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一江、受難。 Ⅱ
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金曜日。
俺たちは定時に上がり、三人でタクシーに乗った。
密着するのが嫌で、俺は助手席に座る。
「今日はお世話になります」
「私まですいません。宜しくお願いします」
「二人には普段から世話になってるのに、何もしてやってないからな。たまには何かさせてくれ」
「「ありがとうございます!」」
家に着き、二階のリヴィングへ上がってもらう。
「「「「いらっしゃいませー!」」」」
「「今日はお世話になります」」
俺は二人を客室へ案内し、着替えて来いと言った。
事前に言ってあるので、動きやすい服で降りてきた。
今日は禁断の「すき焼き」だ。
準備は子どもたちがしている。
俺は最終確認だけだ。
俺の左右に一江と大森を座らせた。
一江側に亜紀ちゃん、ハー。
大森側に皇紀とルー。
まあ、いつも通りだ。
「今日は、俺の大して大事じゃないお客さんだ。だけど一応言っておく!」
「「「「はい!」」」」
「まずは「花岡」は禁止だ! やったらタダじゃおかん!」
「「「「はい!」」」」
「次に、お客さんには攻撃はするな!」
「今日は以上だ! 飛び道具も許可する、存分に喰え! いただきます」
「「「「いただきます!」」」」
「いただきます?」
「いただきます」
オタマ、フライ返し、スコップ×2が飛び出した。
一瞬で最初の肉が消えた。
一江も大森も呆然としている。
今日の肉は10キロだ。
いつもよりも断然少ない。
子どもたちもそれを知っているので、一層白熱する。
「部長! なんか前よりスゴくないですか?」
「こりゃ、喰えねぇ」
一江と大森が驚いている。
俺はニッコリと笑って、自分の肉を食う。
「部長、よく確保できますね」
「ライオンの獲物を奪うバカはいねぇ。まあ、双子は時々ラーテルだけどな」
ラーテルは自分よりも遥かに大きな肉食獣に怯えない。
肉を投入し、煮えるまでの間に、場外乱闘も起きる。
「肉は全部あたしのものぉー!」(あ)
「天上天下、唯我肉ぅー!(る)
「明日のウインナーが拝めると思うなよー」(は)
「やめて、やめて」(こ)
「「すげぇ…」」
たちまち最後の肉になる。
ついに、二人は一切れも喰えなかった。
仕方ねぇ。
「お手!」
子どもたちが物凄い顔をしながら、テーブルの端に集まり、手を重ねる。
唸り声が聞こえる。
「ほら、喰え!」
「「ありがとうございますぅー」」
双子が殴られるのを覚悟で呪縛を破ってきた。
「ぱらのーまる」
泣きそうな顔になり、跳び戻る。
「ごめんなさい」と繰り返して震えていた。
俺は亜紀ちゃんのオタマで半分肉を取った。
「「ぶちょー!」」
ニコリと笑い、二人を見た。
後片付けをしている間に、一江と大森に風呂を勧めた。
子どもたちも順次入る。
金曜日の夜は、恒例の映画鑑賞だ。
各自好きな飲み物を持って地下へ行く。
一江と大森には缶ビールを渡した。
俺はジントニックを作る。
「今日はお客さんも来ているから、エンターテインメントにした。『ザ・フライⅡ』だ。一作目を見てなくても大丈夫だ。興味があれば、いつもの棚に並んでいるからな」
雑な説明で映画を始めた。
第一作では、物質転送機を作った科学者が、紛れ込んだハエの遺伝子を取り込んで怪物になる。
この第二作では、その子どもが主人公になっている。
みんな楽しんでくれたようだ。
最後は勧善懲悪のようになっているが、どうなんだろうか。
まあいいか。
子どもたちに寝るように言い、俺は一江たちをガレージに案内した。
一江たちは、「花岡」のことを知っている。
だから連れて来た。
アレを見せるためだ。
ガレージのリングシャッターを開け、一江と大森に破壊されたフェラーリを見せる。
「これは想像以上に酷いですねぇ」
一江が呟く。
「「花岡」の「震花」という、超振動を手から伝える技だ。あいつらはイモビライザーを知らなかったんで、適当に破壊していったんだな」
大森も凝視している。
「部長、写真を撮っても?」
「ああ。但し、絶対にネットには出すな。データもすぐに、ハッキングできない場所に仕舞え」
「はい」
一江が何枚も写真を撮る。
「他にも見せるものがある。しかしこれは命に関わる。だからそれが嫌なら玄関に戻れ。俺はそれでもいい。むしろ、お前たちを巻き込むことを恐れてもいる」
「部長、私は部長に一生ついていくと決めた人間です。何があっても大丈夫です」
「あたしも、部長は「命」ですから。どうぞ使って下さい」
不覚にも、涙が滲んだ。
俺は二人を抱き締めた。
「ありがとう」
俺はガレージの並びの作業小屋のカギを開けた。
ライトを点け、作業台の上のチタンケースを指さした。
並んでステンレスの分厚い板が置いてある。
「これは生物兵器に転用できるものだ。だから危険は国家レベルであり得るぞ。それに後から見せるのは、確実に日本の法律に触れる。今からでも引き返せるから言ってくれ」
一江と大森は目を合わせ、深く頷いた。
「分かった。じゃあ、ビビるなよ」
俺はラテックスの手袋を二重に嵌めて、ケースの温度を確認した。
注意深く、チタンケースの上部を回した。
蓋を外し、中のものが動いているのを確認した。
家に着いて「解凍」しておいた。
ケースはまだ冷たいので、アレの動きも鈍いはずだ。
取り出す。
「「ぎゃぁーーー!」」
二人が悲鳴を上げる。
あれから作業小屋の内側に防音処理をしているので、外に漏れることはない。
「落ち着け! 短い時間しか出せねぇ。注意深く見ろ!」
「「はい」」
「体長、足、触角、金属状の身体、表面の体液、全部覚えろ!」
「「はい!」」
「ひっくり返すぞ! もう時間がねぇ! じっくり観察しろ!」
「「はい!」」
俺はケースに仕舞い、厳重に蓋をして冷凍庫へ戻した。
一江と大森の呼吸が荒い。
相当なショックを受けたようだ。
大森が戻しそうになったが、なんとか堪えた。
腹いっぱいに喰わなくてよかったな。
「これからは実験だ」
俺は奥に仕舞ってあったデザートイーグルを出した。
「け、拳銃……」
アレの死骸を鉄製のケースから出してデスクに置く。
「これはさっきのヤツの死骸だ。一江! ナイフで刺してみろ」
一江にナイフを渡した。
俺に背中を叩かれ、デスクの死骸に突き刺す。
金属音がして、弾かれた。
大森にもやらせる。
二人を下がらせ、俺は壁に防弾チョッキをかけた。
デザートイーグルのスライドを引き、死骸に撃ち込む。
やはり弾は跳ね返され、防弾チョッキに突き刺さった。
衝撃で死骸がはね跳び、同じく防弾チョッキにぶつかってデスクに落ちた。
一江と大森は無言で死骸を見つめている。
二人を放っておいて、俺はデザートイーグル、ナイフ、ステンレス台、デスク、防弾チョッキを多量のアルコールで丁寧に拭き、ラテックスの手袋を注意深く外し、ステンレスのゴミ箱に捨てた。
自分と二人の手も念入りにアルコールで拭った。
俺たちは外に出て、戸締りを確認してリヴィングへ戻った。
「部長、あれは一体……」
一江が青ざめた顔で言った。
俺たちは定時に上がり、三人でタクシーに乗った。
密着するのが嫌で、俺は助手席に座る。
「今日はお世話になります」
「私まですいません。宜しくお願いします」
「二人には普段から世話になってるのに、何もしてやってないからな。たまには何かさせてくれ」
「「ありがとうございます!」」
家に着き、二階のリヴィングへ上がってもらう。
「「「「いらっしゃいませー!」」」」
「「今日はお世話になります」」
俺は二人を客室へ案内し、着替えて来いと言った。
事前に言ってあるので、動きやすい服で降りてきた。
今日は禁断の「すき焼き」だ。
準備は子どもたちがしている。
俺は最終確認だけだ。
俺の左右に一江と大森を座らせた。
一江側に亜紀ちゃん、ハー。
大森側に皇紀とルー。
まあ、いつも通りだ。
「今日は、俺の大して大事じゃないお客さんだ。だけど一応言っておく!」
「「「「はい!」」」」
「まずは「花岡」は禁止だ! やったらタダじゃおかん!」
「「「「はい!」」」」
「次に、お客さんには攻撃はするな!」
「今日は以上だ! 飛び道具も許可する、存分に喰え! いただきます」
「「「「いただきます!」」」」
「いただきます?」
「いただきます」
オタマ、フライ返し、スコップ×2が飛び出した。
一瞬で最初の肉が消えた。
一江も大森も呆然としている。
今日の肉は10キロだ。
いつもよりも断然少ない。
子どもたちもそれを知っているので、一層白熱する。
「部長! なんか前よりスゴくないですか?」
「こりゃ、喰えねぇ」
一江と大森が驚いている。
俺はニッコリと笑って、自分の肉を食う。
「部長、よく確保できますね」
「ライオンの獲物を奪うバカはいねぇ。まあ、双子は時々ラーテルだけどな」
ラーテルは自分よりも遥かに大きな肉食獣に怯えない。
肉を投入し、煮えるまでの間に、場外乱闘も起きる。
「肉は全部あたしのものぉー!」(あ)
「天上天下、唯我肉ぅー!(る)
「明日のウインナーが拝めると思うなよー」(は)
「やめて、やめて」(こ)
「「すげぇ…」」
たちまち最後の肉になる。
ついに、二人は一切れも喰えなかった。
仕方ねぇ。
「お手!」
子どもたちが物凄い顔をしながら、テーブルの端に集まり、手を重ねる。
唸り声が聞こえる。
「ほら、喰え!」
「「ありがとうございますぅー」」
双子が殴られるのを覚悟で呪縛を破ってきた。
「ぱらのーまる」
泣きそうな顔になり、跳び戻る。
「ごめんなさい」と繰り返して震えていた。
俺は亜紀ちゃんのオタマで半分肉を取った。
「「ぶちょー!」」
ニコリと笑い、二人を見た。
後片付けをしている間に、一江と大森に風呂を勧めた。
子どもたちも順次入る。
金曜日の夜は、恒例の映画鑑賞だ。
各自好きな飲み物を持って地下へ行く。
一江と大森には缶ビールを渡した。
俺はジントニックを作る。
「今日はお客さんも来ているから、エンターテインメントにした。『ザ・フライⅡ』だ。一作目を見てなくても大丈夫だ。興味があれば、いつもの棚に並んでいるからな」
雑な説明で映画を始めた。
第一作では、物質転送機を作った科学者が、紛れ込んだハエの遺伝子を取り込んで怪物になる。
この第二作では、その子どもが主人公になっている。
みんな楽しんでくれたようだ。
最後は勧善懲悪のようになっているが、どうなんだろうか。
まあいいか。
子どもたちに寝るように言い、俺は一江たちをガレージに案内した。
一江たちは、「花岡」のことを知っている。
だから連れて来た。
アレを見せるためだ。
ガレージのリングシャッターを開け、一江と大森に破壊されたフェラーリを見せる。
「これは想像以上に酷いですねぇ」
一江が呟く。
「「花岡」の「震花」という、超振動を手から伝える技だ。あいつらはイモビライザーを知らなかったんで、適当に破壊していったんだな」
大森も凝視している。
「部長、写真を撮っても?」
「ああ。但し、絶対にネットには出すな。データもすぐに、ハッキングできない場所に仕舞え」
「はい」
一江が何枚も写真を撮る。
「他にも見せるものがある。しかしこれは命に関わる。だからそれが嫌なら玄関に戻れ。俺はそれでもいい。むしろ、お前たちを巻き込むことを恐れてもいる」
「部長、私は部長に一生ついていくと決めた人間です。何があっても大丈夫です」
「あたしも、部長は「命」ですから。どうぞ使って下さい」
不覚にも、涙が滲んだ。
俺は二人を抱き締めた。
「ありがとう」
俺はガレージの並びの作業小屋のカギを開けた。
ライトを点け、作業台の上のチタンケースを指さした。
並んでステンレスの分厚い板が置いてある。
「これは生物兵器に転用できるものだ。だから危険は国家レベルであり得るぞ。それに後から見せるのは、確実に日本の法律に触れる。今からでも引き返せるから言ってくれ」
一江と大森は目を合わせ、深く頷いた。
「分かった。じゃあ、ビビるなよ」
俺はラテックスの手袋を二重に嵌めて、ケースの温度を確認した。
注意深く、チタンケースの上部を回した。
蓋を外し、中のものが動いているのを確認した。
家に着いて「解凍」しておいた。
ケースはまだ冷たいので、アレの動きも鈍いはずだ。
取り出す。
「「ぎゃぁーーー!」」
二人が悲鳴を上げる。
あれから作業小屋の内側に防音処理をしているので、外に漏れることはない。
「落ち着け! 短い時間しか出せねぇ。注意深く見ろ!」
「「はい」」
「体長、足、触角、金属状の身体、表面の体液、全部覚えろ!」
「「はい!」」
「ひっくり返すぞ! もう時間がねぇ! じっくり観察しろ!」
「「はい!」」
俺はケースに仕舞い、厳重に蓋をして冷凍庫へ戻した。
一江と大森の呼吸が荒い。
相当なショックを受けたようだ。
大森が戻しそうになったが、なんとか堪えた。
腹いっぱいに喰わなくてよかったな。
「これからは実験だ」
俺は奥に仕舞ってあったデザートイーグルを出した。
「け、拳銃……」
アレの死骸を鉄製のケースから出してデスクに置く。
「これはさっきのヤツの死骸だ。一江! ナイフで刺してみろ」
一江にナイフを渡した。
俺に背中を叩かれ、デスクの死骸に突き刺す。
金属音がして、弾かれた。
大森にもやらせる。
二人を下がらせ、俺は壁に防弾チョッキをかけた。
デザートイーグルのスライドを引き、死骸に撃ち込む。
やはり弾は跳ね返され、防弾チョッキに突き刺さった。
衝撃で死骸がはね跳び、同じく防弾チョッキにぶつかってデスクに落ちた。
一江と大森は無言で死骸を見つめている。
二人を放っておいて、俺はデザートイーグル、ナイフ、ステンレス台、デスク、防弾チョッキを多量のアルコールで丁寧に拭き、ラテックスの手袋を注意深く外し、ステンレスのゴミ箱に捨てた。
自分と二人の手も念入りにアルコールで拭った。
俺たちは外に出て、戸締りを確認してリヴィングへ戻った。
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