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顕さんの別荘 Ⅳ

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 翌朝、顕さんをJRの駅まで送って行った。

 「石神くん、本当にありがとう」
 「いいえ」
 俺はあの後、顕さんの状態を詳しく聞いた。
 胃に悪性腫瘍があると言われ、顕さんはすぐに治療をしないことを決めたそうだ。
 1年前にもなるらしい。

 運が良ければ、まだ転移もしないでガンは胃に留まっている。
 そうであれば、手術も容易い。
 双子の話を聞いて、俺はそうではないかと感じた。
 そうでなくても、あらゆる手段でやる決意もあった。

 「それにしても、新宿のあの店に奈津江と行ったんだな」
 「まあ、俺たちにはまだ早かったですけどね」
 「懐かしいなぁ。また行きたいなぁ」
 俺はその店が既にないことを伝えた。
 
 「そうか」
 顕さんは残念そうだった。

 「でも、また飲みに行きましょうよ。うちにもまた来てくださいね」
 「うん。そうだね。俺にもまだ幸せがありそうだ」
 顕さんが朗らかに笑った。
 双子が見たという奈津江の話が一番嬉しかっただろう。

 「それにしても、あのガラスの屋上は素晴らしかったな」
 「今度はゆっくりしていって下さいよ」
 「うん、それも楽しみだ」

 「奈津江にも見せたかったなぁ」
 「多分、見てるんじゃないですか?」
 「それもそうだな!」
 俺たちは笑った。

 「じゃあ、本当にありがとう」
 「東京に戻ったら連絡しますからね」
 「うん。石神くんにすべてお任せするよ」
 顕さんをホームまで見送り、俺は別荘に戻った。
 最高の気分だった。




 「「「「お帰りなさい!」」」」
 子どもたちが出迎えてくれる。
 俺は双子を抱き締めた。

 「お前たちのお陰で、顕さんはすごく喜んでくださったぞ」
 「「うん!」」
 「よし! 今晩は好きなものを喰わせてやる! 何が食べたい?」
 「「ステーキ!」」
 「ああ、いいぞ。何枚食べる?」
 「うーん、一杯」
 俺は笑って双子の頭を撫でた。

 「じゃあ、一杯買ってきてやる。皇紀、買い物に行くぞ!」
 「はい!」

 俺はあのスーパーでステーキ肉を買い占めた。
 20キロくらいあった。

 「石神様、いつもいつもありがとうございます」
 店長がまた挨拶に来た。

 「いいえ、今日はお祝いで」
 「そうでしたか。じゃあ、こちらもお持ちください」
 鯛を一尾もらった。
 礼を言い、別荘に戻った。

 鯛は双子専用に焼き、昨日のバーベキューセットで俺が目の前で次々と双子のために焼いた。
 亜紀ちゃんと皇紀は、自分で好きなようにやらせる。
 喰い放題なので、文句も出ない。

 「おい、お前らが見た女の人って、キレイだったか」
 「うん。とっても綺麗な人だったよ!」
 「髪がこのくらいで、目が大きいの」
 「服はねぇ、白いワンピース!」
 「背はねぇ」
 双子が次々と教えてくれた。
 奈津江だった。
 あの、俺の、顕さんの、奈津江に間違いなかった。

 「おい、どんどん喰えよ! たっぷり買ってきたからなぁ。ああ、タレも変えて見ろよ、このワサビもいいぞ」
 俺は嬉しくて、嬉しくて、双子にどんどん勧めた。

 20キロが消えた。
 




 夜は、話はナシで、みんなでトランプをやる。
 昨日の話を留めておきたかった。
 幻想的な雰囲気でのトランプも、また良かった。

 子どもたちに先に寝ろと言い、俺は下からワイルドターキーを持って来て、独りで飲んだ。
 亜紀ちゃんが上がってきた。

 「なんだよ、寝ろと言っただろう」
 「すいません。私ももうちょっといたくて」
 俺は笑って飲み物を持って来いと言い、椅子を勧めた。
 
 「奈津江さんのお話、悲しいけどいいお話でしたね」
 「そうか」
 二人でしばらく黙って、雰囲気を味わう。


 「二十年かかったな」
 「え?」
 「奈津江の話ができるようになるまで、さ」
 「ああ」

 「俺にとっても、顕さんにとっても、本当に掛け替えのない存在だったからな」
 「はい」
 俺は、亜紀ちゃんに顕さんがガンであることを話した。

 「そうだったんですか」
 「ああ。顕さんは死にたかったんだよ。気持ちは分かるけどな。アベルさんのときは、そのまま希望通りにした。でも今回は止めてしまった」
 「はい」
 亜紀ちゃんはマグカップのミルクを少し含んだ。

 「奈津江が望んでいることだからな。お互い、生きるのは辛いけど、しょうがねぇ。のたうち回ってでも生きるさ」
 「生きて下さいね」
 「そうだな」

 「絶対ですよ」
 「分かってるよ。お前らもいるしな」
 「じゃあ、ご褒美に一オッパイ、いいですよ」
 亜紀ちゃんが笑って言う。


 「バカを言うな」
 「あ、いいんですか?」
 「いいよ!」
 俺も笑って言った。

 「あの、最近牛乳をよく飲んでるんです」
 「そういえばそうだな」
 「ほら、双子が言ってたじゃないですか! 栞さんが牛乳がいいって言ってたって」
 「ああ」
 「一オッパイの単価を上げますから!」







 俺たちは声を出して笑った。

 ここは、本当に素敵な場所だと思った。
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