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幸せな笑い

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 金曜日。
 俺は一件だけ入っていたオペを終わり、一江に言って早めに上がることにした。
 双子に連絡し、病院へ来るように言う。
 まだ二時半だ。
 三時には双子も来るだろう。

 「「こんにちはー!」」
 ルーとハーが来た。
 なぜか数人のナースがついてくる。
 ルーが寸胴を二つ背負い、ハーが食材と着替えの入ったでかいリュックを背負っている。

 「カワイー!」
 後ろでナースたちが騒いでいた。
 持とうかとナースたちが言うと、二人は大丈夫、と言っている。
 俺は一江に後を頼むと言い、二人を顕さんの部屋へ連れて行った。
 俺は自分のエルメスのスペシャルオーダーのカバンしか持たない。
 馬のサドルベルトを入れるためのもので、ブライドルレザーの大きなものだ。
 
 「顕さん、うちの子どもが来たんで顔を見せに来ました」
 顕さんはデスクでPCに向かっていた。

 「ああ、ルーちゃん、ハーちゃん、こんにちは」
 「「こんにちはー!」」
 「随分大きな荷物だね」
 「今日は院長先生のお宅に泊まります!」
 「そうなんだ」
 顕さんは嬉しそうだ。
 子どもたちと会うのも久しぶりだった。
 双子は顕さんがやっていた図面に興味を持ち、いろいろと質問し、説明を受けていた。

 「顕さん、また羽田に行きましょう」
 「ああ、宜しく頼む! 楽しみだ」
 俺たちは顕さんの部屋を出て、響子の部屋へ行った。

 響子が喜び、双子にタブレットを見せる。
 最近はアヴェンタドールの動画や画像を集めている。

 「六花、明日は大丈夫か?」
 「はい! 夕方に伺います」
 子どもたちと寿司を食べる予定だったが、六花も誘っていた。
 今回の活躍を労うためだ。

 「花岡さんはいらっしゃれないんですね」
 「ああ、外せない用事があるようだ」
 「残念です」
 「まあしょうがないな」
 「また3Pが、ゲェフゥッ!」
 俺の拳が胃にめり込んだ。
 響子が俺を睨んでいる。

 俺は六花と肩を組み、ニッコリ笑った。
 六花も必死に笑顔になる。



 院長室へも行った。
 秘書が双子を見て笑いながら部屋へ通してくれる。
 一応、双子の荷物は預かってもらった。
 挨拶だけですぐに退散すると、言っておく。

 「おお! 二人ともよく来てくれたね!」
 院長が大喜びだ。

 「「今日はお世話になります!」」
 「うんうん。俺も楽しみだったんだ。石神、もう行くのか?」
 「はい。仕事も早く片付いたので、静子さんを手伝おうかと」
 「そうか。俺もできるだけ早めに帰るからな。ルーちゃん、ハーちゃん、また後でね!」
 「「はい!」」


 タクシーのトランクに寸胴とリュックを積んでもらい、俺たちは三人で後部座席に座った。
 双子が両側で俺の腕を取る。
 楽しそうだ。

 「昨日も話したけど、アレでうっかり院長の家を忘れちゃってたからな」
 「「うん」」
 「今日はサービスしないとまずいよな」
 「「はい!」」
 双子がニコニコして返事した。

 「でもタカさん、本当に危なかったよね」
 「そうだよなぁ」
 「私たちも忘れちゃってた」
 「アハハハ」
 「なんでかなぁ」
 「なんか、大丈夫そうな顔だからじゃねぇか?」
 双子が笑った。

 「まあ、お詫びに今日は美味しいもの作って、明日は掃除でもしよう」
 「オロチが出たりして」
 「あ? ああ、ヒキガエルじゃねぇの?」
 双子が大笑いした。



 門を開け、玄関のチャイムを押すと、静子さんが出迎えてくれる。
 ルーの荷物を見て、大笑いされた。
 最近、よく笑ってくれる。
 座敷に通された。

 「今日は文学ちゃんも楽しみにしてるの」
 「先ほど、三人で挨拶してきました」
 「ルーちゃん、ハーちゃん、わざわざ来てくれてありがとう」
 「「今日はお世話になります!」」
 二人はオレンジジュースをいただいた。
 子どもたちのために買ってくれたのだろう。
 ハーが飲み干して、氷をガリガリ喰っていた。

 「コップまで喰うな!」
 俺が軽く頭をはたく。

 「食べてないよー!」
 静子さんが笑った。



 一息ついて、俺たちは夕飯の支度をさせていただく。
 静子さんには休んでいてもらう。

 「私も手伝うわよ」
 「大丈夫ですよ。今日は寛いでいて下さい。まあ、普通の量じゃないですから」
 俺が言うと、静子さんが笑いながら分かったと言ってくれた。
 今日はシチューを作るつもりだ。
 お年を召した二人だから、あまり重いものは出せない。

 梅田精肉店からサービスでいただいた、A5ランクのいい肉を持って来た。
 それでお二人に小さなステーキを焼く。
 100g程度だ。
 双子用に別の肉を4キロ。
 付け合わせの野菜など。
 シチュー用に鶏のもも肉、他の野菜など。
 シチューはお二人に味の薄めのものを鍋に。
 俺たち用に普通のものを寸胴で。
 フォンのための鶏ガラをたっぷり持って来た。
 また俺が寸胴でコンソメスープを作る予定だ。
 他におひたしや高野豆腐など。

 三人で一生懸命に作った。
 それを、静子さんが笑いながら見ていた。

 「三人とも、プロみたいね」
 静子さんが、そう言ってくれる。

 「いえ、静子さんが料理長ですから!」
 俺はそう言って、時々味見をしていただく。
 大体の準備ができ、四人でお茶を飲んでいると、院長が帰って来た。
 六時過ぎだ。
 四人で出迎えた。

 「すまん! 遅くなってしまった」
 「おかえりなさいませ」
 「「おかえりなさい!」」
 院長が満面の笑みになる。
 俺もちょっと嬉しくなった。
 来て良かった。

 「ちょっと待っててくれ、着替えてくるから!」
 静子さんがおかしそうに笑った。
 院長が、ヘンゲロムベンベの衣装で戻って来た。

 「なんかな、これじゃないと落ち着かん」
 双子が喜んだ。
 俺は呆れた。

 「なんかあざといですねぇ」
 「なんだと!」
 静子さんが笑った。


 お二人に座っていただき、俺たちで料理を作り配膳した。
 院長はずっとニコニコしている。
 本当に嬉しそうだった。
 頭のボールが楽しそうに揺れている。
 静子さんが笑いを堪えている。

 お二人は美味しいと言ってくれ、実際によく召し上がってくれた。
 子どもたちは言うまでもない。
 最初にステーキを2キロずつ平らげ、シチューをガンガン小さな身体に突っ込んでいく。
 院長と静子さんが、それを楽しそうに見ていた。

 食べ終わってお茶を飲み、俺は院長に双子と風呂に入ってもらう。
 静子さんにはお茶を飲んでいてもらい、俺が片付けた。

 「美味しかったわー」
 「静子さんの料理には届きませんが、お口に合って良かったです」
 「ウフフ」
 洗い物をしながら話している。

 「石神さんも、すっかりお父さんね」
 「そんな。子どもたちにろくなことができてなくて」
 「それは違うわよ。二人とも楽しそうにしてるもの」
 「そうですかね」

 「最初はね、ちょっと大変だろうなって思ってた。石神さんは独りだし、お仕事も忙しいでしょ?」
 「まあ、体力だけはありますからね」
 「うちの人も、随分と心配してたのよ。言わなかったでしょうけど」
 「そうなんですか。でも、院長はそういう人ですよね」
 静子さんが嬉しそうにほほ笑む。

 「「おい、石神が大変そうだったらお前が行ってくれ」って。いつも言ってたの」
 「それは……」
 「でも、一度も行かずに済んじゃったわね。偉いわ、石神さん」
 「そんなことないですよ。もしも院長からそんな話を聞いてたら、何度も頼んでましたって」
 「ウフフフ」

 俺は静子さんに紅茶を淹れた。
 俺も一段落したので、一緒にいただく。

 「院長には、あの花壇の件で本当に感謝してるんです」
 俺の本心だ。
 しかし本当の感謝の理由は言えない。

 「その割には、随分と面白いことをなさったわよね」
 「アハハハ!」
 笑って胡麻化した。

 「でも、なんで今日もあの衣装を着てるんです?」
 「あれね、双子ちゃんが喜ぶからって言うの。文学ちゃんの感覚ってちょっとだけ変わってるのよ」
 「怒る以外のものは随分と不器用ですよねぇ」
 静子さんが大笑いした。

 「でも私には優しいのよ」
 「えぇー、いつも仏頂面じゃないですか」
 「それでもね。本当に優しいの」
 静子さんが外を見て、そう言った。





 院長たちが風呂から出て、大きな声で笑っているのが聞こえる。
 楽しそうだ。
 優しい人間にしかできない、幸せな笑いだった。   
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