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夕食とジェラシー Ⅱ

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 めんどくせぇ。

 「石神くんは、鷹がいると、私にやけに冷たくない?」
 
 めんどくせぇ。

 「私の勘違いかな? 鷹もなんか私にきつく当たってる気がするんだけど」
 「いえ、そんなことは決して」
 鷹が答える。

 「別にさ。私は石神くんの唯一の彼女ってわけじゃないけどさ。でもなんか、石神くんは鷹の方を可愛がって、それを見せつけてるような気がする!」
 亜紀ちゃんはオロオロして、俺と栞を見ている。

 「花岡さん。それは俺がやってることで、鷹には何の罪もありませんよ」
 「やっぱりやってるんだー!」
 鷹には浴衣を貸している。
 栞はうちに置いているパジャマ。
 亜紀ちゃんももちろんパジャマ。
 俺もパジャマだ。
 ゆったりしたいもんだ。

 「ちょっとね。花岡さんのやきもちが可愛くて。それが見たいんですよ」
 「ひどいよ! 私も可愛がってよ!」
 俺と鷹は笑った。
 本当にカワイイ。

 「花岡さん、私もちょっと調子に乗りました。すいません」
 「よ、鷹はいいのよ! 悪いのは意地悪な石神くん!」
 「すいません」
 「亜紀ちゃんはどう思うの?」
 矛先が向いて、亜紀ちゃんは困惑する。

 「私は栞さんの味方です」
 栞はニコニコして亜紀ちゃんを抱きしめる。

 「ほらね。花岡さんには味方もいるけど、鷹は一人ですから。俺が気を遣うのは当然でしょう」
 「それはそうかもしれないけどー」
 「花岡さんのことはもちろん大好きですよ」
 「ほんとにー?」
 「もちろん」
 栞がニコニコしている。

 「私は?」
 「大好きだよ」
 鷹も嬉しそうに笑う。

 「あの、私は!」
 「ああ、普通かな」
 「エェッー!」
 亜紀ちゃんが叫んだ。

 みんなで笑う。






 「ある文学者の話なんだけど」
 俺は話し出した。

 「有名な方なので、名前は伏せる。Tさんと仮に呼ぶな。そのTさんは戦前の生まれで、今は90歳近い」
 「結構なお年ですね」
 「うん。ヨーロッパのある国の文学をずっとやってる人で、その分野では権威の方だ。俺は病院関係で知り合ったわけだけどな。うちにもTさんの著作は全部あるよ。若いころから尊敬している人なんだ」
 みんな黙って俺の話を聞いていた。

 「非常に有名なヨーロッパの文学者を日本に紹介したのも、Tさんだ。お陰で、その文学者は非常に日本を好きになってくれた。何度も来日し、「那智の滝」が特に好きでなぁ。そこで神秘体験をして、著作にも書いている」
 「へぇー」

 「戦後、日本はヨーロッパで嫌われていた。無理もないよな。ナチス・ドイツと同盟して戦争してた国なんだから」

 「Tさんは、日本の良さを訴えるために、日本を離れ、ずっとヨーロッパに住んだ。Tさんの闘いの人生だ」

 「向こうでテレビ番組に出たのを見たことがあるけど、どんな批判にも堂々と答えていた。物凄く頭のいい人で、知識も深い。俺が見ている限り、すべての批判を論破していたよ」

 「NHKの番組にも、数多く出ている。とにかく素晴らしい方なんだよな」
 栞は話の行方が見えず、ちょっと不貞腐れている。
 鷹と亜紀ちゃんは、目を輝かせて聞いていた。

 「ある日、その人が話してくれたんだけど、東京の人なんだよな。だから、あの「東京空襲」を経験している。B29の焼夷弾で、大勢の人が亡くなったよな」

 「Tさんは小学生だったそうだけど、友達、同級生も大勢死んだ。そのことでTさんが言ったんだ」
 栞も俺を見た。

 「東京空襲を悲惨で悲しい出来事だとみんな言う。でも、それは違うんだって」
 「違うんですか?」
 「ああ。亜紀ちゃんも歴史的なことは知っているだろうけど、Tさんはそう言った。そして「アレは闘いだったんだ」と言ったんだよ」
 「どういうことですか?」

 「「自分たちは小国民だったんだ」と。つまり、子どもで戦争には行ってないけど、ちゃんと日本国民として戦っていたんだと。だから、空襲で死んだ友達たちは、立派な「戦死」だったと言ったんだ。無残に殺されたのではない。ちゃんと戦って果てて行ったのだと。「そうでなければ、死んでも死にきれない」、Tさんはそう言ったんだ」
 「「「……」」」

 「俺は感動したよなぁ。やっぱり、Tさんは素晴らしい方だと、改めて思った」
 「そうですね」

 「そのTさんは、ずっと独身なんだ」
 「そうなんですか」

 「うん。今は高齢で足が悪い。杖をついてやっと歩ける、というな。でも、気概は全く衰えていない」

 「なぜTさんが独身なのかと言うと、若いころに一つの恋をしたからなんだよ」
 「え!」
 
 「非常に聡明で美しい女性。美智子妃殿下に恋をした。決して結ばれることのない恋だ。だから結婚しなかったんだな」
 「そんな…」

 「言ってみれば、Tさんの人生はすべてが美智子様に捧げるものだった、ということだ。日本を良く思ってもらうのも、美智子様のためだよ。高名な文学者を招いたのも、日本に惚れこませたのも、同じだよな。崇高な方なんだ」
 「……」

 「今は日本に住んでおられる。最近、九段に引っ越された」
 「あ、それって!」
 「そうだ。もう余命が少ないことを感じて、美智子様のお傍で逝きたいと思ったんだろうよ」
 「ああ!」

 「最後の仕事で、今までの著作と自伝を何冊か整えた。『未知へ〇〇〇』というタイトルだ」
 「そうなんですか」
 「亜紀ちゃん、分からないか? 「未知へ」というのは、美智子様へ捧げるという意味だよ」
 「あ!」

 「これが「忍ぶ恋」というものだ。どうだ! 悲しくも美しいだろう!」
 「はい!」

 「じゃあ、そろそろ寝るか」
 「はい」
 「じゃあ、私は石神くんと一緒に寝るね」
 栞。

 「おい」
 「じゃあ、私も一緒に!」
 鷹。

 「おい!」
 「えぇー! だったら私も!」


 「おい! お前ら、今の俺の話を聞いてなかったのかぁ!」









 結局四人で寝た。
 4Pには、当然ならなかった。 
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