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ミユキ Ⅲ

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 蓮花は別にしたかったようだが、俺は六花と一緒に夕飯を食べた。
 俺は特別な薬膳料理だったが、六花には豪華な膳が出された。
 和食だ。

 キノコの炊き込みご飯。
 鯛の焼き物2尾。
 マグロの各種とアワビや芝エビなどの御造り。
 山菜と秋野菜のテンプラ。
 三人前はありそうなすき焼き。
 煮物と酢の物の器が幾つか。
 椀は松茸だった。

 「おい、アワビの刺身とナスの天ぷらをくれよ」
 「はい!」
 ニコニコして六花が器を持って来る。

 「御用意いたしますので」
 蓮花がそう言うと、六花は一層ニコニコした。
 俺も笑う。

 「どうだよ、言った通り蓮花の食事は美味いだろう?」
 「最高です!」
 蓮花も礼を言って微笑んだ。

 「六花、今日はどうだった?」
 「はい。ラビちゃんに言われた通りにやりましたけど、楽しかったですよ?」
 「そうか。それは良かった」
 蓮花からも、六花のテストのお陰で進展できると言われた。
 六花が喜ぶ。

 「じゃあ、石神先生のお役に立てたのですね!」
 「ああ、ありがとうな」
 デザートに、六花はバニラアイスを食べた。
 俺は食べずに、コーヒーを飲んだ。


 「石神先生は、この後はどうされるんですか?」
 「ああ、検査結果の出たものもあるから、それに沿って少し治療だ」
 「そうなんですか」
 六花は残念そうだ。

 「悪いな、先に休んでくれ」
 「はい」
 「ああ、ラビに案内してもらえよ。ここでは銃も撃てるぞ?」
 「ほんとですか!」
 六花は最近銃に興味を持っている。
 丹沢の山中で、俺が何度か撃たせた。
 筋がいい。
 機械の扱いは天性の勘がある。

 「風呂もでかくていいぞー!」
 「あの、石神先生とご一緒に」
 「お前と一緒だと大変なことになるだろう! 折角治療に来たんだからな」
 「分かりましたー。早くお元気になってくださいね」
 「ああ、悪いな」




 俺は蓮花に、ミユキを外へ連れ出すように言った。
 戸惑っていたが、頷いた。
 研究施設の東側に、三人で出た。
 
 「蓮花、最近仲間になった奴だ。呼ぶから見ていてくれ」
 「呼ぶ? はい、かしこまりました」
 俺は南西の方角に向かって言った。

 「クロピョン! 来い!」
 一瞬で気配が変わる。

 「石神様、これは!」
 蓮花が驚き、ミユキも身構える。
 ミユキにも感じられるようだ。

 「姿を出せ。小さくて良い」
 黒いヘビが地面に現われた。
 先端に一つ目が開く。

 「!」
 「よく来た」

 「石神様、このモノは?」
 「俺にも分からない存在だな。縁があって、今は俺に従っている」
 「このようなものが!」
 「クロピョンだ。本体は数千メートルある。まあ、それ以上かもしれんが」
 「なんと!」

 「クロピョン、俺の考えていることが分かるか?」
 黒いヘビが円を作った。

 「!」
 「やれ」

 ヘビがミユキの身体に巻き付いていく。
 額から頭に入っていく。

 「何をしているのですか!」
 「ミユキの脳を再生している」
 「石神様、それは!」
 「見ていろ」
 ミユキは動かない。
 見えていないのかもしれない。
 ミユキが突然頽れた。
 ヘビが外に出ている。

 「よし、帰っていいぞ」
 ヘビは地面に吸い込まれるようにして消えた。



 「ミユキを風呂へ」
 「はい!」
 車いすにミユキを乗せ、俺は歩いて建物へ戻った。
 浴室で蓮花がミユキの服を脱がせ、俺も脱いで風呂へ入った。
 蓮花は自分も裸になり、マットの上にミユキを寝かせた。
 蓮花は手をかざし、ミユキの状態を見る。
 注意深く頭に手をかざす。
 ミユキの目が開いた。

 「石神様……」
 「大丈夫か?」
 「はい」
 ミユキは動かない。
 自分で身体を確認しているのだろう。
 戦闘プログラムだ。

 「何か変わったか?」
 「はい。霧が晴れたような気分です」
 「!」
 「そうか」
 驚いている蓮花を俺は手で制した。

 「ミユキ、俺のために戦ってくれるか?」
 「もちろんでございます。この身も心もすべて石神先生のためのものです」
 蓮花がホッとした表情になる。
 俺はミユキに湯船に浸かるように言った。
 蓮花もついてくる。
 二人がまた俺の両側に座った。

 「何か思い出したか?」
 「はい。幼少の頃からのことを」
 「ミユキ、思い出したのですか!」
 「はい、蓮花様。やはり私は石神様のために生まれたのだとやっと確信できました」
 「……」

 「「業」のことも思い出したか?」
 「はい。あの者は私の家族を殺し、私を人ではないモノにしました。どんなに憎んでも足りない男ですが、今は石神様のために生きる以上の望みはございません」
 「そうか」
 俺はミユキを抱き寄せた。

 「ああ、このような幸せが」
 ミユキは涙を流した。
 俺たちは風呂を上がり、ミユキは自分の部屋へ戻った。
 ラビとは別な自走ロボットが先導する。
 顔はただの球体だった。

 俺と蓮花は大きなテーブルの部屋へ行った。
 蓮花が薬湯を作る。

 「石神様、先ほどのことをお聞きしてもよろしいでしょうか」
 「アレは、俺は「クロピョン」と呼んでいるが、正体はよく分からない。ただ、意志のようなものはあるらしい。恐らく、これまで多くの生命を「吸収」して出来上がった存在だ」
 「そのようなものが」
 「アレの記憶のようなものを少し見た。俺を吸収しようとして失敗した時だ」
 「石神様を!」
 「そのせいでこのザマだ。一時は本当に危なかった」
 「……」

 「宇宙は秩序と無秩序が存在している。現代物理学では、次第に無秩序に覆われて、宇宙は死ぬと言われている」
 「エントロピーですね」
 「そうだ。しかし、その一方で秩序が確実にあり、拡大することもある」
 「はい」
 「海の波、風、プレートの振動、そうしたものが、ある時に秩序を生み出すことがある」
 「はい」
 「それが積み重なって、一つの意志を生成することもある」
 「……」

 「「クロピョン」は、溶岩の噴出が偶然に「音楽」になったものだ。それを出発点にして、その「音楽」を自在に操るようになり、やがて意志を持って「音楽」を奏でるようになった」
 「そのような……」
 「何億年の話かは分からん。やがて地球上に生命が誕生し、秩序の活動を始めた。それに気づいたアレは、その秩序を新たな「音楽」として吸収を始めた」
 「我々「生命」とは別な存在だけどな。でも吸収しながら、アレは独自の意志を持ち、生命に興味を抱くようになった」

 「石神様は、アレを従えたと」
 「そうだ。俺の命令に従うようになっている」
 「それは信頼できるものなのですか?」
 「俺はそう信じている」

 「分かりました」

 俺は笑った。

 「蓮花には一概には呑み込めないだろうけどな。意志を持つ者であれば、約束だって出来るさ」
 「わたくしは石神様に従うだけです」
 「そうか。でも、あれは人間以上に純粋だぞ」
 「そうですか」

 「膨大な生命を吸収した挙句に、「自分」を保っているんだからな。相当強固な意志を持っている。アレにとっては、その意志を曲げないということが、唯一のレゾン・デートルだ」
 「なるほど」
 「どのような存在もな、好き勝手にしていると必ず滅びる。無秩序に吞み込まれるんだよ」
 「はい」
 「「業」もそれによって滅びる。俺にはそれが分かる」
 「はい」
 「自分の欲望を追いかければ、やがて何を基準にすれば良いのかを見失うことになる。何がしたいのかが分からなくなる」
 「はい」

 「その時、膨大に積みあがった無秩序に呑まれる。これも膨大に作り上げられた「反発」によって滅びるのだ」
 「この世を覆う「秩序」ということですか?」
 「その通りだ。己が矮小であることを知らぬ者の末路だな」
 「はい、その通りでございます」

 


 俺たちは更に話し続けた。
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