上 下
457 / 2,840

オロチ、ふたたび。

しおりを挟む
 翌朝。
 今日はいよいよ帰る日だ。
 朝食を摂り、全員で掃除をする。
 俺が響子を預かり、六花は洗濯だ。
 俺は響子を連れて、散歩に出た。
 肩車で歩く。

 「タカトラ、楽しかったね!」
 響子が嬉しそうに言った。

 「ああ、また来ような」
 「うん」

 「ぐっすり寝られたか?」
 「うん。柳はいい匂いだった」
 「六花はクサイか?」
 「そうじゃないよ」
 二人で笑った。

 「柳と寝るとはちょっと驚いたよ」
 「だって、六花とエッチなことしたいでしょ?」
 「あぁ?」
 「できた?」
 「うん!」
 響子がよかったね、と言って笑った。




 倒木の広場に着く。
 すっかり今回の定番の散歩コースになった。
 レジャーシートを拡げ、俺たちは倒木を背に地面に座った。
 少し甘いストレートティーをカップに注ぎ、響子へ渡す。

 「柳が響子と一緒に風呂に入りたいってさ」
 「うん、いいよ」
 「そうか。柳が喜ぶぞ」
 「エヘヘ」
 「裸を見られても大丈夫か?」
 「柳ならいい」
 響子は笑顔で言った。

 「亜紀もいいし、タカトラの家族ならみんないいよ」
 「そうか」

 俺は歌を歌った。
 フォーレの『夢のあとに』だ。


 ♪Je t’appelle,ô nuit,rends-moi tes mensonges,Reviens,reviens radieuse,Reviens,ô nuit mystérieuse!♪
 (我叫ばん おお夜よ 我に還し給え、かの人の幻影を 戻れ、戻り給えよ 輝きよ どうか戻り給え ああ 神秘なる夜よ!)

 「夜にいっぱいお話聞いたね」
 「少し悲しい話もあったけど、大丈夫か?」
 「うん。悲しいお話は綺麗だから」
 「そうか」

 「タカトラは優しくて楽しいけど、悲しいお話もいっぱいね」
 「人間は悲しまなければ優しくはなれないんだよ」
 「そうね」
 「優しい人間は、みんな傷だらけだ」
 響子が俺に身体を預ける。
 俺は肩を抱いてやった。

 「六花も優しいだろ?」
 「うん!」
 「六花のお母さんの話は前にしたよな」
 「うん、聞いた」

 「それとな。六花には大事な友達がいたんだ。本当に仲良しだったんだけど、大人になる前に亡くなってしまった」
 「そうなの」
 「その子は看護師になりたかったんだ。だから六花は看護師になった」
 響子が俺の膝に乗り、抱き着いてきた。

 「あいつも悲しいんだよ」
 「うん」
 「でも、あいつは悲しいから一杯頑張って看護師になった。そして俺たちと出会った」
 「うん、そうね」
 「あいつは今笑ってる。そうだろ?」
 「タカトラ……」

 「六花をたくさん笑わせてあげて」
 「任せろ!」
 俺たちは笑った。




 別荘に戻ると、掃除と片づけは終わっていた。
 シーツなどの洗濯物は、量が多いが中山夫妻に片付けてもらうことになる。
 昼前に鍵を渡し、俺たちは出発した。
 俺が特別移動車に響子を乗せ、六花がハマーを運転する。
 俺は予定を変更し、御堂の家に寄ることにしていた。
 柳を送るのと、響子と六花に「オロチ」を見せたかったのだ。
 二人に御堂を紹介する目的もあった。

 途中で昼食を摂り、御堂の家には2時過ぎに着いた。
 また全員で出迎えてくれた。

 「御堂、悪いな。すぐに帰るから」
 「いや、ゆっくりしてくれよ。夕飯もみんなで。柳が大変お世話になったんだし」
 もう準備もしたとのことで、恐縮して俺はお世話になることにした。

 「響子だ。俺のヨメだよな」
 響子を紹介する。
 響子は微笑んで御堂に自己紹介した。

 「タカトラのヨメの響子です。はじめまして」
 「はじめまして。綺麗なレディで驚きました。石神のことをよろしくお願いします」
 響子が嬉しそうに笑った。

 「そしてこっちが一色六花だ。響子の世話をしてもらってる」
 六花が自己紹介し、握手を交わした。
 御堂家のご家族にも紹介する。
 
 「オロチはその後どうだ?」
 「ああ、また誰も見ていないんだ。卵は毎日食べてくれているようだけど」
 「そうか」
 俺たちは軒下に移動した。
 正巳さんたちも一緒に来る。
 十一人だ。



 軒下を見ると、身体を引きずった跡がある。
 元気そうだ。

 「おい、オロチ! また会いにきたぞ。よかったら顔を見せてくれよ!」
 全員が黙っている。
 数秒の後、引きずる音がしてきた。
 俺は響子と六花を前に呼んだ。

 でかい頭が見えた。
 赤ん坊の顔ほどもある。
 以前よりでかくなっていた。
 軒下から顔を出し、オロチが頭を持ち上げてきた。
 俺は下から支え、頭を撫でてやる。

 「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」

 「悪いな、呼び出してしまって。お前の元気な顔を見たかったのと、俺のヨメたちを紹介したくてな」
 オロチが舌を出し入れし、俺を見た。

 「こっちのカワイイのが俺のヨメの響子ロックハート、隣の綺麗な女が一色六花だ。よろしくな!」
 オロチの頭が上下した。
 全員が驚いて見ている。

 「おい、お前。こないだは御堂家のみなさんを守ってくれたんだって? ありがとうな! お前は本当にいい奴だ!!」
 俺はオロチの頭を抱き締めてやる。
 オロチが頭の上を俺の身体に摺り寄せた。
 澪さんが御堂に抱き着いている。
 正巳さんと菊子さんは手を合わせていた。
 柳と正利は身体を寄せて震えていた。
 子どもたちは、ふつー。
 ニコニコして見ている。

 響子がオロチに手を伸ばした。
 六花が緊張して見守っている。
 オロチが響子に大人しく撫でられた。
 真っ赤な舌を出し入れする。

 「オロチ、やっと会えたね」
 響子が言った。

 「ところでお前、随分と大きくなったなぁ。卵は食べてるようだけど、足りないんじゃないか?」
 俺がそう言うと、オロチが大きな口を開けた。
 何かの振動が伝わって来た。

 「おい!」

 俺はオロチが熱線を吐くのかと緊張した。
 射線上に人間はいないが。

 「タカさん、あれ!」
 ハーが俺を呼んで指さした。
 何か来る。
 家の左手の方向から、小さな集団がこちらへ向かってくる。
 ネズミと野兎だった。
 ネズミが30匹ほど、野兎は二羽だ。
 オロチの前に来ると、オロチが頭を地面に置いて口を大きく開ける。
 次々とネズミとウサギがその口に入って行く。

 全員が驚愕して、その「食事」を見ていた。
 すべてを呑み込み、オロチが口を閉じた。

 「お前、すげぇな!」
 俺が拍手をすると、全員がつられて拍手をした。
 軒下の奥から引きずる音が聞こえる。
 大きなオロチの抜け殻が出てきた。
 尾で操っていたらしい。
 俺は少し手を伸ばして、それを引っ張り出した。

 「俺にくれるのか?」
 またオロチの頭が上下した。
 10メートル以上はあるだろう。
 折れ曲がっているので、正確なサイズはわからない。
 澪さんが腰を抜かした。

 「ありがとうな、オロチ! 御堂家のみなさんに預かってもらうよ。じゃあまたな! 会えてよかった! 今後も御堂家のみなさんを守ってくれな!」
 オロチが俺に舌を出し、軒下へ潜って行った。

 「じゃあ、戻りましょうか」
 「いや、石神、そんな普通に」
 御堂が言った。
 俺は笑ってみんなを押しながら玄関へ戻った。



 座敷で麦茶をいただく。
 俺と響子は温かい茶をお願いした。
 全員が沈黙している。

 「響子、オロチはどうだった?」
 「カワイかった!」
 ニコニコして言った。

 「六花はどうだったよ?」
 「いえ、響子を守ろうと必死で」
 「お前じゃ敵わないよ。軽トラを溶かしちゃうんだぞ? あれを頭をふりながらやられたら、全員「ジュンッ!」って終わりだよ」
 俺が笑って言う。
 御堂家のみなさんが目を丸くしている。

 「ああ、柳。いつか敵が来たらアレをやれよ。ほら『風の谷のナウシカ』であったじゃない。「薙ぎ払え!」ってさ。あれはカッチョイイぞ!」
 「巨神兵ですか?」
 「それそれ!」
 響子が笑った。
 前に別荘で六花と一緒に観ていた。








 「御堂! オロチは元気そうだったな!」
 「石神、お前……」

 呆れた目で俺を見ていた。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

こずえと梢

気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。 『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。 ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。 幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。 ※レディース・・・女性の暴走族 ※この物語はフィクションです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...