上 下
507 / 2,859

再び、六花と風花 Ⅵ

しおりを挟む
 「どうだ、お腹は一杯か?」
 「はい! いつもより大分食べました。どれも美味しかったです」
 「そうか。風花も自分でちゃんとしたものを作るんだぞ」
 「はい!」
 俺たちはしばらく料理の話をした。

 「美味しいものを食べろということじゃないんだ。「ちゃんとしたもの」ということだな」
 「それは、どういう違いなんでしょうか」
 「人間は雑食だ。だからいろいろなものを喰わなければならん。好きだからって肉ばかり食ってると身体を壊すんだよな」
 「はい」
 「ミネラルが日本人には特に重要なんだけど、ミネラルって大抵美味くないんだよ」
 「そうなんですか」
 「苦い場合がほとんどだからな。サラダなんかも、生野菜って苦いじゃない」
 「ああ」
 「でも、食べなきゃいかん。だからドレッシングとかがあるわけだな」
 「なるほど」

 風花は東京の夜景を見ている。
 大阪とは違う。




 「じゃあ、石神さんはお子さんたちにも」
 「ああ、あいつらは肉食獣だからな」
 風花が笑う。

 「もちろんいろんなものを喰わせているけど、肉が少ないと俺が危ない」
 「アハハハハ!」
 「普通はさ、家計が頭打ちになって、自然にステーキ大会なんかしなくなるよ。でも、うちは出来ちゃうからなぁ」
 「石神さんはお金持ちですからね」
 「まあ、金持ちかどうかは知らんけど、あれだけ喰わせることはできるよな」
 「はい」

 「でも、本当はいいことじゃないんだ。あいつらだって、いずれは自前で生活させなければならん」
 「そうですね」
 「風花なんかはそうなってるけど、そうするといろんなお金の配分を考えるだろ?」
 「私の場合、石神さんとお姉ちゃんに助けてもらってますから」
 「それでも、毎日ステーキは喰えないだろう」
 「そうですねぇ」
 「でもな、あいつらは既に出来ちゃうんだよ」
 「そうなんですか!」
 「特に双子な。もうすぐ国家予算並みの資産になる」
 「え?」
 「皇紀も、これまでの特許なんかで相当だ。今後は更に展開していくだろうしなぁ。亜紀ちゃんはまだそういうのは無いけど、あいつはまた幾らでも稼げそうだしなぁ」
 「石神さんの家ってとんでもないですね」
 「あいつらが異常なんだぁ!」
 二人で笑った。
 亜紀ちゃんが女子プロにスカウトされた話をすると、また風花が爆笑した。





 俺たちは、羽田空港に着き、車を降りた。
 風花がアヴェンタドールのドアを閉める時に、また緊張した。
 第一ターミナルの展望台へ行く。
 途中でいつも通り、コーヒーを買った。
 三つだ。

 「ああ、やっぱり綺麗ですね!」
 「そうだよなぁ」
 すっかり暗くなっており、空港の夜景が素晴らしい。
 俺たちはベンチに座り、コーヒーを飲みながらしばし景色を眺めた。
 二人でカップを持ち、一つを俺の隣に置く。

 「風花が元気そうで本当に嬉しいよ」
 「ありがとうございます。石神さんとお姉ちゃんのお陰です」
 「うん? 六花から塩野社長の話は聞いてないのか?」
 「え?」
 「あいつ! ちゃんと風花に話せって言ったのに」
 「はい?」

 俺は別荘で話した、塩野社長の子どもの頃の体験を風花に話した。
 風花は黙って聞き、やがて涙を流した。

 「最初に風花に会いに行った時、素晴らしい社長さんだと思った。やっぱり、そういう悲しい経験があるんだな」
 「はい」
 風花が涙を拭って答えた。

 「風花が育った孤児院で、その女性も育った。だから塩野社長は風花が入社してくれて、それは喜んだことだろう」
 「はい」
 「それに風花が一生懸命に働いてくれて。俺が前に風花が拾ってくれたことを恩義に感じて、東京へは来ないと言ったと伝えたら、大層喜ばれた。それは、そういうことがあったからだな」
 「分かります」
 「塩野社長は恩義で風花の孤児院を援助し、風花がまた恩義に感じてくれた。人間はいいよなぁ」
 「はい!」

 俺たちは、飛び立っていく旅客機を眺めた。
 幾つもの灯をともし、点滅させながら小さくなっていく。
 旅の無事を祈る。

 「今日は六花のことで、風花に頼みたいことがあったんだ」
 「なんでしょうか?」
 「六花は俺を愛してくれている」
 「はい」
 「もちろん、俺も六花を愛している。だけどな、六花は俺と自分を重ね過ぎている」
 「どういうことですか?」
 「あいつは、俺が死んだら一緒に死ぬつもりだ」
 「……」
 「その時に、お前があいつを止めて欲しい」
 「それは!」

 「六花の気持ちはこの上なく有難い。でもな、人間は「別」な存在なんだ。だから辛くたって、自分の運命を生きなきゃならん」
 「はい、そうは思いますが」
 「俺と共に生き、俺と共に死ぬ。それがあいつの最大の喜びなんだということは分かっている。それでも、だな」

 風花は黙っている。
 俺の話は理解している。
 しかし。

 「お引き受けしたいんですが。でも、やっぱり無理だと思います」
 「そうか」
 「お姉ちゃんは、誰が止めたって喜んで死ぬと思いますよ。石神さんがおっしゃるように、それが最大の幸せですから」
 「お前はそう言うんじゃないかと思っていたよ」
 「そうですね」
 「それでもな。俺は言わなければならんことは言う人間だ。正直に答えてくれてありがとう」
 「いいえ」

 俺たちはまた夜景を眺めた。

 「ところで石神さん、さっきから気になっていたんですが」
 「なんだ?」
 「そのコーヒーは、石神さんが飲むんですか?」
 俺の隣に置いたままのカップを、風花が尋ねた。
 俺は奈津江の話をかいつまんでした。

 「今でも奈津江が傍にいるんじゃないかってな。いつも独りの時は置いているんだ」
 「今日もなんですね?」
 「いや。誰かと一緒の時にはやってなかったんだ。でも、こないだルーをここに連れて来た時に、奈津江を見たらしい」
 「え!」
 「そうは言ってないんだ。あいつらの中で話してはいけないことのようだからな。でも、ここで俺の隣で微笑んでいる奈津江の絵を描いてくれた。だからきっといるんじゃないかってな」
 「石神さん」

 「双子は何か見えるらしいんだよ。滅多に喋らないけどな。ああ、こないだ別荘に行った時にも、とんでもないものを見たらしいんだよ」
 「とんでもないものって?」
 「口を滑らせたのは、山よりもでかいらしい。俺にはさっぱり分からんけどな。だけど、あのやんちゃなあいつらが脅えていたんだ」
 「そんなものが」
 「ちょっと気になってな。秘密で挨拶に行った!」
 「え!」
 俺は笑って、その時のことを話した。

 「夜中になったけどなぁ。俺の言葉が通じるかも分らんけど、一応な。俺たちを襲わないでくれってな」
 「どうだったんですか!」
 「ああ、全然分からん」
 風花が爆笑した。

 「あー、でも良かったですよ。ほんとに出てきたら怖いじゃないですか」
 「そりゃそうだな!」
 また二人で笑った。

 「あいつらは肉の喰いすぎだからしょうがねぇ。でも俺は真面目に生きてるからなぁ!」
 「それは酷いですよ!」
 「だってそうだろう! あいつらをあれだけ喰わせてやってるんだ。もしもの時には俺の盾になって欲しいよ」
 「アハハハハ!」
 「さあ、そろそろ帰るか!」
 「はい!」

 俺は奈津江の冷めたコーヒーを飲み干した。
 
 「あ、飲んじゃうんですね?」
 「そうだ。間接キッスだ! 奈津江とはあんまりキスもしなかったからな!」
 「アハハハハ!」

 




 奈津江も笑って欲しいと思った。
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……思わぬ方向へ進んでしまうこととなってしまったようです。

四季
恋愛
継母は実娘のため私の婚約を強制的に破棄させましたが……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

処理中です...