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井上さん Ⅳ

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 翌朝。

 「井上総長! お替りをどうぞ!」
 「井上総長! お醤油をどうぞ!」
 「井上総長! コーヒーです!」
 子どもたちが井上さんをもてはやす。
 井上さんは困りながらも笑っていた。

 「おい、ルー! 井上総長の肩を揉んで差し上げろ! ハーは足裏マッサージだ!」
 「「はい!」」
 「イタイイタイイタイ!」
 みんなで笑った。

 「井上さん、アヴェンタドールでお送りしますよ」
 「いいのか?」
 俺はエンジンをかけ、シザードアを開いた。

 「おい、すごい車だなぁ」
 「アハハハ」
 「そういえば、武市がライダースーツに刺繍をしたんだってな」
 「ああ! 見せれば良かったぁ!」
 「アハハハ」
 「今度また来てくださいね! 絶対ですからね!」
 「分かったよ。必ずな」
 「すごいカッチョイイ刺繍なんですよ。「六根清浄」!」
 「またあれかよ!」
 「はい! 俺の別名ですからね」
 「アハハハ」
 ドゥカティのレッジェーラを買ったと話した。

 「もう井上さんはバイクは乗らないんですか?」
 「流石になぁ」
 「俺もそう思ってたんですけど、レディスの奴がナースでいまして」
 「ほんとか!」
 「そいつの昔の仲間と飲んで話してるうちに、また乗りたくなったんです」
 井上さんは遠い目をされた。

 「バイクはいいよなぁ」
 「あの、今ならカタナ弁償できますけど」
 井上さんは大笑いされた。

 「じゃあ、また乗りたくなったら頼むわ」
 「はい! 任せて下さい!」


 井上さんの家で、奥さんと二人の娘さんを紹介された。

 「じゃあ、今度は御家族でいらしてくださいね!」
 「ああ、トラ! 世話になったな。本当に楽しかった」
 「俺の方こそ!」
 俺は手を振って帰った。







 俺はそのまま病院へ行き、響子を乗せた。
 六花が待っていて、バイクで後を追ってくる。
 二人をロボに合わせるのだ。

 「響子、最初は大人しくロボの好きなようにさせるんだぞ」
 「うん」
 「手を出してはダメだ。座ったままでな。ロボがお前の匂いを覚えるまでだ」
 「分かった」
 玄関の前で、六花にも同じ話をする。
 玄関を開けると、ロボが飛んで来た。

 「か、かわいいー」

 響子が笑顔になり、手を伸ばす。

 「こら!」

 響子はハッとして手を引っ込めた。
 ロボが下がる。
 俺はロボを抱き上げ、リヴィングのソファに三人で座った。
 頭を撫でてやるとロボが落ち着き、響子と六花に興味を持つ。
 響子に近づく。
 響子は言われた通りに大人しく座っている。
 ロボが、響子の匂いを嗅いでいる。
 響子は緊張して固まっている。
 カワイイ。

 ロボが響子の膝に足を乗せ、そのまま隣の六花の匂いを嗅ぎだした。
 六花も緊張して固まっている。

 「ロボ、二人とも俺の大事な人間なんだ。仲良くしてくれ」
 ロボは俺を振り向き、六花の肩に前足をかけて顔を舐めた。

 「響子はカワイイだろ?」
 俺が言うと、今度は響子の顔を舐める。

 「響子、優しく撫でてやれ」
 響子はそっとロボの顔を撫でた。
 ロボが嫌がらずに、ゴロゴロと喉を鳴らす。

 「これでお前たちも仲良しだ」
 笑って言うと、響子が喜んだ。
 しばらく響子と六花がロボを撫でる。
 ロボは腹を見せて、二人の手にじゃれる。
 もう大丈夫だろう。
 俺は「たわしオモチャ」を出し、ロボの遊びを教えた。
 響子が大笑いでロボと遊んだ。
 六花は、美しい顔でニコニコと響子とロボを見ていた。
 
 昼食は、響子の好きなオムライスを作る。
 肉食獣たちには、それにスコッチエッグを乗せた。
 ロボには、鶏のササミを焼いてやる。
 響子を病院へ送り、俺と六花はバイクで出掛ける。





 「今日はどこへ行きましょうか」
 「久しぶりだからなぁ。あ、武市の店に行こう!」
 「タケチ?」
 「ああ、このライダースーツの刺繍をしてくれた奴だよ」
 「いいですね! 行ってみたいです!」
 決まった。
 井上さんと会って、懐かしくなった。

 俺たちは相模原の店に行った。
 俺はウキウキだった。
 連絡はしない。
 行って驚かせようと思った。

 「トラさん!」
 店の前掛けをして、武市が出てきた。

 「オース!」
 「こんにちは」
 武市が六花の美しさに呆然とする。

 「俺の「女」だぁ!」
 「はぁ、美人ですね!」
 「そうだろう!」
 奥の部屋へ通される。
 採寸などの部屋らしい。
 ソファセットがあった。
 従業員の女性が茶を持って来てくれる。

 「久しぶりですねぇ」
 「電話だけだったもんな。お前、元気そうだな」
 「お陰様で」
 俺たちは、武市の店の刺繍に大感動だと伝えた。

 「そりゃ良かった。トラさんのものですから気合入れましたからねぇ」
 「ありがとうな」

 「そうだ。井上さんが夕べ泊りに来てくれたよ」
 「そうですか! 井上さんも大変なんですよね」
 「え?」
 「あれ、話しませんでしたか? 家の仕事が上手く行ってなくて。来月には家も手離さなきゃって」

 「おい、聞いてねぇぞ!」
 「そうなんですか! てっきし、その話が出るかと」
 俺は席を立った。

 「六花! 井上さんのお宅へ行くぞ」
 「はい!」
 武市にはまた来ると言い、急いで出発した。





 「おい、なんだ?」
 井上さんはジャージで俺たちの前に出てきた。

 「いえ、お願いがありまして」
 「急にどうしたんだ、そんな恰好で」
 「中でお話を」
 俺は強引に家の中へ入れてもらった。

 「実は今、大掛かりな工事の予定がありまして」
 「おいおい、なんの話だよ」
 応接間に通されるなり、俺は切り出した。
 お茶を持って来た奥さんにも、一緒に聞いて欲しいと言った。

 「詳しい話は後日。概略だけ説明させてください」
 「よせよ、トラ。何のことだ」
 「場所は山梨です。長い工期になるかと思います。友人の家に、いろいろなものを設置していただく…」
 「やめろ、トラ!」
 井上さんが怒り出した。

 「お前、どこで話を聞いたか知らんが、俺の家の心配はいらないぞ!」
 「ダメですよ、井上さん!」
 「バカ! 帰れ!」
 「俺が助けて欲しいんです! 話を聞いて下さい!」
 「お前の助けなんかいらない! バカにするな!」

 「そんなわけに行くかぁ!」

 俺は立ち上がり、井上さんの胸倉を掴んだ。
 柔らかいジャージの生地が伸び、俺はそれを握りしめた。
 奥さんが驚いている。

 「井上さん! 夕べ言ってくれましたよね? 俺が全然変わってなくて嬉しかったって!」
 「離せ!」
 「俺は変わってない! だから井上さんが困ってたら見ない振りなんて絶対にしませんよ!」

 「トラ……」

 「俺の家まで来てくれて、なんで話してくんないんですかぁ! 俺は頭に来てるんです!」
 井上さんは項垂れた。

 「トラ、話せるわけないだろう」
 「冗談じゃねぇ! 俺は井上さんがどんなに嫌がったってやりますよ! あの日井上さんは俺にやめろと言った! でも俺はやめなかったでしょうがぁ!」
 井上さんは泣いた。
 俺は手を離し、井上さんを座らせた。

 「お願いです。俺の手伝いをしてください。信用できる人間を探していたのは本当です。井上さんが受けてくだされば、俺も本当に助かるんです」
 「本当にお前の役に立つのか?」
 「本当です」

 「分かった。話を聞かせてくれ。でも俺にはもう何もない。会社はまだあるが、近く閉じなければならない」
 「俺の仕事は、まず準備金で3億渡します」
 「なんだって!」
 「総額では数百億の仕事になります。井上さんの会社にはですから数十億は渡ると思いますよ」
 「そりゃ、無茶苦茶だ!」
 「井上さんにお金を渡すんじゃありません。正当な報酬で支払いますから。俺に何も気を揉む必要はありません」
 「く、詳しく聞かせてくれ」
 俺は井上さんと奥さんに話した。

 山梨の親友の家の敷地に、図面通りの工事をしてもらうこと。
 数万坪以上の土地の外周に堀を立て、さらに指示した場所に建造物を造ること。
 他に、群馬の研究施設で図面の建物を建造すること。
 変更の場合も、井上さんの会社で随時仕事をしてもらいたいこと。

 「今言えるのは、ここまでです。ゼネコンが恐らく頭に立ちますが、井上さんの会社は俺と直での取引が多いと思います」
 「本当のことなのか!」
 「もちろんです。詳しくは言えませんが、ある財閥がスポンサーになっています。数百億ドルの準備が出来ていますから」
 「俺は……」
 「準備金は先ほどの額をすぐに。それと、山梨に家屋を準備します。申し訳ありませんが、ご家族でそちらへ移っていただきたいと」
 「トラ、お前」
 「家屋は準備金とは別途の報酬です。仕事が終わったら売り払っていただいて構いません。それと、重機や資材の手配を井上さんにお願いしますが、その費用は俺の側で全て持ちますから」

 「……」

 「井上さん、急な話で申し訳ありませんが、引っ越しの準備をお願いします。従業員の方々の住まいも用意しますので、そちらのまとめもお願いします」
 「十人ほどになると思う」
 「分かりました! じゃあ、足りない人工の手配はゼネコンにやらせますから、工事内容を見てから言って下さい」

 「分かった。よろしく頼む」
 「こちらこそ!」

 井上さんと奥さんは深々と頭を下げた。



 




 「六花、悪いな。今日はすぐに帰ってやらなきゃならないことが出来た」
 「はい!」
 六花が明るく笑ってくれた。

 「お前は本当にいい女だな!」
 「いい男がいるもんで!」




 俺たちは笑いながら帰った。
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