上 下
405 / 2,840

これによって、ただこれだけによって:T.S.エリオット

しおりを挟む
 日曜日。
 俺は響子を迎えに行った。
 六花を大使館の外で待たせ、俺だけが中に入る。
 外にいる連中が、六花を見ている。
 美しい六花に見惚れている。

 アビゲイルが迎えに出て、響子の部屋へ案内してくれた。
 響子はベッドに座り、タブレットを観ていた。
 虎の着ぐるみを着ている。

 「お、ちっちゃいカワイイ虎がいるぞ!」
 俺の声に響子が振り向いた。
 大粒の涙を流しながら、俺に駆け寄って来る。

 「タカトラー!」
 「なんだよ、トラが泣いちゃカッコ悪いだろう」
 俺にしがみつく響子を抱きかかえ、頬にキスをする。
 響子も俺に何度もキスをしてきた。

 「その衣装を脱がないんだ。ここに来てからずっとな」
 アビゲイルが言った。

 「そういえばちょっと臭いな」
 響子が泣きながら笑い、怒った。

 「タカトラと一緒に戦いたかったの」
 響子はテロリストが俺を狙っているので、安全のために、と話してある。
 宇留間の時に、自分の盾になって俺が撃たれたと思っていた。
 だからすぐに俺の言う通り、大使館へ避難してくれた。

 ジェイが来た。
 俺は握手をし、警護の礼を述べた。

 「シンジュクのパークの映像を観た。後で話したい」
 ハグする時に、俺の耳元で囁いた。
 俺は頷いた。

 しばらく響子と話し、後で一緒に帰ろうと言い席を外す。
 アビゲイルが部屋を用意してくれていた。
 ジェイと差し向かいで話す。
 中央公園でのことは、俺がマリーンを手配する取引で、撮影の許可をした。
 ターナー少将止まりで、他には他言しない、という約束だ。
 マリーンに「花岡」の存在を仄めかしたは俺だ。
 
 「あそこまでのものとは思わなかった」
 ジェイが嘆息する。

 「一流の使い手は、対物ライフルですら無力だ。今回はこっちも優秀な奴だったから撃破したけどな」
 「規模はどのくらいなんだ?」
 「俺にも分からん。まあ、今回の件でファミリーが俺の傘下につくことになったので、いずれ分かるかもしれん」
 「遠目の映像ではっきりとは分からなかったが、人間が一瞬で消えたように見えた」
 「あれも「花岡」の技だ。人間でも何でも、分子崩壊させることができる」

 「!」

 「ジェイ、一つ少将に伝えてもらいたい」
 「なんだ」
 「「花岡」の家から離れた男がいる。独自に組織化して拡大しようとしている」
 「それは……」
 「世界規模の災厄になるかもしれない。でも、俺は対抗手段を持っている」
 「ほんとか!」

 「ただ、日本やアメリカ、などというレベルでそれを教える気はない。俺は俺の考える形で対抗したい」
 「そのために、俺たちを引っ張り込んだということか」
 「ジェイ、俺はお前たちを好きだ。信じている。組織は違っても仲間だ」
 「そう言ってくれて嬉しい」

 「お前たちは国益がある。でも、それに抵触しないなら、協力してほしい」
 「分かった。少将には俺が話そう」
 「頼む」

 「ああ、お前が言っていたソ連軍の戦車の話な。あれを入手したぞ」
 「そうか」
 「何枚かの記録写真だけどな。確かに戦車が大破し、他に戦車の中や建物の中でのグロ画像があった」
 「そうか」
 「一見、どういうものかは分からないものだけどな。お前の話と今回の映像で理解できる」

 俺たちは握手をかわし、別れた。
 俺は響子を抱え、大使館を出た。




 六花が、抱えた俺ごと響子を抱き締める。
 泣いている。
 響子には、六花も戦闘に加わったことは話していない。
 ただただ優しい、美しい六花を見て欲しい。

 俺は三人でオークラのベルエポックへ入った。
 予約してあったので、俺たちと顔見知りの料理長が出迎えてくれた。
 響子の虎の着ぐるみを見て言われた。

 「お客様、当店では猛獣の同伴はできません」
 「おとなしくてカワイイ虎なんですが」
 「それならば、どうぞこちらへ」
 響子が嬉しそうに笑った。
 六花に「良かったね」と言った。

 響子はラムチョップを食べ、俺と六花はその他に幾つかのオードブルを食べる。
 響子は見て欲しいと言う目で俺たちを見つめ、一生懸命に食べた。

 「さすがはトラだ、喰いっぷりがちがうな!」
 「カワイイのに一杯食べるトラですね」
 俺たちはサービスで、デザートを一口ずつ響子にやる。
 響子は幸せそうにスプーンを咥えた。

 病院の響子の部屋に行った。
 響子を着替えさせ、眠らせる。
 俺と六花は椅子に座り、響子のベッドに突っ伏した。
 響子が俺たちの頭を撫でている。

 「早く寝ろ」
 響子がクスクスと笑っている。
 やがて眠った。

 俺と六花は互いを見つめ、キスをした。
 そして俺たちも少し寝た。



 目覚めた響子とセグウェイで遊び、またベッドで話をする。
 六花が響子にシャワーを使わせ、着替えさせた。
 夕食を食べた後、六花が今日はここにいると言った。

 「ダメだ。ちゃんと帰って寝ろ」
 「分かりました」
 言い方でわかる。
 こいつは戻って来るつもりだ。

 「俺の家に泊るか?」
 六花が生唾を飲み込んだ。

 「い、いいえ。ちゃんと帰ります」
 俺は笑って六花の頭を撫でた。
 あいつはきっと、今晩ずっと響子の傍にいるのだろう。





 俺はアヴェンタドールでまた羽田空港へ行った。
 コーヒーを二つ買い、隣のベンチに置く。
 夜に染まって行く空港が美しい。


 《これによって、ただこれだけによって、我々は生きて来たのだ。(By this, and this only, we have existed.)》
 T.S.エリオット『荒地』より。


 「奈津江、お前もそうだったよなぁ」

 みんな美しく、大切なものを持っている。
 他の人間には理解できないものもある。
 でも、俺たちはその宝石を抱えて生きて死ぬのだ。


 俺はアヴェンタドールに乗り、家に帰った。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

こずえと梢

気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。 『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。 ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。 幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。 ※レディース・・・女性の暴走族 ※この物語はフィクションです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...