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ロボ
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店の近くの駐車場にハマーを止めた。
夜の八時半だ。
店は閉まっていたが、インターホンを押すと店長がドアを開け、中へ入れてくれた。
無理な願いを聞き届けていただいて、と礼を言われた。
座敷のネコたちは、すべて隣室のケージに入れられている。
俺が入ると、一斉に鳴き始めた。
ロボはケージではなく、床の大きなクッションで寝ていた。
随分とやせ細っている。
僅かに目を開き、俺に向かって小さく鳴いた。
体毛も元気がなく、少し汚れていた。
毛づくろいをする力も無いことが分かった。
「おい、ロボ。見舞いに来たぞ」
俺は横に座り、頭を優しく撫でた。
すぐにゴロゴロと鳴り出す。
幸せそうに目を閉じている。
「猫神様」
「石神です」
「こんなことを突然申し訳ないのですが、ロボの最期を看取ってやってはくれませんか?」
「え?」
「ロボの最期くらい、喜ばせてやりたいんです」
「それはちょっと」
店長は、ロボのことを話し出した。
元々は店長の親友から預かったのだという。
幼い頃からの付き合いで、商社マンの旦那さんと世界中を回っている中で、ロボを飼うようになったらしい。
「確か、トランシルヴァニアで出会ったと聞きました」
「そうですか」
何と答えていいのか分からない。
その親友は30年前に病気になり、頼まれて店長が引き受けたそうだ。
白血病だったらしい。
その親友が大変可愛がっていたようで、店長にはあまり懐いてくれなかったそうだ。
でも、店長も親友の形見ということで大切にしていた。
多少は甘えてくれることもあったらしい。
「だから猫神様がいらした時には驚いた。あのロボが、あんなに親しげに懐いているなんて」
「石神ですけど、事情は分かりました。でもうちには子どもたちがいて、これから死んでいくロボを預かるというのは」
「タカさん! 預かりましょうよ! ロボがカワイソウです!」
亜紀ちゃんが言った。
泣き顔だった。
恐らく、自分たちの辛い思い出をロボに重ねたのだろう。
店長は床に頭をつけていた。
本当にロボの幸せを願っていることが分かる。
「おい、ロボ。お前、うちに来るか?」
ロボは目を開け、俺の膝によろけながら乗ろうとしてきた。
俺は抱き上げて、乗せてやった。
俺の顔を見ている。
「分かった。一緒に行こう」
店長は喜んで俺に感謝した。
ロボ用の当座のエサと、道具の一式をもらった。
ケージは断り、俺はロボを抱きかかえてハマーの後部座席に乗せる。
亜紀ちゃんが下にロボのクッションを敷いてくれた。
店長がついてきた。
ドアを閉じる前に手を振って言った。
「ロボ、ばいばい! またね!」
なるべく揺らさないように、ゆっくりと帰った。
亜紀ちゃんが玄関のドアを開け、俺とロボを中へ入れた。
先に階段を上がり、皇紀と双子に事情を説明しに行った。
俺は少しだけ姿を見せて、そのまま俺の寝室にロボを入れた。
俺のベッドに横たえる。
「ここで寝ててくれな」
前に、ゴールドにも同様にしたことを思い出した。
取り敢えず、トイレを部屋を出た廊下に置き、水だけベッドの下に置いた。
ドアは開けておく。
リヴィングに降りて、みんなに説明する。
「ロボを預かった。もう長くはないということで、俺に看取って欲しいと言われた」
子どもたちは黙って聞いている。
「どうも、俺にしか懐いていないようでな。それで店長さんに頼まれて引き受けたんだ。みんなにも分かって欲しい」
「「「「はい!」」」」
「動けないようだから、たまに様子をみてくれ。俺以外は警戒するようだから、離れて、時々な」
「「「「はい!」」」」
俺は簡単に残してもらっていた夕食を食べ、早めに風呂に入って寝室へ戻った。
ロボの隣に横になる。
ロボがまた薄目を開けて俺を見ていた。
身体を撫でてやる。
「食欲がないんだってな」
ロボは黙って見ている。
「お前も寂しい一生だったらしいな」
撫で続けると、ロボは目を閉じた。
「なあ、お前はこのまま死にたいか?」
ロボがまた目を開けた。
「もう少し俺と一緒にいたいなら、そう言ってくれ」
じっと俺を見ている。
「どうにもできないかもしれないが、もしかしたらというものがある。試してみるか?」
ロボが少し口を動かした。
「お前を変えてしまうかもしれない。お前は自然の摂理の中で死んでいこうとしている。それを変えるのはいけないことかもしれない」
また口を動かし、小さく鳴いた。
俺はロボに缶エサを少しと、それに「α」の粉末とオロチの皮を少し混ぜた。
ベッドの下に置く。
「もしもお前が俺と生きてくれるつもりなら、これを食べろ。無理はしなくていいぞ。俺はお前を看取るつもりで連れて来たんだからな」
ロボがよろけながら立ち上がった。
ゆっくりと、最後の力を振り絞っているようだった。
ベッドの下に転げ落ち、しばらく動かなかった。
そして這うようにエサの皿に向かい、舐めた。
俺は何も手伝わずに、ロボを観ていた。
舐めた瞬間、ロボの身体の周辺が揺らぎでボケたようになった。
ロボがしっかりと四肢で立っていた。
エサを食べる。
もう一度、ロボの姿が揺らいだ。
俺は缶の残りのエサをすべて皿に盛った。
それをすべて食べ、水を飲んでから、ロボはベッドの上に飛び乗った。
伏せて俺を見て鳴いた。
俺は隣にまた横になり、ロボを撫でた。
「お前、これで良かったんだな」
ロボは大きく鳴いた。
俺はロボと一緒に寝た。
翌朝、ロボは美しい白猫になっていた。
夜の八時半だ。
店は閉まっていたが、インターホンを押すと店長がドアを開け、中へ入れてくれた。
無理な願いを聞き届けていただいて、と礼を言われた。
座敷のネコたちは、すべて隣室のケージに入れられている。
俺が入ると、一斉に鳴き始めた。
ロボはケージではなく、床の大きなクッションで寝ていた。
随分とやせ細っている。
僅かに目を開き、俺に向かって小さく鳴いた。
体毛も元気がなく、少し汚れていた。
毛づくろいをする力も無いことが分かった。
「おい、ロボ。見舞いに来たぞ」
俺は横に座り、頭を優しく撫でた。
すぐにゴロゴロと鳴り出す。
幸せそうに目を閉じている。
「猫神様」
「石神です」
「こんなことを突然申し訳ないのですが、ロボの最期を看取ってやってはくれませんか?」
「え?」
「ロボの最期くらい、喜ばせてやりたいんです」
「それはちょっと」
店長は、ロボのことを話し出した。
元々は店長の親友から預かったのだという。
幼い頃からの付き合いで、商社マンの旦那さんと世界中を回っている中で、ロボを飼うようになったらしい。
「確か、トランシルヴァニアで出会ったと聞きました」
「そうですか」
何と答えていいのか分からない。
その親友は30年前に病気になり、頼まれて店長が引き受けたそうだ。
白血病だったらしい。
その親友が大変可愛がっていたようで、店長にはあまり懐いてくれなかったそうだ。
でも、店長も親友の形見ということで大切にしていた。
多少は甘えてくれることもあったらしい。
「だから猫神様がいらした時には驚いた。あのロボが、あんなに親しげに懐いているなんて」
「石神ですけど、事情は分かりました。でもうちには子どもたちがいて、これから死んでいくロボを預かるというのは」
「タカさん! 預かりましょうよ! ロボがカワイソウです!」
亜紀ちゃんが言った。
泣き顔だった。
恐らく、自分たちの辛い思い出をロボに重ねたのだろう。
店長は床に頭をつけていた。
本当にロボの幸せを願っていることが分かる。
「おい、ロボ。お前、うちに来るか?」
ロボは目を開け、俺の膝によろけながら乗ろうとしてきた。
俺は抱き上げて、乗せてやった。
俺の顔を見ている。
「分かった。一緒に行こう」
店長は喜んで俺に感謝した。
ロボ用の当座のエサと、道具の一式をもらった。
ケージは断り、俺はロボを抱きかかえてハマーの後部座席に乗せる。
亜紀ちゃんが下にロボのクッションを敷いてくれた。
店長がついてきた。
ドアを閉じる前に手を振って言った。
「ロボ、ばいばい! またね!」
なるべく揺らさないように、ゆっくりと帰った。
亜紀ちゃんが玄関のドアを開け、俺とロボを中へ入れた。
先に階段を上がり、皇紀と双子に事情を説明しに行った。
俺は少しだけ姿を見せて、そのまま俺の寝室にロボを入れた。
俺のベッドに横たえる。
「ここで寝ててくれな」
前に、ゴールドにも同様にしたことを思い出した。
取り敢えず、トイレを部屋を出た廊下に置き、水だけベッドの下に置いた。
ドアは開けておく。
リヴィングに降りて、みんなに説明する。
「ロボを預かった。もう長くはないということで、俺に看取って欲しいと言われた」
子どもたちは黙って聞いている。
「どうも、俺にしか懐いていないようでな。それで店長さんに頼まれて引き受けたんだ。みんなにも分かって欲しい」
「「「「はい!」」」」
「動けないようだから、たまに様子をみてくれ。俺以外は警戒するようだから、離れて、時々な」
「「「「はい!」」」」
俺は簡単に残してもらっていた夕食を食べ、早めに風呂に入って寝室へ戻った。
ロボの隣に横になる。
ロボがまた薄目を開けて俺を見ていた。
身体を撫でてやる。
「食欲がないんだってな」
ロボは黙って見ている。
「お前も寂しい一生だったらしいな」
撫で続けると、ロボは目を閉じた。
「なあ、お前はこのまま死にたいか?」
ロボがまた目を開けた。
「もう少し俺と一緒にいたいなら、そう言ってくれ」
じっと俺を見ている。
「どうにもできないかもしれないが、もしかしたらというものがある。試してみるか?」
ロボが少し口を動かした。
「お前を変えてしまうかもしれない。お前は自然の摂理の中で死んでいこうとしている。それを変えるのはいけないことかもしれない」
また口を動かし、小さく鳴いた。
俺はロボに缶エサを少しと、それに「α」の粉末とオロチの皮を少し混ぜた。
ベッドの下に置く。
「もしもお前が俺と生きてくれるつもりなら、これを食べろ。無理はしなくていいぞ。俺はお前を看取るつもりで連れて来たんだからな」
ロボがよろけながら立ち上がった。
ゆっくりと、最後の力を振り絞っているようだった。
ベッドの下に転げ落ち、しばらく動かなかった。
そして這うようにエサの皿に向かい、舐めた。
俺は何も手伝わずに、ロボを観ていた。
舐めた瞬間、ロボの身体の周辺が揺らぎでボケたようになった。
ロボがしっかりと四肢で立っていた。
エサを食べる。
もう一度、ロボの姿が揺らいだ。
俺は缶の残りのエサをすべて皿に盛った。
それをすべて食べ、水を飲んでから、ロボはベッドの上に飛び乗った。
伏せて俺を見て鳴いた。
俺は隣にまた横になり、ロボを撫でた。
「お前、これで良かったんだな」
ロボは大きく鳴いた。
俺はロボと一緒に寝た。
翌朝、ロボは美しい白猫になっていた。
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