキは黙々と食べている。
 時折、六花を見ている。
 六花は、いつもの満面の笑みで朝食を平らげている。

 「ミユキ、六花の笑顔はいいだろう」
 「はい。幸せな気分になります」
 俺と蓮花が微笑んだ。
 ミユキは、確実に「心」を取り戻しつつある。

 「あの、石神先生」
 「なんだ?」
 「こちらの方はどなたでしょう?」
 俺と蓮花が笑った。
 見ると、ミユキも微笑んでいた。

 「俺に協力してくれる仲間だ。今は訓練中だが、いずれ強力な戦士になる」
 「そうなんですか! あの、一色六花です! 今後ともよろしくお願いいたします」
 「ミユキです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 「あの」
 「なんだよ」
 「もしかして、昨日おっしゃっていた「虎曜日」のもう御一方ですか?」
 「そうだ」
 「ああ! お綺麗な方ですね!」
 「そうだろう!」

 「一色様こそ、この世の方とは思えません」
 ミユキが言った。

 「六花は綺麗だけじゃないんだ。物凄く強いぞ」
 「さようでございますか」
 「後で手合わせして見ろよ。俺も見たい」
 「はい、よろしくお願いいたします」
 朝食を食べ、一休みしてから、先ほどの訓練場に行った。

 六花とミユキは様子見でジャブや軽いパンチを応酬し、次第に動きを速く、そしてトリッキーなものへ変えていく。
 六花が優勢だった。
 ミユキの攻撃はほとんど当たらない。
 六花はステップを使い始める。
 もうミユキは対応できなくなった。
 踏み込んで強力なパンチを十字受けで引き受けようとし、ミユキは壁まで吹っ飛ばされる。

 「参りました」
 六花は大きな笑顔でミユキの肩を叩いた。

 「なかなかいいよ! またやろう!」
 「はい、またお願いします」
 二人にシャワーを使わせ、俺と蓮花は先に食堂へ戻った。

 蓮花が俺にコーヒーを淹れる。

 「ミユキが楽しそうな顔をいたしておりました」
 「そうだな」
 「夕べ、ミユキと話しました」
 「ほう」
 「夕方に石神様と一緒に寝て、夢を見たそうです」
 「そうか」
 「二人で、どこかの縁日へ行く夢だったとか」
 「いい夢だな」
 「はい」
 俺は嬉しかった。
 俺は別な「ミユキ」と行った縁日を思い出していた。
 なんという偶然か。

 「でもミユキは私に話してから、申し訳ないことだったと言っておりました」
 「どうしてだ。あいつもきっと楽しかっただろうに」
 「ミユキは、石神様と楽しむために「生まれた」のではないと。
 「そうか」
 「はい」

 「俺が帰ったらミユキに話してくれ」
 「はい」
 「俺も夕べ夢を見たんだ。ミユキと蓮花と六花の四人で、シロツメクサの花畑を散歩する夢だった」
 「それは!」
 「俺は幸せだった。あんなに楽しく美しい夢を見られて、俺が喜んでいたと言ってくれ」
 「必ず!」






 俺と六花は、帰った。
 蓮花が弁当を持たせてくれた。
 ミユキも見送りに来てくれた。

 「蓮花、ミユキ、また来る」
 「はい、いつなりとも、お待ち申し上げております」
 ミユキは黙って頭を下げていた。

 「六花様も、ご健勝をお祈り申し上げます」
 「また来ますね!」

 蓮花が寄って来て、俺の耳元で囁いた。

 「ブラン計画を進めます」
 「よろしく頼む」

 「白き者」は、今後増えていく。
 いずれも、「心」を取り戻して欲しい。
 しかし、それは口には出せなかった。





 それは俺の身勝手な我儘だ。





 高速を走っていると、蓮花から電話が来た。

 「お帰りの途中とは思いましたが」
 「構わない。何かあったか?」
 「はい。石神様にすぐにお知らせしたいと」
 「なんだ?」
 「先ほどミユキに話しましたところ、シロツメクサはミユキが最も好きな花だということでした」
 俺は不覚にも涙を零した。


 「よく知らせてくれた。ありがとう」


 電話を切った。

 「石神先生! 体調が悪いのですか!」
 六花が俺を見て驚いていた。

 「そうじゃないんだ。嬉しいことがあったんでな」

 六花はホッとしたようだ。








 「じゃあ、次のサービスエリアで蓮花さんのお弁当を食べましょうか!」
 「そうだな。急げ!」

 「はい!」
 六花が嬉しそうにアクセルを踏み込んだ。
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